《あらすじ

『運命に選ばれし少年が【聖天の剣】を手にし、彼によって世界の闇が取り払われるだろう』
 そう予言された日の――前々日のお話。

〈作・フミクラ〉
【謎シナ 参加台本】

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《登場人物紹介》

館長
イグリダード博物館館長。翌々日に博物館に訪れると予言される、少年勇者を楽しみに待っていた。

来館客
休みを利用して、イグリダード博物館を訪れた客。

 
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   ‡ † ‡
 

《 本文 》

 

館長
「その剣は【聖天(せいてん)の剣】と呼ばれています。誰が作ったのかも、いつからそこにあったのかも、まったくの不明。確実に言えることは、発見された王歴(おうれき)812年から今日(こんにち)まで、その台座から引き抜いた者がただの1人もいないということ」
「そのため『【聖天の剣】を引き抜いた者は勇者となる』などという言い伝えもあるほどです」
「ここ――イグリダード博物館は、その【聖天の剣】を雨風(あめかぜ)から守るため、囲うように造られました」

来館客
「……あれ? さっきもそれ言ってませんでしたっけ?」

館長
「(舌打ち)」

来館客
「え?」

館長
「……お客さまは、ノストラピサロをご存じですか?」

来館客
「大昔の預言者(よげんしゃ)ですよね、確か。都市伝説系の番組で見たことがあります」

館長
「彼は自身が生きている時代――王暦1200年から、4000年後の未来まで。様々な予言を残しました」

来館客
「前々から疑問に思ってたんですけど、ああいう人たちって、どうやって金稼(かせ)いでいるんでしょうね?」

館長
「その予言の総数(そうすう)はなんと5万3千以上」

来館客
「あと、病院とかで職業書かなきゃいけない時、何て書くんですかね? 預言者?」

館長
「今日(こんにち)まで、その予言は1つも外れることなく、的中し続けています」

来館客
「いや、預言者はないか。恥ずかしいし『今から3分後にアチキがどうなるか予言してくださいよぉ』みたいなタルい輩(やから)にからまれそうですもんね。そう考えると、無難な所では占い師ですかね? もしくは予想屋?」

館長
「……聞いてますか?」

来館客
「聞いてますよ。ノストラピサロさんは的中率バリ高(だか)な予想屋なんですよね。激アツですね」

館長
「(咳払い)――あまり公(おおやけ)には広まっていませんが、そのノストラピサロがこの【聖天の剣】についても、予言を残しています」
「『王暦2021年11月7日。運命に選ばれし少年が【聖天の剣】を手にし、彼によって世界の闇が取り払われるだろう』――と」

来館客
「……2021年の11月7日って……明後日(あさって)?」

館長
「ええ。本当はこの【聖天の剣】は明後日、少年が引き抜くはずだったんです。闇を払う勇者が生まれるはずだったんです。なのに……なんで、なんで――」
「なんでお客さまが普通に引き抜いているんですか!?」

来館客
「わ、ビックリした」

館長
「ありえません。決してあってはならないことです!」

来館客
「別に勝手に引き抜いたわけじゃないですし、むしろ仕掛けてきたのそっちじゃありませんでした? 『引き抜けたら勇者ですよー。商品として【聖天の剣】もプレゼントしますよー。ものは試し、挑戦してみてはー?』みたいな感じで煽(あお)ってきたの館長さんじゃありませんでした?」

館長
「そんな言い方はしていませんが……確かに、誰でも挑戦可能です。これまでにも数えられないほど沢山の方が挑戦なされました。そして皆様引き抜くことはできませんでした。だからお客さまにも、挑戦を促(うなが)しました」

来館客
「なら――」

館長
「引き抜けないと思ってたからね!」

来館客
「えー……」

館長
「逆に思いますか!? 的中率100パーセントの預言者の予言が外れて、こんなモブ面(づら)が引き抜くと思いますか!?」

来館客
「その質問ちょっと飲み込めないので、オブラートに包んでもらっていいですか?」

館長
「しかも、お客さまのお名前――おはぎ!」

来館客
「なんで……あ、そうか。受付で書いたか」

館長
「勇者っぽくない! 全然勇者っぽくない!」

来館客
「それは……」

館長
「おはぎは引かないでしょ! 引かない確率100パーセントでしょ! 勇者じゃないでしょ! 世界の闇を取り払わないでしょ!」

来館客
「偏見がエグい」

館長
「なのに……なんで引いてるんですか……!」

来館客
「……」

館長
「あってはならないことです。決してあってはならないことです!」

来館客
「……」

館長
「というか。というかですよ! 引けたとしても、その引いている途中で思いません? 『あれ、なんか引き抜けちゃうけど、良いのかな。いや、ダメだよね。私おはぎだもんね。もっちゃりしてるもんね。戻そう戻そう』みたいな気遣いや遠慮(えんりょ)が生まれません? 生まれますよね! 大人なんだから!」

来館客
「……」

館長
「……やだ! こんなのやーだ! 勇者おはぎ、やーだー! やだやだやだやだ!」

来館客
「……」

館長
「これやだもん! 館長これやだもん!」

来館客
「……」

館長
「やだもん……」

来館客
「……」

館長
「……」

来館客
「……」

館長
「……聞いてますか?」

来館客
「あー、聞いてます聞いてます。確かに喫煙者(きつえんしゃ)にとっては住みづらい世の中になりましたよねー」

館長
「そんな話はしていない!」

来館客
「(ため息)お気持ちは判りますが、館長さん結構滅茶苦茶なこと言ってますよ? 今の発言を丸々SNSに載せたら、炎上は免(まぬが)れないレベルですよ?」

館長
「っ……私としたことが、申し訳ございません……!」

来館客
「いいですけど。最後の方は少し面白かったし――そもそも、そんなにその少年に引いてほしかったのなら、その予言の日まで誰にも挑戦させなきゃ良かったじゃないですか」

館長
「いや、そ、それはさすがに……イカサマを疑われますし……」

来館客
「そう思うのなら、そうすると決めたのなら――予言の通りいかなくても……ね? 大人なんだから」

館長
「うっ……」

来館客
「――第一、何でわざわざ予言に合わせなきゃいけないんですか。それこそイカサマですよ」

館長
「ですが、的中率100パーセントですよ……?」

来館客
「知りませんし。というか、ノスト……ノストラーデ?」

館長
「ノストラピサロ」

来館客
「――の時代は確かに魔王がいて、世界は闇に包まれてたみたいですけど――その魔王は今から700年以上前に封印されてるし、世界の闇はとっくに取り払われてるじゃないですか」

館長
「た、確かに……!」

来館客
「その時点で、すでにこの予言は外れてるんですよ」

館長
「……」
 

――館長、くずおれ、床に手と膝をつく。
 

来館客
「判っていただけましたか?」

館長
「……私は、予言を盲信(もうしん)するあまり……そんな初歩的な見落としをしていたのですね……」
 
   †
 

来館客
「というわけで、帰っていいですか? 天気予報によると夕方から雨らしいし、洗濯物が心配なんで」

館長
「ちょ、ちょっと待って下さい!」

来館客
「まだ何か?」

館長
「あのですね……」

来館客
「……ああ、そういうことか。判りました。――はい!」

 
――来館客、【聖天の剣】を手にポーズをとる。
 

館長
「……なんですか?」

来館客
「いや、ですから――はい!」

館長
「えっと? ……はい?」

来館客
「だから。【聖天の剣】が引き抜かれたから、引き抜いた勇者の写真撮らなきゃならないんですよね? マスコミやネット向けに」

館長
「あ、ああ……」

来館客
「格好良く撮って下さいね。――はい!」

館長
「……」

来館客
「はい!」

館長
「……」

来館客
「はい!」

館長
「……」

来館客
「……」

館長
「……」

来館客
「え、何でずっと手ぶらなんですか? 館長さんってケータイもカメラも持ってない人?」

館長
「いえ……そのことなのですが……」

来館客
「ん?」

館長
「現在館内には、私とお客さま。そして入り口に立つ2人の警備員しかいません」

来館客
「まぁ、平日のランチ時(どき)ですからね」

館長
「そして警備員達は、まだこの状況を知りません」

来館客
「あー、確かに。気付いてはいないみたいですね」

館長
「つまり現在、お客さまが【聖天の剣】を引き抜いたことを知っているのは、私とお客さまの二人だけということになります」

来館客
「はあ。それで?」

館長
「今なら、まだ間に合うと思うんです」

来館客
「? 何がですか?」

館長
「よくよく考えたのですが、自分を納得させようとしたのですが……やはりその……お客さまのような方が【聖天の剣】を引き抜いたというのはちょっと、何というか……」

来館客
「……あ?」

館長
「恥ずかしながら私はまだ、ノストラピサロの予言を捨てられずにいまして……彼の予言にまだ、縋(すが)っていたいというか……少年勇者の誕生を見たいというか……」

来館客
「あァ?」

館長
「えっと、だ、だからその……引き抜かなかったことに……」

来館客
「亜ァァァン!?」

館長
「ちょっ、危険ですお客さま! 剣先をこちらに向けないで下さい!」

来館客
「ブレイブ・おはぎ・ブレイドの錆(さび)にしてくれようか」

館長
「勝手に変な名前つけてる……!」

来館客
「略してB・O・B――ボブ」

館長
「何故略したん!? そして、もはや何なのかも判らない!」

来館客
「(ため息)……そちらの言うように、私が勇者というのは自分でも違和感(いわかん)しかありませんよ。でも、引き抜かなかったことになんてできないでしょう」

館長
「――そのことでご相談なのですが……【聖天の剣】を、あの台座に戻していただくわけにはいきませんか?」

来館客
「戻す? これを元々あったように、台座に突き刺すってことですか?」

館長
「はい」

来館客
「……確かにそうすれば、私が引き抜いたことを隠せるかもしれませんけど……良いんですか? 1度引き抜いたから抜けやすくなってるでしょうし……多分、次の挑戦者の人が勇者になるだけですよ?」
「その場合、明後日にデストラーデの予言通り男の子が来たとしても、剣はもう――」

館長
「ノストラピサロです。……いえ、その心配はいらないと思います」

来館客
「ん、どうしてです?」

館長
「先ほど――お客さまが引き抜いてすぐ、私も持たせていただいたじゃないですか」

来館客
「銀河ナンバーワンのへっぴり腰で、すぐ落としましたよね」

館長
「ええ。それで判ったんです。どうやらその【聖天の剣】。勇者以外は持ち上げられないようになっているようです」

来館客
「どういうことですか?」

館長
「とんでもなく重いんです」

来館客
「重い? これが?」

館長
「正直、旅客機(りょかくき)の方がまだ持ち上げられる気がします。細腕(ほそうで)のお客さまがそれを軽々と扱っているのが、未(いま)だに信じられません」

来館客
「……へぇ、そうなんだ。だからみんな今まで引き抜けなかったんだ。ふーん……というか、本当に私ボブに選ばれてたんですね」

館長
「それは……ええ。どうやらお客様は本当に【聖天の剣】に選ばれた勇者のようです。ただ、やはりこちらとしては勇者は少年で……まだ希望を捨てたくないので……どうか!」

来館客
「……」

館長
「どうか!」

来館客
「……まぁ、いいですけど」

館長
「本当ですか!?」

来館客
「こんな凶器、持って帰っても置き場所に困るだけだし」

館長
「凶器って……」

来館客
「あと、特に勇者願望もないし……ただ」

館長
「ただ?」

来館客
「せっかく引いたのに、何も手に入れられないっていうのは、損した気持ちになるので――記念にこれ、もらっていいですか?」
 

――来館客、館長に向かって赤い宝石を見せる。
 

館長
「……? なんですか、それ?」

来館客
「ほら、ボブの剣身(けんしん)の――ここに付いてた宝石です」

館長
「は、え、あ、え!? あ、本当だ! え……とっちゃったの!?」

来館客
「いや、とっちゃったっていうか、これ簡単にとれますよ? ほら、他のもとれるし。で、はめるのも簡単ですし――ね?」

館長
「そうだとしても普通とりますか? プレゼントすると言われたとしても、館内でとりますか!?」

来館客
「言っても10個ついているうちの1つですよ?」

館長
「万引き常習犯の言い分!」

来館客
「そんなに言うならいいですよ。ボブは当初の約束通りいただいていきます」
「やっほー、私、勇者だお☆」
「今日も勇者らしく、映(ば)えスイーツとボブを写真に撮って、原型無くなるほど加工して、イースタにアップしよーっと☆」
「これ見よがしにボブを持ち歩いて、警察(マッポ)から職質(しょくしつ)食らおーっと☆」
「気に入らない奴がいたら天誅(ブレイブ)かまそーっと☆」
「みんな、私に『イイヨ!』を分けてくれ。スーパーインフルエンサーのバニラ様を越えようぜっ☆ キラリンッ☆」

館長
「……なんですか、その間違った勇者のイメージ……」

来館客
「好きなことをして生きる。迷惑系勇者に私はなる」

 
――間。
 

館長
「……判りました。その宝石は差し上げます」

来館客
「良いんですか?」

館長
「だって渡さないと【聖天の剣】戻してくれないんでしょう? 迷惑系勇者になっちゃうんでしょう?」

来館客
「はい、それはもちろん」

館長
「……今まで台座に埋まってたから、誰も剣身(けんしん)を見たことはありません。もし、この先誰かに引き抜かれたとしても……その時に装飾の宝石が1つ無かったとしても、皆様『そういうものなんだ』って思うでしょうし……必要経費だと割り切ります」

来館客
「館長さん、お主も悪(わる)よのう」

館長
「……その代わり、約束通り【聖天の剣】を戻してください。そして、ここで起きたことは全て、他言無用(たごんむよう)でお願いします」

来館客
「了解です。そうと決まれば―――はい、戻しました」

館長
「ありがとうございます。……しつこいようですが、くれぐれも、他言無用で」

来館客
「判ってます。そんなに念を押さなくても、墓場まで持っていきますよ」

館長
「助かります」

来館客
「それでは、私はこれで。あ、そうそう。明後日、デスパラートの予言通り本当に少年勇者が現れるのか地味に楽しみにしてます。なので、現れたらSNSにアップして下さいね」

館長
「ノストラピサロです。はい、必ず」
「ご来館、誠(まこと)にありがとうございました」

 
   †
 

来館客
 それから。
 電車で家に帰り、洗濯物を取り込んだ。取り込んで1時間ほどで雨が降った。最近の天気予報は大昔の預言者よりも的中率が高い。
 2日後、姉が甥(おい)っ子と共に訪ねてきた。
 甥っ子は【聖天の剣】に付いていた赤い宝石に興味津々(きょうみしんしん)で――彼の9歳の誕生日も近いということで、私はそれを彼にあげた。
 博物館のSNSをこまめに覗(のぞ)いていたのだが、特に変わりはなかった。どうやら勇者は現れなかったらしい。
 それから。
 それから。
 時は流れて。
 なんやかんやあって、大昔に封印された魔王が復活して、それを成長した私の甥っ子が倒して、彼が勇者と呼ばれることとなるのだが――
 果たしてそれが、プレパラートの予言が的中したことになるかどうかは……微妙なところだ。