《あらすじ》

 女の子が、親友のアドバイスを受けて思い人に告白する話。

〈作・フミクラ〉

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《登場人物紹介》

あたし
 主人公。長年、『彼』に対して恋心を寄せている。『親友』のアドバイスを受け、告白を決意する。高校3年生。女子。

親友
 『あたし』の背中を押す。今まで異性を好きになったことがない。高校3年生。女子。


 『あたし』に思いを寄せられている。海外の大学への入学がほぼ決まっている。高校3年生。男子。

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《 本文 》

親友
『いけるいけるお前は可愛いんだから』

あたし
 親友からのメールに再度目を通し、あたしは家を出た。
 目的地の公園には、5分ほどでついた。
 西側にあるベンチに腰掛け、スマートフォンで現在の時刻を確認する。
 17時49分。
 18時まであと11分。
「あぁぁぁぁぁぁぁ――どうしよう」
 思わず絶望的な声がもれる。
 まだ何もやっていないのに、身体が重たい。
 手足の先が冷たい。
 首から背中にかけても、汗をかいているのか、冷たくなっていくのを感じる。
 家を出る前に見た夕方のニュース。
 その中の天気予報コーナーでは「これから夜にかけて暑くなる」なんて言っていたのに。


    ■□■
 

あたし
 あたしには好きな人がいる。
 小学4年の3学期から、現在の高校3年の秋になるまでの長い期間、ずっと恋をしている。
 まだ恋をきちんと自覚していなかった小学生の頃、あたしにとって彼は、仲のいい男子で、よく話す友達でしかなかった。
 その思いに変化が起きたのは、中学に上がってすぐのこと。
 彼と話すたびに、彼のことを考えるたびに、他の子たちとは違う、特別な、楽しい気持ちになっていることに気がついた。
 ほかの女子が、彼のことを「ちょっといい」だとか「付き合いたい」などと言っているのを聞く度に、お腹の底がずーんと重くなった。
「ああ、そうか。あたしは彼が……好きなんだ」
 気づいてしまった恋心はあたしに厄介な変化をもたらした。
 今まで気軽にできていたはずの彼との会話が、急に恥ずかしく、ぎこちなく、気まずくなってしまった。
 恋心を悟られる恐怖がそうさせたのだろう。
 やがて、あたしは彼のことを避けるようになっていった。
 彼と同じ、地元の高校に進学したけれど、やはり話すことはできず、その状況は現在も変わらない。
 たまたま会うことがあっても、目が合えば互いに会釈くらいはするが、それ以上のことは起きない。
 それが、今の彼との関係。
 もどかしいとは思うけど、それで良かった。
 “仲の良い友達”ではなくなってしまったけれど、“昔、仲の良かった友達”ではいられるから。
 最初から、告白しない覚悟を決めていた。
 しかし、先日。
 人づてに聞いた話で、彼が進学先として海外の大学を志望していることを知った。
 きっと、今のまま勉強を続けていれば、受かるだろう、ということも。
 別にすぐに行く訳じゃない。
 海外だからといって、一生会えなくなると決まった訳でもない。
 理屈では理解していたが、本能的に思ってしまった。
 告白しなければいけない、と。
 この思いを伝えられないまま離れるなんて、嫌だ、と。
 それは、あたしの心の底からの純粋な本音だった。
 告白しない覚悟なんて、最初からなかったのだ。
 “昔、仲の良かった友達”でいいなんて、嘘っぱちだった。
 あたしはずっと、彼に伝えたかったのだ。
 あなたのことが好きです。
 と。


    ■□■
 

親友
『じゃあ、告白すればいいじゃん』

あたし
 電話先の相手は、新しいコンビニスイーツを勧めるくらいの気軽さでそう言った。
 彼女は、あたしの一番の親友。
 別の高校を選んだけれど、1週間の半分くらいはこうやって電話でやりとりする間柄で、“あたしの彼に対する思い”を打ち明けたことのある唯一の人物だ。

親友
『なんで? 簡単でしょ。顔つき合わせて「好きです、付き合って下さい」って言えばいいだけなんだから』

あたし
 親友は、誰に対しても人見知りをしない。
 そして、今まで異性を好きになったことがないそうだ。そのせいか、好きな相手を前にした人間の心理や、告白の緊張感なんかをあまり理解しておらず、

親友
『いや、簡単でしょ! たった13文字だよ?』

あたし
 軽はずみにこういうことを言う。
「文字数の問題じゃないの!」

親友
『なんだよー、自分から告白したいって言ってきたくせにさー。背中押してほしいんじゃないのかよー?』

あたし
「押してほしいよ。押してほしいんだけど、そんな大ざっぱな感じじゃなく、もっとこう、アドバイスというか」

親友
『アドバイス……あっ、そうだ! セクシーな下着姿で告白したら? 男子高校生なんてそれでイチコロでしょ?』

あたし
「あんたは友達を変態にしたいのか。そして、彼はそんなんでなびかんわ!」


    ■
 

親友
『なるほどね。つまり、告白はしたいけど、好きですとか、付き合って下さいという使い古された言い方はしたくないってことね?』

あたし
 全然違うけれど、確かに彼を前にして「好きです」と口にすることができるかどうか判らなかったあたしは、親友の話を黙って聞くことにした。

親友
『あんたの好きになった彼ってあれだよね。割と本読むタイプだったよね。だったら、この台詞言っておけば、意味は伝わるし良いんじゃない』

あたし
 そう言って、彼女は有名な作家の告白台詞を口にした。


    □■□
 

あたし
 親友との話し合いの結果、メールで彼を呼び出し、有名な作家の台詞を使って告白することが決まった。
 16時。
 2時間後の18時に公園の西側のベンチに来てほしいというメールを彼に送った。
 彼とメールアドレスを交換したのは中学の時。まだ変わっていなかったことに安堵し、少しだけ残念な気持ちになった。
 この期に及んで「メールが届かなかったら告白する必要もない」と考えていた弱い自分がいた。
 送って5分もかからないうちに「わかった」と返信が来た。

あたし
 そして現在。
 あたしは、彼を待ってベンチに座っている。
 約束の時刻まであと5分。
 胸がドキドキし、落ち着きたいのに落ち着けない。
 のどが渇いて、言葉がうまく出せるか心配になる。
 周囲の気温は、夕方の天気予報の通り、暖かくなっている。
 なのに、18時に近付けば近付くほど、身体は緊張して冷たくなっていく。
「なんか、飲もうかな」
 この状況を変えるため、自販機の前に移動したあたしは、小さなペットボトルのホットカフェオレを買った。
 別にカフェオレはそこまで好きではなかったけれど“ホッと一息”というキャッチコピーが興味を惹いた。
 自販機から出てきたペットボトルを両手で包むように持つと、冷えていた指先が温まり、少しずつ緊張がほどけていくのを感じる。
 ある程度両手が温まったところで、キャップを開け、温度に気をつけながら、カフェオレを飲んだ。
 まろやかな舌ざわり。
 優しい甘さとほろ苦い香りが口内に広がり、無意識に入っていた肩の力が抜けていく。
 カフェオレは、口内を温め、のどを温め、やがて身体全体を中から温めていく。
 “ホッと一息”とはよく言ったものだ。
 さきほどまで、緊張で凝り固まっていた身体がゆっくりと、しかし確実に――
 
あたし
 ――(咳き込む)
 
あたし
 むせた。
 気道に入って、盛大にむせた。
 なにがホッと一息だ!
 こんなんで落ち着けるか!
 咳き込みながら、心の中で悪態をついていると、


「えっと、大丈夫?」

あたし
 背後から声をかけられた。
 声の主は誰か、すぐに判った。
 あたしは涙目になりながらも「大丈夫」と返事をし、それが久々の会話であることに気付いて、さらに咳き込んだ。 


    □
 

あたし
 ようやく咳が収まったあたしは、聞いてほしいことがあると言って、彼と向かい合う。
 久しぶりに正面から見た彼の顔は、あたしの緊張が伝わったのか、少し強ばっている。
 躊躇い悩む時間は、もう十分に過ごしたので必要ない。
 親友から伝授された告白の言葉を頭に浮かべ、それを声に乗せる。
 
あたし
「月が綺麗ですね」
 言葉は淀みなく出た。
 親友曰く、好きです、付き合って下さい。という意味を持つというその告白の言葉に、彼は、


「……ん?」

あたし
 空を見上げて、キョロキョロした後、


「えっと、どこ?」

あたし
 と、シンプルに月の場所を聞いてきた。
 その言葉を合図に、あたしは彼に背を向け、全速力で駆け出した。
 すべった。
 すべったすべったすべったすべったすべったすべった!
 事故だ。
 大事故だ。
 今世紀最大の大事故だ!
 耳が熱い。頬が熱い。顔が熱い。さっきまで冷たかったはずの背中も指先も燃えているかのような灼熱だ!

親友
『この台詞言っておけば、意味は伝わるし良いんじゃない』

あたし
 親友の台詞が頭の中でよみがえる。

親友
『「月が綺麗ですね」あの夏目漱石が……何だったかな。なんかよく覚えていないけど、恋人に告白するためのものとして発明した言葉……だったはず。どう、お洒落でしょ?』

あたし
 確かにお洒落だ。
 好きです、付き合って下さいよりも、大分言いやすい。実際言えたし!
 だからあたしも採用した。
 でもさ、最初の前提条件のさ、彼にその意味が伝わるっていうのがさ
「間違ってんじゃんかぁぁぁぁ!」
 そもそも、意味伝わっていたとして、これ、OKだった場合、どう返されてたの!?
 っていうか、あの時はテンション上がって気付かなかったけど、結構適当なこと言ってない、我が親友。我が親友! 

あたし
 ――(走った後の息切れ音) 

あたし
 全力ダッシュで家についたあたしは、地獄のアドバイスをくれやがった親友に文句のひとつでも言おうと、息を切らせながらスマホを開いた。
 するとそこには、着信履歴が1件とメールの未読メッセージが1件。
 どちらも、彼からのものだ。
 着信の方が先にあったのを見るに、電話をとらなかったので、メールを送ったということなのだろう。
「(息を切らせながら)え、これ、あけないとダメ?」
 内容によっては、最悪、恥ずかしさで死ぬかもしれない。
「……いや、大丈夫、さっきよりも恥ずかしいことなんてきっとない! っていうか、いいことかもしれない……よし!」
 気持ちを声に出して気合いを入れ、スマホの画面をタップする。
 たちまち画面には新着メールの本文が表示された。


『さっきはごめん。とっさで意味がわからなかった』

あたし
「……そりゃあ、そうですよね」
 開かれたメッセージの、1行目の文章に、あたしは力なく同意し、


『月はずっときれいだったよ』

あたし
 2行目の文章に、首を傾げた。
「……何だこれ?」