《あらすじ》
ネットに書き込まれたうわさを信じた少女は、うわさの洋菓子店に足を踏み入れる。
〈作・フミクラ〉
【りいちバレンタイン企画参加台本】
♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
《登場人物紹介》
瀬尾理乃(せお・りの)
食べた相手を惚れさせるチョコレートを求めて『小宮山洋菓子店』を訪れる。高校生。女性。
小宮山あかり(こみやま・あかり)
『小宮山洋菓子店』の副オーナー。丁寧な喋り方をする。女性。
♥♡♥♡♥♡♥♡♥♡
《 本文 》
小宮山あかり
「いらっしゃいませ、お嬢様。本日は何をご所望(しょもう)ですか?」
瀬尾理乃
「ネットで見たとおりだ。モデル体型の店員さんと……ケーキ屋なのに壁一面に昆虫のレリーフ」
小宮山あかり
「インターネットを見ていらしたのですね。ありがとうございます」
瀬尾理乃
「あ、あの。ここって、小宮山洋菓子店(こみやま・ようがしてん)ですよね」
小宮山あかり
「はい、その通りでございます、お嬢様。わたくし、副オーナーの小宮山(こみやま)あかりと申します」
瀬尾理乃
「あ、こ、こんにちは。瀬尾理乃(せお・りの)と言います」
小宮山あかり
「ご丁寧(ていねい)にありがとうございます。それでは理乃お嬢様、本日は何をご所望でしょうか?」
瀬尾理乃
「……七人の小人は姫を見守る」
小宮山あかり
「……」
瀬尾理乃
「……」
小宮山あかり
「申し訳ございません。どういうことでしょうか?」
瀬尾理乃
「……え?」
小宮山あかり
「ん?」
瀬尾理乃
「これを言ったら、食べた相手を惚(ほ)れさせる、特別なチョコが……買えるって……ネットで、読んで……」
小宮山あかり
「うちにそんなシステムは存在しませんよ」
瀬尾理乃
「……はい、今さっき気付きました。何となく無いだろうな、とも思っていたので、はい……」
小宮山あかり
「まんまとインターネットの噂(うわさ)に踊らされましたね、理乃お嬢様。単純バカにネットは向かないという良い見本ですね」
瀬尾理乃
「……うう、返す言葉もないですけど……少しひどくないですか?」
小宮山あかり
「ですが」
瀬尾理乃
「ですが?」
小宮山あかり
「その、食べた相手を惚れさせるチョコレートとやらを作ることは出来ますよ?」
瀬尾理乃
「へ?」
小宮山あかり
「ですから。食べた相手を惚れさせるチョコレートを作るくらいなら、私にも出来ますよ、と言っているのです、理乃お嬢様」
瀬尾理乃
「嘘でしょ!?」
小宮山あかり
「こんな下らない嘘を吐(つ)くほど、わたくしはひょうきん者ではありません。ところでお嬢様、見慣れないお顔ですが、どこからいらしたのですか?」
瀬尾理乃
「えっと……上尾(あげお)から」
小宮山あかり
「上尾……ああ、埼玉県の。電車か何かで来られたのですか? なら、結構お金かかったでしょう」
瀬尾理乃
「はい。8千円ちょっとかかりました」
小宮山あかり
「片道8千円ですか。理乃お嬢様のような年齢のお方にとっては、それはなかなかの痛手ですね」
瀬尾理乃
「はい……」
小宮山あかり
「そうまでして、そのチョコレートが……ああ、そう言えば、明日はバレンタインですね。それでですか」
瀬尾理乃
「はい。明日は日曜日で学校休みなので、明後日(あさって)の月曜日にどうしても贈りたい人がいて……でも告白するのは難易度高いし、そもそも、私なんかを好きになってくれるわけないから。そのチョコの力で……」
小宮山あかり
「なるほど」
瀬尾理乃
「……」
小宮山あかり
「……判りました。折角(せっかく)ここまでいらしたお嬢様のために、食べた相手が惚れるチョコレートをお作り致しましょう」
瀬尾理乃
「え、本当ですか!?」
小宮山あかり
「ええ。ただし、お嬢様にも手伝っていただきますし、完成したものを購入していただきますよ? よろしいですね?」
瀬尾理乃
「は、はい! よろしくお願いします!」
小宮山あかり
「くふふふふ、約束ですからね?」
♥
小宮山あかり
「まずは型を選びましょう。どれがよろしいですか、理乃お嬢様」
瀬尾理乃
「沢山ありますね……えっと……オススメとかありますか?」
小宮山あかり
「オススメですか……わたくしの主人――この店のオーナーのオススメは、この丸太にバッタが沢山集まっている形の――通称、蝗害型(こうがいがた)ですが……」
瀬尾理乃
「キモっ! それ以外で!」
小宮山あかり
「では、バレンタインという基本に立ち返って――これでしょうか。ハート型」
瀬尾理乃
「ハート型……でもそれって直接的すぎるし、ベタじゃありませんか?」
小宮山あかり
「承知しました。ではこのイナゴが集まっている、通称蝗害型で」
瀬尾理乃
「ごめんなさい! ハート型で!」
小宮山あかり
「そうですね。基本が一番です」
瀬尾理乃
「……何か誘導された気がする」
小宮山あかり
「では次に肝心(かんじん)のチョコレート選びです。スイート、ダーク、ミルク、ホワイト。どれがよろしいですか? 1粒ずつ食べて、お選び下さい」
瀬尾理乃
「このちょっと苦いのがいいです」
小宮山あかり
「ダークチョコレートですね。承知しました。それでは、作って参りましょう」
「まずは選んだチョコレートを、このボウルの4分の1の高さまで入れて下さい」
瀬尾理乃
「はい――こんなもんですか?」
小宮山あかり
「素晴らしい。ではそれを湯煎(ゆせん)していきましょう」
瀬尾理乃
「……湯煎って、何ですか?」
小宮山あかり
「申し訳ございませんお嬢様。まさかお嬢様がこんなに無知であらされるとは思い至らず、この小宮山あかり、一生の不覚です」
瀬尾理乃
「……ディスられている気がする」
小宮山あかり
「湯煎というのは、材料を入れたボウルを、一回り大きな鍋で熱したお湯につけることによって、ボウルの中に入っている材料を間接的に温める調理技法です」
瀬尾理乃
「あ、これでチョコを溶(と)かすのか」
小宮山あかり
「見た目よりも理解が早くて助かります」
瀬尾理乃
「ディスられている……!」
小宮山あかり
「いえいえ。そんなことより、お湯はすでに準備しています。そのボウルを、あの鍋に入ったお湯につけ、このゴムべらで、ドロドロのツヤツヤになるまで、おかき混ぜ下さい」
瀬尾理乃
「いつの間にお湯なんて準備していたんですか?」
小宮山あかり
「プロですからね。お嬢様に気付かれずお湯を準備するなんて、赤子の手を捻(ひね)るようなものでございます」
瀬尾理乃
「ディスられている……のかな?」
小宮山あかり
「そんなことはございません。それよりほら、溶かしていきましょう」
♥
瀬尾理乃
「こんな感じでしょうか?」
小宮山あかり
「もう少しツヤがほしいところですが……そうだ、理乃お嬢様。ひとまずゴムべらを置いて下さい」
瀬尾理乃
「あ、はい」
小宮山あかり
「そして両手でこう、ハートの形を作って下さい」
瀬尾理乃
「……? こうですか?」
小宮山あかり
「はい、それでこれをやって下さい」
「萌え・萌え・キューン!」
瀬尾理乃
「……は?」
小宮山あかり
「やって下さい」
瀬尾理乃
「それは、必要なんですか……?」
小宮山あかり
「必要のないことをお嬢様にやらせるほど、わたくし、ひょうきん者ではございません。というわけで、はい!」
瀬尾理乃
「(小声で)も、萌え萌えキュー……」
小宮山あかり
「キューンです、お嬢様。そして、声が小さいですし、リズムも悪い。もう一度お願いします」
瀬尾理乃
「……(少し早口で)萌え萌えキューン!」
小宮山あかり
「まだ声が少し小さいですね。そして早口になっていて恥ずかしさを感じます。もう1回」
瀬尾理乃
「……本当にこれ必要なんですか? 絶対お菓子作りに必要ないと思うんですけど」
小宮山あかり
「お嬢様。お嬢様は今何を作っているのか理解していますか?」
瀬尾理乃
「……食べた相手が惚れるチョコレート」
小宮山あかり
「そうです。そんな夢みたいなお菓子作りに、現実的な思考を持ち込んではいけません」
瀬尾理乃
「……いや、でも……」
小宮山あかり
「納得できないのでしたら、別に良いんですよ。お嬢様の気持ちがその程度だった、というだけのことですから。お疲れ様でした。さぁ、代金だけ払って、お帰り下さい」
瀬尾理乃
「いや、え、や、やります!」
小宮山あかり
「そう言っていただけると思っていました」
瀬尾理乃
「……何かまた、誘導された気がする」
小宮山あかり
「では、もう1度」
瀬尾理乃
「……こうなりゃ全力でやってやる! 萌え・萌え・キューン!」
小宮山あかり
「よくなりましたが、ヤケになっている感がありますね。もっと愛情を込めて」
瀬尾理乃
「萌え・萌え・キューン!」
小宮山あかり
「良いですね。もう少しです」
瀬尾理乃
「萌え・萌え・キューン!」
小宮山あかり
「あと3センチ」
瀬尾理乃
「何が!?」
小宮山あかり
「近付いているってことです。さぁ、きっと次が最後になるはずです。心を込めて、チョコを送りたい方への愛を込めて叫びましょう。せーの」
瀬尾理乃
「萌え・萌え・キューン!」
小宮山あかり
「……」
瀬尾理乃
「……どうですか?」
小宮山あかり
「むう……」
瀬尾理乃
「何ですか、そのナマズみたいな顔。もしかして、ダメでした? もう1回やりますか?」
小宮山あかり
「いえ、急に客観的になりましてね」
瀬尾理乃
「……ん?」
小宮山あかり
「わたくしたち……特にお嬢様は一体何をしているのだろう、と思った次第でございます」
瀬尾理乃
「は?」
小宮山あかり
「こんなことで、チョコレートに何か変化が起こるわけありませんよね」
瀬尾理乃
「は!? いや、でも小宮山さんが……」
小宮山あかり
「何となく面白いかなと思って口にした大嘘に決まっているじゃないですか。現実的にお考え下さい」
瀬尾理乃
「……キレた10代の怖さ思い知らせてあげましょうか?」
小宮山あかり
「キレるのは10代だけの特権だとは思っていませんよね?」
瀬尾理乃
「……ごめんなさい」
小宮山あかり
「いえ。理乃お嬢様が素直な若者で良かったです。茶番はここまでにして、次にその溶かしたチョコレートを、型に流し込んでいきましょう」
瀬尾理乃
「茶番って……」
小宮山あかり
「ほら、無駄口を叩いている暇はございませんよ。ボウルを持って、全体に行き渡るように流して下さい」
瀬尾理乃
「あ、はい。こ、こんな感じですか?」
小宮山あかり
「100点満点ですよ、お嬢様。そのまま流して――はい、ストップ」
瀬尾理乃
「はい」
小宮山あかり
「うまくできましたね。あとは、これを冷やして固め――たものが、こちらになります」
瀬尾理乃
「え?」
小宮山あかり
「こちらになります」
瀬尾理乃
「いや、確かに同じ型に入った同じタイプのチョコレートですけど……それ、私が作ったものじゃないですよね」
小宮山あかり
「それはそうでしょう。お嬢様の作ったチョコレートはそこでまだドロドロしているんですから。これはわたくしが今日のおやつのために、昨日から作って、冷蔵庫で冷やしていたものです。いわゆる差し替えです。これをラッピングして完成です」
瀬尾理乃
「完成!? ちょっと待ってください! 差し替えちゃ意味ないんじゃ……」
小宮山あかり
「意味ない?」
瀬尾理乃
「私が作ったものじゃなきゃ……」
小宮山あかり
「……お嬢様は何を仰(おっしゃ)っているのですか?」
瀬尾理乃
「え?」
小宮山あかり
「素人の理乃お嬢様と、プロであるわたくしが作ったチョコレート。どちらが美味しいかなど、火を見るよりも明らかですよね」
瀬尾理乃
「そうですけど! そもそもこれは、あたしがチョコを作るのが目的で……!」
小宮山あかり
「いえ、目的は食べた相手が惚れるチョコレートを作ることですよ。ならば、差し替えでも問題ないでしょう。そもそもお嬢様は作りに来たのではなく、買いに来たのですから」
瀬尾理乃
「いや、そうなんですけど! でも……!」
小宮山あかり
「でも?」
瀬尾理乃
「……でも、でも……何か、嫌です!」
小宮山あかり
「何か嫌……ですか。すみません。そういう論理がきちんとしていない話には取り合わないことにしているんです。時間の無駄なので――はい、そんな話をしている間に、可愛いラッピングもできました。完成です」
瀬尾理乃
「あ……」
小宮山あかり
「では、お代金をいただきます。作る前に約束致しましたものね。よろしいですね」
瀬尾理乃
「……はい」
小宮山あかり
「あれと、それと、あれを使ったので、えっと――しめて、3万2千円になります」
瀬尾理乃
「……え?」
小宮山あかり
「3万2千円になります」
瀬尾理乃
「さ、さんまん!?」
小宮山あかり
「2千円を忘れないで下さい」
瀬尾理乃
「チョコレートですよね!?」
小宮山あかり
「そうですね」
瀬尾理乃
「小宮山さんが、今日のおやつのために昨日から作っておいた――」
小宮山あかり
「そうですよ」
瀬尾理乃
「……原価は?」
小宮山あかり
「原価ですか? 若い人はすぐにそういうことを訊(たず)ねられますね。きちんと計算していませんが、200円くらいでしょうか」
瀬尾理乃
「それが、3万2千円!?」
小宮山あかり
「何を驚いているのですか? お嬢様は元々、片道8千円かけてここまで来られたのでしょう。往復で1万6千円。目的のものがその倍の値段であることに、何を不思議に思うことがありましょうか?」
瀬尾理乃
「でも、チョコレートだし、そんなお金……そんな高いなんて、知らなかっ――」
小宮山あかり
「良いですか、お嬢様。知らない、では済まないことだってあるのですよ。ネットの真偽不明な話を鵜呑(うの)みにして、こんな場所にまで来られて、購入するとお約束までされて、買うことが出来ないなんて言葉が、通用するとお思いに?」
瀬尾理乃
「……でも」
小宮山あかり
「でも?」
瀬尾理乃
「でも……これって、別に食べた人が惚れるチョコレートじゃないですよね」
小宮山あかり
「……」
瀬尾理乃
「ただの、チョコレートですよね!」
小宮山あかり
「……お気付きになられましたか。ええ。これも、先ほどお嬢様と作っていた差し替え前のチョコレートにも、食べた相手が惚れる効果など、ございません」
瀬尾理乃
「あたしが欲しかったのは、買うと約束したのは、食べた人が惚れるチョコレートです! だから……!」
小宮山あかり
「だから、購入できないと――そういうことでございますか?」
瀬尾理乃
「そ、そうです!」
小宮山あかり
「なんて甘い考え。反吐(へど)が出そうです」
瀬尾理乃
「……ッ!」
小宮山あかり
「ですが……その通りですね。良いでしょう。今回だけは、キャンセルをお受けさせて頂きます」
瀬尾理乃
「……(息を吐き出す)」
小宮山あかり
「理乃お嬢様」
瀬尾理乃
「は、はい」
小宮山あかり
「食べた相手が惚れるチョコレートなんて、ありません。……いえ、もしかしたらどこかにはあるのかもしれませんが、基本的には、ありません」
瀬尾理乃
「……はい」
小宮山あかり
「バレンタインにおいて、チョコレートは主役のように思われるかもしれませんが、それは、義理チョコや友チョコなどの場合においてのみです。本命の相手に贈る場合、それは切っ掛けでしかありません」
瀬尾理乃
「切っ掛け?」
小宮山あかり
「君の事が好きだ、という思いを伝える切っ掛けです」
瀬尾理乃
「……」
小宮山あかり
「故(ゆえ)に、チョコレートは安いものでも、最悪、なくてもいいのです。チョコレートに頼り切らず、勇気を持って、想いをお伝え下さい。万が一断られたとしても、全てが終わるわけではありません。その後きっと前に進むことが出来ます。わたくしはそれに気付くのに、5年かかりました」
瀬尾理乃
「勇気……。でも、あたしにできるか……」
小宮山あかり
「時間やお金をかけてまでここに来られ、先ほどのように、わたくしに強く意見できた理乃お嬢様なら、きっとできるはずです。あの時のお嬢様、とても素敵でしたよ」
瀬尾理乃
「……もしかして、そのためにさっき」
小宮山あかり
「いえ、わたくしは本当にお嬢様から3万2千円とろうと思っていましたよ」
瀬尾理乃
「え?」
小宮山あかり
「この町は閉鎖的な町です。なので、外から来た人間に対して冷たいんです。わたくしたちは、ぼれるならぼってやろう精神でやっています」
瀬尾理乃
「怖っ……!」
小宮山あかり
「わたくしのところなどまだいいものです。姫島という方が経営している喫茶店に行ったら驚きますよ。外の人と言うだけで小馬鹿にされた態度をとられる上に、どんな相手でも問答無用できちんとぼられますから。くれぐれも、ここを出た後、町を散策してはいけませんよ。お嬢様のような世間知らずの小娘は、我々のいいカモでしかありませんので」
瀬尾理乃
「ここ出たらすぐに電車に乗ります!」
小宮山あかり
「よろしい。そうだ、これを――」
瀬尾理乃
「これって、さっき作ったチョコレートの型……」
小宮山あかり
「と、同じタイプのものです。相手が惚れるチョコレートを作れなかったお詫びとでも言いましょうか。良ければ、お持ち帰り下さい」
瀬尾理乃
「あ、ありがとうございます! これで、本命チョコ作ります! そしてそれを切っ掛けに――告白します!」
小宮山あかり
「はい。500円になります」
瀬尾理乃
「お金取るんですか!?」
小宮山あかり
「ん? 当然ですよ」
瀬尾理乃
「なんかくれる雰囲気――いや、買います。500円ですね――はい」
小宮山あかり
「お買い上げありがとうございます。理乃お嬢様の恋が成就(じょうじゅ)することを、心より願っております」
瀬尾理乃
「ありがとうございます!」
小宮山あかり
「では、もう2度とこの店を訪れないで下さいね。もしそれでも再び来店されたときは、遠慮無く、きちんとぼらせていただきますから。そのおつもりで」
瀬尾理乃
「判りました! 本当に、ありがとうございました!」
♥
小宮山あかり
少女は私の脅(おど)しに笑顔で答えて、店を後にした。
私は、彼女が去った店内で、スマホを操作し、彼女が目にした件(くだん)のページを見つける。
「これ書いたのは……」
誰かくらいは判っている。
夫だ。
妙な商売ッ気を出した彼が、バレンタインに合わせて、こんな書き込みをしたのだ。
「……こんなのに引っ掛かるのは、理乃お嬢様くらいだと思いたいけど……」
小さくため息を吐いたところで、店の扉が開いた。
そこには、見覚えのない少女。
――帰ってきたら、2時間説教してやる!
夫への説教を心に決め、私は再び口元に上品な笑みを作った。
「いらっしゃいませ、お嬢様。本日は、何をご所望ですか?」