《あらすじ》

戦え、その一杯に料理人のプライドを賭けて
メシイクサ、開戦――ッ!!

            〈作・にまにま&しろめぇ&ふみくら〉

  
  
  
    ○●○●○●○●○
  

《登場人物紹介》

日高ヤスノリ(ひだか・やすのり)
『麺屋【椀】』を訪れた客。何にでも星をつけたがる。男性。

一堂風之介(いちどう・かぜのすけ)
『麺屋【椀】』の店主。『麺屋【椀】』が今年度版の『ミフラン』に一ツ星認定された。男性。

一蘭子(にのまえ・らんこ)
「秘伝の何か」を探りたがる主婦。『麺屋【椀】』の常連客。女性。

寿鹿姫弥(すが・きや)
ユンスタガール。ミフランに載ったラーメンの写真をユンスタグラムに上げるために『麺屋【椀】』を訪れた。女性。

野方希望(のがた・のあ)
『麺屋【椀】』の店員。『椀ラーメン』の味に惚れ込んでいる。女性。

壱葉ココ(いちば・ここ)
『カレーダイナ』の店主。最後に少しだけ出てくる。野方希望との兼ね役推奨。女性

  
    ●○●○●○●○●
  
  
  
    ★ ★ ★
  

《 本文 》

  

野方希望
「再度申し訳ございません、お客様――相席よろしいでしょうか?」

寿鹿姫弥
「ん? ああ、あたしはいいけど」

一蘭子
「構いませんよ」

寿鹿姫弥
「いいみたいです」

野方希望
「ありがとうございます! では、お客様、こちらの席にどうぞ」

日高ヤスノリ
「ふむ。席へのスムーズな案内。そしてお客様対応。さらにこのテーブルと椅子の相性……すばらしい! 星3つあげましょう!」

野方希望
「あ、ありがとうございます。お冷(ひや)をお入れいたしますので、少々お待ちください」

日高ヤスノリ
「では、ボクはその間に注文を決めておくとしよう。んー、メニューは……」

一蘭子
「どうぞ」

日高ヤスノリ
「ありがとうございますレディ。その対応に星3つあげましょう!」

寿鹿姫弥
「ぶはっ、さっきから何それ。お兄さん、カリスマレビュアーか何か?」

日高ヤスノリ
「カリスマレビュアー……! 良い響きですね! 次からはそう名乗ることにします! 金言(きんげん)をくれたお嬢さんにも星3つあげましょう!」

寿鹿姫弥
「変な人だねー。星と言えば、お兄さんもミフランきっかけ?」

日高ヤスノリ
「ミフラン?」

寿鹿姫弥
「ミフラン知らないの? えっと……なんて言えばいいんだろう。お店のランキング? お店のランキングでいいのかな?」

一蘭子
「ミフランは、海外にあるタイヤの会社なんだけど、そこが毎年発行しているグルメのガイドブックがあるのね。その対象は全世界の飲食店。つまり、その本に載った飲食店は一流と認められる、というわけなのよ」

日高ヤスノリ
「なるほど……つまり、このお店も」

一蘭子
「そう! ここ『麺屋(めんや)【椀(わん)】』も――」

野方希望
「お冷お持ちいたしました」

日高ヤスノリ
「ありがとうございます。――ッッ! この水……他の人にとっては星3つかもしれない……だがしかし! ボクにとってこの冷たさは星1つだ!」

野方希望
「何か不手際(ふてぎわ)がございましたか!?」

日高ヤスノリ
「ボクは知覚過敏ですよキミィ!」

野方希望
「は、はあ。申し訳ございません」

日高ヤスノリ
「次から気をつけるように」

野方希望
「はあ」

寿鹿姫弥
「……お兄さん、ガチクレーマーなの?」

日高ヤスノリ
「いや、ボクはカリスマレビュアーさ! そんなことよりもラーメンは……1種類のみなんですね。ではこの『椀(わん)ラーメン』を」

野方希望
「よろこんで!」

日高ヤスノリ
「さて。――レディ、続きをどうぞ」

一蘭子
「いいわね? いいのよね? (咳払い)そう! ここ『麺屋(めんや)【椀(わん)】』も、今年度版のそのガイドブックに一ツ星のお店として載ったの! すごいわよねっ!」

日高ヤスノリ
「なるほど、通りで店員さんの仕事がしっかりしている。お2人は、そのミフランの評判を聞いてのご来店ですか?」

寿鹿姫弥
「あたしは完全にそう! 写真とってユンスタにのせて自慢すんの」

一蘭子
「私は前々からここの常連だったんだけどね、ミフランにのったって知って、余計に通うようになったのよ」

日高ヤスノリ
「常連ですか。では、レディはここのラーメンの味もご存じなのですね。どうですか?」

一蘭子
「もちろん美味しいわよ! 濃厚なスープがちぢれ麺に絡みついて――家で同じものを再現しようと思ったんだけど、うまくできなくて。――きっと、何か隠し味としてスープに秘伝の何かが入っているのよ! 秘伝の何かが!」

日高ヤスノリ
「ほう、それはそれは……楽しみですね」

野方希望
「お待たせいたしました」

日高ヤスノリ
「早いですね。おや、ボクは一品(ひとしな)しか頼んでませんが」

一蘭子
「いやいや、お兄さん。これは私たちの分」

寿鹿姫弥
「少し濁った塩スープにちぢれ麺! 味玉! ネギ! きくらげ! 糸唐辛子! 海苔に大きいチャーシュー! すごい、色鮮やかで綺麗でおいしそう! これは映える! そしてバズる!」

日高ヤスノリ
「……ボクの可愛い所が出ましたね。星2つですね!」
  

一堂風之介
「やかましい」
  

日高ヤスノリ
「ん?」

一堂風之介
「さっきからゴチャゴチャくっちゃべりやがって。この店はな、私語厳禁だ」

一蘭子
「あ、ご、ごめんなさいね、カゼさん。つい」

一堂風之介
「つい、じゃないですよ、ニノマエさん。今度大声出したら、常連のあんたと言えど出禁にしますからね」

一蘭子
「ご、ごめんね」

一堂風之介
「あと、そこの嬢ちゃん、写真も禁止だ。今すぐしまえ」

寿鹿姫弥
「えー、でも、あたしはこのために……」

一堂風之介
「でももヘチマもねぇ! ルールに従えないんだったら、出てってもらう」

寿鹿姫弥
「……判りました」

一堂風之介
「いいか、今度騒ぐと全員出禁にするからな。静かに食え!」
  

寿鹿姫弥
「……怖っ。何、あの人。頑固店主ってやつ?」

一蘭子
「そうなの。前はあんな厳しい感じじゃなかったんだけどね、ミフランに載ってから……多分、忙しすぎて、気が立ってるのよ」

寿鹿姫弥
「写真とりにきたのになぁ。せっかくユンスタ映えしてるのに」

一蘭子
「仕方ないわよ。それがルールなんだから」

寿鹿姫弥
「……まぁいいや。食べよう。――これは、熱々で濃いスープがコシのある太めのちぢれ麺によく絡んで……おいしい」

一蘭子
「でしょ。でもこの美味しさはそれだけが原因じゃないはずよきっと。わたしの推理ではきっと秘伝の何かが入っているのよ。秘伝の何かが」

寿鹿姫弥
「よっ、名探偵」

野方希望
「お待たせいたしました『椀(わん)ラーメン』です」

日高ヤスノリ
「……」

野方希望
「さきほどは店長が申し訳ございませんでした。ですが、これがうちのルールなので……」

寿鹿姫弥
「店員さんが謝る必要はないっすよー」

一蘭子
「そうよ、むしろこちらこそ悪かったわ。それよりも、これ一体秘伝の何が入っているの?」

野方希望
「いや、それは……」
  

  

日高ヤスノリ
「店長さん! 店長さーん!」

一堂風之介
「あぁ?」

寿鹿姫弥
「な、ばか、大声出すなって!」

野方希望
「お、お客様、どうなさいましたか!?」

日高ヤスノリ
「いや、ボクは店長さんにお話があるのですが……まぁ店員であるキミでもいいか。……何ですかコレは?」

野方希望
「ラーメンに何か?」

日高ヤスノリ
「このラーメン、鼻持ちならない味がするのだけど」

野方希望
「え?」

一堂風之介
「……何だと?」

日高ヤスノリ
「ああ、そうか。作った人が鼻持ちならないから、ラーメンもそんな味になるのか。食べれたモノじゃないですね。星1つだ。ミフランとやらの点数と同じ星1つだ」

野方希望
「お客様!?」

寿鹿姫弥
「何言ってんのお兄さん!?」

一蘭子
「カゼさん落ち着いて! お兄さん、冗談よね! 冗談を言ったのよね!」

日高ヤスノリ
「冗談はこのラーメンの味ですよ、レディ」

一堂風之介
「……兄ちゃん、今すぐ出て行ってもらえねぇかな。じゃなきゃおれはアンタをスープのだしにしてしまいそうだ」

日高ヤスノリ
「聞きましたか、皆さん。この店の主はこともあろうにお客様をスープにするとのたまった……これは、星1つもあげられませんねぇ」

一蘭子
「ちょっ、ちょっと!」

日高ヤスノリ
「ハッキリ言って、この程度のラーメン。子供でも作れますよ」

一堂風之介
「……おれは、プライドを持ってこのラーメンを作ってる。そこまで言うからには、おれが作ったこれを超えられるって言うんだろうな?」

日高ヤスノリ
「当然です。なんなら、メシイクサでもしましょうか?」

一蘭子
「メシイクサ!? ――ッ! もしかしてあなた『食正者(しょくせいしゃ)Y』!?」

寿鹿姫弥
「……しょくせいしゃ、わい? なにそれ?」

野方希望
「聞いたことあります! 様々な飲食店にメシイクサを仕掛け、その全てで勝利を納めてきた『食正者Y』!」

日高ヤスノリ
「確かにボクは、様々な飲食店でメシイクサを行いましたし、名前もヤスノリでYですし……その『食正者Y』で間違いないでしょうね」

一蘭子
「やっぱり!」

日高ヤスノリ
「それにしても、まさか、そんな素敵な名前が付けられていたとは。その名前を付けてくれた人。そして、それを教えてくれたレディ達に星3つあげましょう!」

野方希望
「日本の食を管理するフィクサーの手下という噂もありますが」

日高ヤスノリ
「いえ。ボクは誰かの下にはついていませんよ。誰の指図も受けない、ただの『食正者Y』です」

一蘭子
「これは、スクープだわ! えっと……名前なんだっけ?」

寿鹿姫弥
「え、あたし? ……寿鹿姫弥(すが・きや)だけど」

一蘭子
「キヤちゃん、ユンスタにこのことを書いたらどう? 正体不明の『食正者Y』の正体はこの人だったって!」

日高ヤスノリ
「写真は、左斜めから撮ってくださいね」

寿鹿姫弥
「いや、あたしのユンスタそんな都市伝説系扱わないから」

一蘭子
「でも、バズるわよ?」

寿鹿姫弥
「バズったとしても!」

一堂風之介
「ハッ! 食正者だの何だの……ピーチクパーチク何言ってんのか判らねぇ。ただ、ひとつだけ言えることがある。おれは料理人だ。料理で喧嘩を売られたからには買うのが筋! メシイクサ。受けてやるよ青瓢箪(あおびょうたん)!」

日高ヤスノリ
「ボクが勝ったら、我々に土下座し、2度と傲慢な態度を取らないと誓ってください。そして、今回のお代をタダにしてもらいます」

一堂風之介
「おれが勝ったら……そうだな、土下座は当然として、罰金として1万。そして、2度とこの店の敷居(しきい)をまたがないと誓ってもらう」

日高ヤスノリ
「イーブンな条件ですね。そこに関しては星3つです! あと、麺やスープを一から作るとなると、とんでもなく時間がかかるので、そちらのものを使わせていただきます!」

一堂風之介
「バトル形式はアレンジルールか。……判ってんだろうな? アレンジルールは元の味より少し美味くなったくらいじゃあ、勝利にならないってことは」

日高ヤスノリ
「もちろんです。大幅にグレードアップをお約束します。何せボクは、『カリスマレビュアー』にして『食正者Y』ですからね!」

一堂風之介
「上等だ! ただし、トッピングとしてうちが用意した具材を使うのはなしだ! いいな」

日高ヤスノリ
「ええ。それをやってしまったら反則ですから」

一堂風之介
「審査員は――」

日高ヤスノリ
「こちらのレディ2人と、そちらの店員さんの計3人でどうですか?」

一堂風之介
「良いだろう。ちなみにアシスタントが必要だったら、そっちの――野方(のがた)を使え!」

日高ヤスノリ
「痛み入ります」

一堂風之介
「……ルールの確認はこれで終(しま)いだ。さぁ、名乗りを上げろ」
  

日高ヤスノリ
「やあやあ、我こそは長野の男。日高ヤスノリ(ひだか・やすのり)なり。堅牢(けんろう)な城の王よ。我が挑戦、受けたまえ!」

一堂風之介
「我こそはこの城の主。一堂風之介(いちどう・かぜのすけ)。我が矜持(きょうじ)を賭け、そちらの矜持、打ち砕かせていただく!」

日高ヤスノリ
「我は賢者」

一堂風之介
「我は戦士」

日高ヤスノリ
「常世(とこよ)の夢を具現化するウォーロック」

一堂風之介
「食材の主にして奴隷のベルセルク」

日高ヤスノリ
「杓子(しゃくし)を回せ!」

一堂風之介
「てぼを振り上げろ!」

日高ヤスノリ
「いざ、尋常(じんじょう)に!」

一堂風之介
「メシイクサ――開戦!」

寿鹿姫弥
「な、なんて違和感を一切感じさせない自然な流れ!」

一蘭子
「メシイクサになるのは当然の流れね!」

野方希望
「ええ、一切! 誰も! この展開に疑問もケチも挟めませんね!」

寿鹿姫弥
「うん! 万が一、この流れにツッコミを入れたりした人がいたら、そいつは完全に精神が歪んだサイコパスだねっ!」
  

一堂風之介
「……開戦したものの、もうおれはラーメン作って出しちまっているから、やることないんだよな」

一蘭子
「そもそも厨房もそんなに広くないから、2人同時に作ることもできないしね」

一堂風之介
「そうなんですよ」

一蘭子
「こういうとき、お店側はちょっとしまらないわよね」

寿鹿姫弥
「まぁ、でも仕方ないよねー」

一堂風之介
「とりあえず、店の前に休止中の札出してきますわ」
  

日高ヤスノリ
「さて、まずは……キミィ」

野方希望
「はい」

日高ヤスノリ
「……名前は――」

野方希望
「野方(のがた)です。野方希望(のがた・のあ)と申します」

日高ヤスノリ
「野方さんには『おつかい』を頼みたいと思います」

 

 

日高ヤスノリ
「こちらに書いたものを、あちらのスーパーマーケットで買ってきてくれませんか?」

野方希望
「よろこんで!」

日高ヤスノリ
「本当にキミは、星3つですよ」
  

野方希望
「買ってきました!」

日高ヤスノリ
「素晴らしい。では、作りましょうか。アシスタント、よろしくお願いします」

野方希望
「よろこんで!」
  

日高ヤスノリ
「お待たせいたしました」

寿鹿姫弥
「これは――スープが白くなってる?」

一蘭子
「トッピングは、ネギとゆで卵と……なにこれ? 鶏肉?」

日高ヤスノリ
「サラダチキンを薄くスライスしたものです」

寿鹿姫弥
「何かこういうこと言うのはアレだけど、地味だね」

一蘭子
「そうね……もっとこう、オリジナルよりも派手なのが出てくるのかと思ったけど、むしろ控え目になっているわよね」

日高ヤスノリ
「まぁまぁ、熱いうちに、お召し上がり下さい」

一蘭子
「それもそうね。いただきます」

寿鹿姫弥
「いっただきまーす」

一蘭子
「これは……え……!?」

寿鹿姫弥
「……なるほど」

一堂風之介
「……どうしたんですか?」

一蘭子
「いえ、何と言えばいいのか……」

一堂風之介
「?」

日高ヤスノリ
「そんなに気になるなら店主さんも食べてみては? ちゃんと用意はできてますよ」

一堂風之介
「……」

日高ヤスノリ
「それと野方さん。キミも審査員なんですから、どうぞお召し上がり下さい」

野方希望
「はい、いただきます」

一堂風之介
「……いただきます」
  

一堂風之介
「これは……」

野方希望
「……何か、落ち着く……?」

一蘭子
「そうなのよ! そうなんだけど……なんて言えばいいのかしら……えっと……」

一堂風之介
「……懐かしい」

一蘭子
「そう、懐かしいのよ! 子供の頃に家族で食べたような安心感があるのよ!」

寿鹿姫弥
「身体の芯にガツンときていた攻撃的なスープが、柔らかく、内臓から身体を温める優しい味になってるよね」

日高ヤスノリ
「良い感想です! 星3つあげましょう! 実はこのスープには――」

一堂風之介
「豆乳を混ぜたのか」

日高ヤスノリ
「……はい。こちらのスープは鳥のエキスが必要以上に溶け込んでいる上、塩分量も高かったので、無調整豆乳で伸ばし、口当たりを柔らかにしました」

一蘭子
「確かに、オリジナルよりも飲みやすいわ。そしてオリジナルよりも麺に絡む」

寿鹿姫弥
「さっきのオリジナルは1杯で十分だったけど、こっちは何度でも食べたくなるって感じだね」

日高ヤスノリ
「お褒めにあずかり光栄です。ボクにも星3つですね」

一堂風之介
「……どうなってる」

日高ヤスノリ
「とは?」

一堂風之介
「豆乳を混ぜたのは判った。だが、それだけでは、こんな……こんな懐かしい風味にはならないはずだ」

一蘭子
「言われたら確かにそうね。……判ったわ! きっと秘伝の何かが入っているのよ! 秘伝の何かが!」

日高ヤスノリ
「さすがレディ。気づきましたか」

一蘭子
「やっぱり!」

日高ヤスノリ
「『秘伝の何か』の正体は……これです」

一蘭子
「それは……葉っぱ?」

日高ヤスノリ
「『エピコ』」

一蘭子
「エピコ?」

日高ヤスノリ
「南海の島――プエルトリコ原産のシソ科の植物です。これは、そのエピコの葉を乾燥させたもの。いわゆるハーブです」
「このハーブの特徴は、甘い香りと強い苦み。さらに熱を通すことによって、その苦みがキャラメルのような甘さに変わること」
「その性質を利用し、火加減と時間を調整することによって、一緒に火にかけた料理に、どこか懐かしい風味を加えることができるのです」
「今回の場合は、豆乳を入れて2600ミリリットルのスープにエピコを2枚投入し、70度を維持しながら10分間煮込みました」

一蘭子
「ハーブひとつで、こんなにも味が変わるのね……」

日高ヤスノリ
「さすがにハーブひとつだけではなく細やかな調整もしているのですが……まぁいいです」

一堂風之介
「――ぇぞ」

日高ヤスノリ
「ん?」

一堂風之介
「……汚ぇぞ! おれは料理人だ。ある程度ハーブのことも知っている。だが、そんなハーブ聞いたこともねぇ! そんな、誰も知らないようなハーブを使って……反則じゃねぇか!」

日高ヤスノリ
「誰も知らない? 果たしてそうですかねェ?」

一堂風之介
「何?」

日高ヤスノリ
「お嬢さん、ユンスタでエピコと検索してみてください」

寿鹿姫弥
「しなくても判るよ。最近料理好きの間で流行ってるから『調理時間によって味が変わる不思議な調味料』ってね。まぁ、ここまで上手く使っている人は珍しいけど」

日高ヤスノリ
「すばらしい! 星3つあげましょう!」

寿鹿姫弥
「どうも~」

日高ヤスノリ
「あなたの言うように、皆が皆知っているかと言ったら確かにそうではないでしょう。比較的新しいハーブです。バジルやパセリは勿論、セージやタイムなどよりも知名度は低いし、取り扱い店舗も決して多いとは言えない」

一堂風之介
「……」

日高ヤスノリ
「ですが、誰も知らないわけではないし、どこにも売っていないわけでもない。実際、このエピコはあちらの大き目のスーパーマーケットで売られていたものです。ですよね、野方さん」

野方希望
「……はい」

日高ヤスノリ
「アンテナを張っていれば、少し足を伸ばしてみれば、目の前の1杯をよくするという気持ちがあれば、とっくに見つけられたものなんですよ。……店長さん」

一堂風之介
「……何だ」

日高ヤスノリ
「ボクたちは料理人です。料理人は、料理の支配者であると同時に奴隷でなくてはならない。目の前の1杯をよりよくするために、日々研鑽(けんさん)を積まねばならない」

一堂風之介
「ッ!」

日高ヤスノリ
「あなたのラーメンからはその意志が感じられなかった。これ以上のものはないという鼻持ちのならない傲慢さが見え隠れしていた」

一堂風之介
「……そうか」

日高ヤスノリ
「はい」

一堂風之介
「それが、おれの敗因か……」

日高ヤスノリ
「はい」
  

野方希望
「――それでは、審査へと移ります。審査員の皆様、先攻の『麺屋【椀(わん)】』の店主――一堂風之介(いちどう・かぜのすけ)のラーメンが良かったのなら赤の札を」

野方希望
「後攻の挑戦者――日高ヤスノリ(ひだか・やすのり)の作ったラーメンが良かったのなら青の札をお上げください。では――どうぞ!」
  

日高ヤスノリ
「……は?」

一堂風之介
「え?」

野方希望
「赤札3つで、勝者――一堂風之介(いちどう・かぜのすけ)!」

日高ヤスノリ
「え? ……え!?」

一堂風之介
「は? え? は?」

日高ヤスノリ
「いや、え? は? は?」

一堂風之介
「え? え? え? お、おれ? え? は?」

日高ヤスノリ
「え? うそ? え? どゆこと、どゆこと?」

一堂風之介
「判らん判らん判らん! 怖い怖い怖い怖い怖い!」

日高ヤスノリ
「……すみませんレディ達。札を間違えてませんか?」

一蘭子
「間違えてないわよ。何なら理由も説明しましょうか?」

日高ヤスノリ
「ぜ、是非」

一蘭子
「じゃあ、左のキヤちゃんから」

寿鹿姫弥
「あたしから? えっと、お兄さんのは、具材と色が少なくて、ユンスタ映えしなかったから」

日高ヤスノリ
「え、はあ」

寿鹿姫弥
「だから、お店の勝ち」

一堂風之介
「……お客さん……」

日高ヤスノリ
「(舌打ち)……まぁ、そういう人もいるでしょうね。では、レディ」

一蘭子
「私は、別に外食に懐かしさを求めてないのよね。そういうのは家でも作れるし。それよりも、ガツンと一発で満足できるカゼさんのラーメンの方が外食に来た! って感じがして、好きだわ」

一堂風之介
「ニノマエさん……」

日高ヤスノリ
「そんな……」

野方希望
「私は、店長が作るラーメンの味に惚れ込んでこの店で働いているので! どんなに美味しいラーメンが出てきても、私の理想は店長のラーメンなので! 最初から赤札を上げると決めてました!」

一堂風之介
「野方……」

日高ヤスノリ
「いや、これ普通に八百長なのでは!?」

一蘭子
「よって、今回のメシイクサ。勝者はカゼさん!」

一堂風之介
「……お、おう」

日高ヤスノリ
「……ボクの、負け?」

一堂風之介
「……」

日高ヤスノリ
「そんな……あんなに語ってたのに? あんなに偉そうに語ってたのに?」

一堂風之介
「……なんか、すまん」

日高ヤスノリ
「えー……」

一蘭子
「……」

日高ヤスノリ
「ボクの……負け?」

寿鹿姫弥
「……うん」

日高ヤスノリ
「負け?」

野方希望
「はい……」

日高ヤスノリ
「負けかー」

 

 

日高ヤスノリ
「判りました! 勝負は勝負。負けを認めましょう! ――はい、こちら、約束の1万円です」

 

 

日高ヤスノリ
「勉強になりました。それでは、ボクはこれにて失礼させていただきます」
「――あばよ! 星なし骨なしのコゲ飯ども!」

 

 

寿鹿姫弥
「わっ! 聞いたことない捨て台詞残して走っていった!」

一蘭子
「そういえばあの人、土下座してないわ!」

寿鹿姫弥
「捕まえる? あたし足早いから追いつけるかもしれないよ?」

一蘭子
「やるわね、キヤちゃん! ゴー!」

一堂風之介
「待ってくれ!」

一蘭子
「え?」

一堂風之介
「ありがとうみんな。だが、追わなくていい」

寿鹿姫弥
「でも」

一堂風之介
「いいんだ」

一蘭子
「カゼさん」

一堂風之介
「……いいんだ」

  
    ★
  

野方希望
 あれから『麺屋【椀(わん)】』は変わった。
 ミフランに評価される前と同様に、写真撮影も私語も禁止ではなくなったのだ。
 そのおかげで、店には以前にも増して、連日お客さんが押し寄せるようになった。
 さらに、大きく変わったことがもうひとつ。

一蘭子
「じゃあ、この新しく出た『こく旨(うま) 椀(わん)ラーメン』で」

野方希望
「よろこんで! 『こく旨 椀ラーメン』ひとつ!」

一堂風之介
「あいよ! よろこんで!」

野方希望
 店長が新メニューの開発に着手したのだ。

一蘭子
「カゼさん元気そうね。なんか生き生きしてる」

野方希望
「新メニュー開発を初めてから、店長、なんか若返ってるんですよね」

一蘭子
「あら、いいことじゃない」

野方希望
「私個人としては『椀ラーメン』1本で良いと思っているんですけど。十分美味しいし、注文間違えなくて済むし」

一蘭子
「(微笑)お客さんもメニューも増えて大変ね」

野方希望
「(微笑)ええ。給料上げてもらわないと割に合いませんよ」

一蘭子
「もしかしたら『食正者Y』さんは、カゼさんがこうなること判ってたのかしらね?」

野方希望
「うーん、どうでしょうね」

一堂風之介
「野方! これ運んでくれ!」

野方希望
「はい、よろこんで!」

一蘭子
「……そんなわけないか。それよりも『こく旨』の方には、秘伝の何が入っているのかしら」

  
    ☆
  

 

寿鹿姫弥
「『麺屋【椀(わん)】』矯正(きょうせい)対象から外してもいいっぽいよ」
「ああ、うん。あたしがメシイクサ仕掛ける前に、他の人がメシイクサやってさ。その人は負けたんだけど……そのことがあって、どうやら店長、自分を見つめ直して改心したらしい」
「――うん――うん。そういうことだろうね。っていうか、あたし『食正者(しょくせいしゃ)Y』なんてダサイ名前で呼ばれてんの?」
「……いや、食正者って何? それ以上にYって何? どこから来てんの?」
「――あ、『食の粛正者(しゅくせいしゃ)』だから食正者……はー、何でも略すりゃいいって考えるのは日本人のダサイところだよね。Yは? 別にあたし、イニシャルにY入ってないけど」
「――『ユンスタ』のY? え、そこから!?」
「……っていうか、詳しいね。もしかして、そっちの差し金?」
「……本当に? もし、そっちの差し金だったらボコすからね?」
「あー、はいはい判りました。とにかく『麺屋【椀】』は当分大丈夫。というわけで、次の矯正対象店に向かうね。うん。ばいばーい」

 

 

寿鹿姫弥
「……絶対あいつの差し金だよ。まぁいいや。次は……『カレーダイナ』。カレー屋か」
「――よし、頑張っていこう!」

  
    ★ ★ ★
  

一蘭子
 次回『食正者(しょくせいしゃ)Y』が立ち向かうのは『カレーダイナ』の主人にして――『香辛料中毒者(スパイスジャンキー)』壱葉ココ(いちば・ここ)。

壱葉ココ
「今回のガラムマサラも極上にキマってるぜぇぇぇ!」

一蘭子
 食正者Yは、500種類のスパイスを使いこなす壱葉に、勝つことができるのかしら!?

壱葉ココ
「実際に使うのは16種類だけどな!」

一蘭子
 きっと、秘伝の何かが出てくるわ! 秘伝の何かが!

壱葉ココ
「我は暴風」

寿鹿姫弥
「我は蛇」

壱葉ココ
「香りを統治(とうち)するハヌマーン」

寿鹿姫弥
「世界を貪(むさぼ)るニーズヘッグ」

壱葉ココ
「ボトルを振るえ!」

寿鹿姫弥
「菜箸(さいばし)を突き立てろ!」

壱葉ココ
「いざ、尋常に!」

寿鹿姫弥
「メシイクサ――開戦!」

一蘭子
 次回『メシイクサ カレー編』

寿鹿姫弥
「見てくれなきゃ、君の個人情報、ネットに晒(さら)しちゃうよ!」