《あらすじ》

 上手くいかなかったオーディションの後。
 食事会に参加した新人俳優『市来飛鳥』は先輩に弱音をこぼす。

〈作・フミクラ〉

    ☆★☆★☆  

 

《スペシャルサンクス》

 【 璃月なお 】さん

  

    ☆★☆★☆
  
《登場人物紹介》

市来
市来飛鳥(いちき・あすか)。新人俳優。女性。

二階堂
二階堂晶(にかいどう・あきら)。市来のマネージャー。男性。

三田
三田伊吹(みた・いぶき)。売れっ子俳優。市来の事務所の先輩。女性。
  
    ☆★☆★☆
  
    ★ ☆ ★
  

《 本文 》

市来
「きっと駄目ですよ。今回も落ちる」

三田
「いや、そうかもしんねーけど。結果出る前に落ち込むな」

市来
「やっぱり、先輩も落ちると思ってるんですね」

三田
「思ってないし。とりあえずそのネガティブ直そ」

市来
「はい……」

三田
「折角焼き肉屋に来たんだからさ、肉喰おうぜ、肉! 何好き? 私、断然ミノ!」

市来
「はい……」

三田
「暗い!」

二階堂
「お待たせしました市来(いちき)さん。あ、三田(みた)さん、お疲れ様です」

三田
「やっときた。二階堂(にかいどう)さん聞いてよ、市来さんがさー」

二階堂
「市来さん。暗い顔してどうしたんですか? ……まさか、三田てめぇ」

三田
「三田てめぇ、じゃねぇわ。私別に市来さんに何もしてないからね」

二階堂
「じゃあ、何でうちの市来が暗い顔してんだよ! ちょっと売れてるからって後輩イビリやがって! この性格ブスが!」

市来
「違うんです、マネージャーさん。先輩は今回のオーディションでも上手くいかなかった私を励(はげ)ましてくれて」

二階堂
「ああ、そうだったんですね。ありがとうございます。神様、仏様、三田伊吹(みた・いぶき)様。流石売れっ子は器が大きいなぁ」

三田
「情緒(じょうちょ)バグってんの?」

二階堂
「それより市来さん。今回の映画のオーディション上手くいかなかったって本当ですか? 一緒に受けた四ツ谷(よつや)さんからは、とてもよく出来てたって聞きましたけど」

市来
「途中までは上手く出来てた気がするんですけど……最後の台詞終わりの『す』の発声が弱かった気がして」

二階堂
「……すばらしい」

市来
「え?」

三田
「あ?」

二階堂
「細部まで気を配る。これぞ真の役者! そうでしょう、三田さん!」

三田
「まぁ、そうだけど……そんなことは、みんな普通にやってるし(褒めるようなことじゃない)」

二階堂
「(被せて)聞きましたか、市来さん! 売れっ子である三田さん達と同じ境地に立っているんですよ、君は! 入所してわずか3ヶ月なのに……とんでもないでぇ。とんでもない逸材(いつざい)やでぇ!」

三田
「二階堂さん群馬出身ですよね」

二階堂
「そうやって人の故郷をイジる。これだから関西人は」

三田
「いや、先にイジってきたのそっち」

二階堂
「そっちだって、沖縄や秋田の方言を面白おかしく使ったりするじゃないですか。『○○さ~』とか『どげんかせんといかん』とか」

三田
「やらないし『どげんか』は宮崎じゃん」

二階堂
「はいはい、マンゴーマンゴー。それよりも市来さん、君は逸材なんです。だからもっと、自信を持っていいんですよ」

市来
「マネージャーさん……」

三田
「すみませーん! 上ミノを3人前と、龍神(りゅうじん)の怒りが収まるほど強い酒くださーい!」

二階堂
「そういえば、事務所にこんな募集告知が来てたんですけど」

 

 

市来
「『慟哭(どうこく)のアルカディア』!」

三田
「『慟哭のアルカディア』って、ドウアル? 漫画の? 私、これ連載開始の頃から読んでるよ」

市来
「私もです! コミックスも買ってるし、グッズも沢山持ってます! 弘中くん推しです!」

三田
「渋いね市来さん。私は断然パラサイト井口推し」

市来
「そっちの方が渋いじゃないですか」

二階堂
「で、その『慟哭のアルカディア』がアニメ化するらしく、その出演声優のオーディションの話がうちに来てるんですけど――」

三田
「ドウアルのアニメ化情報って、まだ解禁前じゃないの? 半個室とはいえ、外で話しちゃマズいでしょ」

二階堂
「まぁまぁ。うちからは声優経験がある……というか、ほぼ声優の五反田(ごたんだ)さん他、何人か出そうという話になっているのですが、おふたりはどうですか? 受けてみませんか?」

市来
「……ドウアルのアニメに……先輩!」

三田
「私はパス」

市来
「え?」

二階堂
「どうしてですか? 好きな漫画なんですよね?」

三田
「だから、パス」

二階堂
「は?」

三田
「私は俳優であって声優じゃない。こういうのは、きちんと声の芝居に特化した人がやった方がいい。作品を駄目にしたくないからね。……あと万が一、そこそこテレビに出ている私が通ったら、普通に原作のファンに叩かれそうだし」

市来
「っ! それは、その気持ちは……判ります先輩! 私も、先輩の意見に賛成です。興味はあるけど、私は俳優だし。それどころか、その俳優としても中途半端でダメダメなのに、声優のオーディションを受けることはできません」

二階堂
「そうですか。なるほど……じゃあ、市来さんだけ受けるってことでいいですね?」

市来
「え、あれ? 何がなるほど!? ちゃんと聞いてました?」

二階堂
「聞いてましたよ。その上で、三田さんのは納得できましたが、市来さんのは納得できませんでした」

市来
「なんで!?」

二階堂
「三田さんのは要望で、君のはワガママだからです」

市来
「ワガママ?」

二階堂
「この世界は実績の世界。三田さんは俳優としてドラマや映画の実績がある売れっ子ですが、君は、まだ入所して3ヶ月しか経っていない実績ゼロのほぼ素人です。そんな人が『これ出たくない』はワガママでしょ?」
「そんなワガママを聞くほど、私は甘くありません。ワガママを要望に変えたかったら、三田さんくらい売れっ子になってください」

市来
「……」

二階堂
「……それに、このオーディションによって声優として花開く未来があるかもしれません」
「会った頃に、言ってましたよね。『子供の頃の夢は声優だった』って」

市来
「!?」

二階堂
「君の子供の頃の夢を閉ざすような、将来の可能性を下手に狭めるような、そんな選択を、選ぶわけがないじゃないですか」

市来
「……覚えていてくれたんですか?」

二階堂
「ええ。ほんの3ヶ月前の話ですし、私は、君の将来を預かるマネージャーですから」

市来
「……良いんでしょうか。私なんかが受けても」

三田
「良いでしょ、普通に」

二階堂
「言ったでしょう。君は逸材なんです。だからもっと自信を持っていいんですよ」

市来
「……ありがとうございます。私、オーディション受けてみます!」

二階堂
「自らの思考に意固地にならず、素早く柔軟に人の意見を取り入れることが出来る! こんな素晴らしい人間がいるでしょうか。いるのです! 紹介します。私の担当、市来飛鳥(いちき・あすか)さんです!」

市来
「そんな大げさな……」

三田
「謙虚(けんきょ)な姿勢も良いけど、こんな時は「エヘヘ」って自慢気に照れ笑いした方がいいよ。先輩からのアドバイス」

市来
「エ、エヘヘヘ」

三田二階堂
「「(同時に)FUー!」」

三田
「はい、一件落着! ということで、肉喰おうぜ肉」

二階堂
「じゃあ、市来さん、練習……と言ってはなんですが」

 

 

二階堂
「この台詞(せりふ)。鉄鼠街(てっそがい)を抜けて主人公達が海にたどり着いたときの、このキャラの台詞『大丈夫。この先に、地獄はある』。これ、言ってみてくれませんか」

三田
「ああ、獏人(ばくと)の。これは、いつ読んでも泣ける……」

二階堂
「じゃあ、試しに三田さん、どうぞ」

三田
「え、何で?」

二階堂
「比較対象がいた方が判りやすいし」

三田
「なんか、その言われ方、癪(しゃく)なんだけど」

二階堂
「可愛い後輩のためと思って」

三田
「……(咳払い)『大丈夫。この先に、地獄はある』」

市来
「わぁ……!」

二階堂
「流石というか、やっぱり普通に上手いですね。……空気読めや」

三田
「あ?」

二階堂
「今、市来さんに自信をつけさせる流れでしょうが。何普通にちゃんとやってるんですか? ああ、なるほどね。そんなに自分が凄いって思われたいんですね。チヤホヤされたいんですね! 売れっ子は怖いのう! 自己顕示欲の塊じゃのう!」

三田
「これパワハラじゃない? っていうか、今から声優オーディション受けるんだから、私の声の芝居くらい越えてもらわなきゃ」

二階堂
「……まぁ、それもそうですね。では、市来さん、演(や)ってみて下さい」

市来
「判りました(深呼吸)」
「(棒読みで)『だいじょうぶ、このさきに、じごくはある』」

二階堂
「……っ」

三田
「……ウソやろ」

市来
「どうでした……か?」

三田
「いや、正直――」

二階堂
「海が見えた……!」

三田
「は?」

二階堂
「あれ? ここずっと焼き肉屋でしたよね? なら、一瞬目の前に広がったあの海は何だったのでしょう。空の光を反射して輝く、あの希望の大海原(おおうなばら)は」

三田
「クスリでもやってんの?」

二階堂
「そうか、これが、声の力――!」

三田
「尿検査(にょうけんさ)受けてこい」

二階堂
「私の目に狂いはなかった! やはり君は逸材ですよ、市来さん!」

市来
「本当ですか!?」

三田
「メガネと補聴器買ってこい」

二階堂
「その声で、日本を、いや、世界を、震撼(しんかん)させてやりましょう!」

市来
「が、頑張ります!」

三田
「いや、聞いてる?」

二階堂
「よし、そうと決まれば、杏仁豆腐(あんにんどうふ)を頼みましょう! 腹が減っては戦は出来ぬ!」

三田
「うそ、私の声、聞こえてない?」

市来
「先輩」

三田
「ん?」

市来
「さっきの演技、素敵でした! 獏人くんちゃんの、絶望と希望に揺れ動く心が表現されていて。やっぱり先輩は、私の憧れです!」

三田
「え、あ、さんきゅー」

市来
「マネージャーさんはあんな風に言ってくれましたけど……実際、私のさっきの演技、どう……でしたか? やっぱり、下手……ですよね。やっぱり私なんかが声優なんて」

三田
「あー」

市来
「無理ですよね」

三田
「……そんなことはないよ」

市来
「え?」

三田
「直さなきゃいけない部分もあるけど、それはすぐ直せると思うし……何より特徴のある良い声をしてる。二階堂さんの言うように、市来さんは逸材だよ。ね、二階堂さん」

二階堂
「え、何の話ですか?」

三田
「なに人が焼いたミノ勝手に喰ってんだ! じゃなくて、市来さんが逸材って話!」

二階堂
「ええ! それは勿論!」

三田
「売れっ子である私と、敏腕(びんわん)マネージャーである二階堂さんがそう言っているんだからさ『私なんか』って言葉は一生使わないで」

市来
「い、一生ですか!?」

三田
「うん。できるだけ一生。それは、私たちへのディスりになるから。私たちのためにも、自分はスゴイんだ、って、逸材なんだ、って、自信持ちな。あ、でも傲慢(ごうまん)になるのは無しね?」

市来
「先輩……ありがとうございます!」

二階堂
「……」

三田
「ほら、二階堂さんも……あれ、難しい顔してどうしたんですか?」

二階堂
「……市来さん、聞きましたか?」

市来
「何をですか?」

二階堂
「あの人、自分で売れっ子って言いましたよ! ダサくない? ダサいですよね。ダッセェー!」

三田
「うるせぇ!」
  

    ☆
  

 

市来
「先輩、受かりました!」

三田
「え、何が?」

市来
「『慟哭のアルカディア』のオーディション! しかも……弘中くん役で!」

三田
「マジで!? ウソでしょ?」

市来
「本当です!」

三田
「おめでとう! 頑張ったんだね!」

市来
「あと、その前に受けていた映画のオーディションも受かりました!」

三田
「きっと駄目って言ってたやつ? 止まんないな!」

二階堂
「――逸材! 逸材! はい、三田さんもご一緒に」

三田
「どっから出てきたんだよあんた。……逸材! 逸材!」

二階堂三田
「「(同時に)逸材! 逸材! 逸材――!」」

市来
「エヘヘヘ」

二階堂三田
「「(同時に)FUー!」」