《あらすじ》

 幼馴染の女性2人が、植物園内にあるカフェにお茶をしにいく話。

〈作・フミクラ〉
【箱庭遊戯 参加台本】


  
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《Special Thanks》

【 もっちな 】さん
 

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《登場人物紹介》

門脇のぞみ(かどわき・のぞみ)
漫画家。2年前に10年以上続いた漫画『慟哭のアルカディア』の連載を終えた。33歳。

峯口結衣(みねぐち・ゆい)
のぞみの高校時代からの友人。のぞみを植物園に行こうと誘う。33歳。
  

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《 本文 》

 
    ♡♥
  

――門脇のぞみ宅

峯口結衣
「へい彼女! デート行こうぜ!」

門脇のぞみ
「え、結衣(ゆい)? いや、何勝手に人ん家に入ってんの?」

峯口結衣
「運転免許更新のついでに……って細かい事は言いっこなし! あやとりするほど暇(ひま)みたいだし、デートに行こうぜイェア!」

門脇のぞみ
「不法侵入は細かいことじゃないし、あやとりなんてしてないし」

峯口結衣
「いいからいいから! とにかく今すぐ、さぁ、行こう!」

門脇のぞみ
「あ、ちょ、危ない! 手引っ張るな落ちる! 行くから! 行くから手離して!」
  

  ♡♥
  

――路上

門脇のぞみ
「暑い。部屋に戻りたい。くたばれ太陽」

峯口結衣
「漫画家だからって、家にずっといたら病んじゃうよ。たまには外出なきゃ」

門脇のぞみ
「余計なお世話だし、それに私だってそこそこ出てるし、昨日も出たし」

峯口結衣
「え、どこに?」

門脇のぞみ
「コンビニ」

峯口結衣
「コンビニとゲーセンは国際ルール上、外出(がいしゅつ)にカウントされません」

門脇のぞみ
「……それで、デートって言うけど、どこ行くの?」

峯口結衣
「鍬木野(くわきの)植物園」

門脇のぞみ
「くわきの……。えっと……テレビでCMやってる?」

峯口結衣
「そうそう」

門脇のぞみ
「何か、ぽくないね。結衣って木とか花とか興味ない人じゃなかった?」

峯口結衣
「そんなことありませんわ。わたくし、植物を愛する貴婦人(きふじん)ザマス」

門脇のぞみ
「で、本音は?」

峯口結衣
「その中にあるカフェのロールケーキがおいしいとSNSで目にしまして」

門脇のぞみ
「そんなことだろうと思いました」

峯口結衣
「カロリーも低くて、身体にも良いらしいよ! 食べれば食べるだけ痩(や)せるってさ!」

門脇のぞみ
「何ソレ、怖いんだけど。危ないクスリでも入ってるんじゃ……行くのやめようかな」

峯口結衣
「冗談! 盛った! 盛りだくさんでお送りした! 実際は身体に悪いし、食べたら食べた以上に太る! ひと口でアメリカのダイエット番組に出られるようになる! トレーナーのスパルタマッチョに罵(ののし)ってもらえる!」

門脇のぞみ
「今日は1日ありがとう。じゃあね」

峯口結衣
「逃がすか!」

門脇のぞみ
「ちょ、ガチヘッドロックは勘弁(かんべん)! 判った判った行くから」

峯口結衣
「判ればよろしい!」

門脇のぞみ
「……それで、車は?」

峯口結衣
「え、ないよ? 電車で行くんだよ?」

門脇のぞみ
「運転免許の更新のついでに家に寄ったんだよね? 車で来てないの?」

峯口結衣
「来るわけないでしょ。免許更新の前に万が一事故ったらややこしいじゃん」

門脇のぞみ
「あー……なるほど」

峯口結衣
「判ったね! では、行くぞ、野郎共!」

門脇のぞみ
「……あいあいさー」

峯口結衣
「あ、でもその前にコンビニでお菓子買って食べようか」

門脇のぞみ
「今から植物園のカフェに行くんだよね?」

峯口結衣
「そうだよ?」

門脇のぞみ
「そこでロールケーキ食べるんだよね?」

峯口結衣
「そうだよ。だから、お菓子食べようかって言ってるんだよ?」

門脇のぞみ
「ちょっと何言ってるのか判らないんだけど」

峯口結衣
「え、のんちゃんって日本人だよね? 気付かなかったけど、シンガポールの人だった?」

門脇のぞみ
「日本人だけど……え?」

峯口結衣
「日本人だったら、植物園みたいな空気が澄んでそうな場所に行く前に身体に悪いもの入れていくでしょうよ! お菓子で体内汚していくでしょうよ!」

門脇のぞみ
「もしかして私、気持ち悪いパラレルワールドに迷い込んでる?」

峯口結衣
「というわけで右手をご覧下さい。コンビニです。ウヒョヒョ、身体に悪いお菓子がたーくさんだー!」

門脇のぞみ
「……まぁ、別に良いけどね」

峯口結衣
「よくぞ言った! では、じゃんけんをしよう!」

門脇のぞみ
「なんで?」

峯口結衣
「じゃんけんで負けた方が相手におごる。それが植物園前菓子の常識でしょうが!」

門脇のぞみ
「テンションがずっとバグってるけど大丈夫? ドーピングでもした?」

峯口結衣
「あたしは、グーを出す」

門脇のぞみ
「ああ、そう」

峯口結衣
「ふふふ、冷静を装(よそお)っているみたいだが……判るぞその気持ち」

門脇のぞみ
「ん?」

峯口結衣
「あたしのグーという言葉が真実なのかどうなのか判断出来ず、さぞ怖かろう」

門脇のぞみ
「……別におごっても良いし、私はチョキ出すよ」

峯口結衣
「な……んだと……!?」

門脇のぞみ
「はい、行くよー。最初はグー」

峯口結衣
「う、あ、あ……!」

門脇のぞみ
「じゃんけん、ポン」

峯口結衣
「っ!」

門脇のぞみ
「あーあ」

峯口結衣
「まさか、裏の裏で来るとは……」

門脇のぞみ
「私チョキ。結衣パー。はい、結衣の負けね」

峯口結衣
「まさか、裏の裏で来るとはー!」

門脇のぞみ
「いや、裏の裏って言うか、私は普通におごろうとしたのに、勝手にそっちが……」

峯口結衣
「裏の裏で来るとはー!」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「裏の裏めー!」

門脇のぞみ
「(ため息)ふふふ、今頃気付いても後の祭りよ! 貴様は私に負けたのだ! 敗北感と屈辱(くつじょく)にまみれて、供物(くもつ)を捧(ささ)げるがよい!」

峯口結衣
「この屈辱、いずれ晴らしてやるからな! コンビニへゴーだぜ!」

  
  ♡♥
  

――コンビニ イートインスペース

峯口結衣
「はい、のんちゃん」

門脇のぞみ
「ゴチになります」

峯口結衣
「っていうか、のんちゃん変だよね。普通、こういう時のお菓子でグミ選ぶ?」

門脇のぞみ
「選ぶでしょ。食べやすいし、チャック着いているから全部食べ切らなくて良いし、持ち運びしやすいし、今からカフェ行くわけだし」
「むしろ、こちらとしては、結衣の選んだドッキリマンチョコに驚きを隠せないんだけど」

峯口結衣
「見たら急に食べたくなったよね」

門脇のぞみ
「それ、チョコって言ってるけど、ウエハースだからね。口内の水分全部持ってかれるよ」

峯口結衣
「そのためのイートインスペース! 口の中パサパサになっても、すぐに飲み物が買える! それが、イートインスペース!」

門脇のぞみ
「今からカフェ行くんだよね?」

峯口結衣
「そうだよ? あ、見て! 『クソザコボーン』だって! 当たりかな?」

門脇のぞみ
「……キラキラしてないし、見た目も弱そうだし、名前もひどいし、ハズレなんじゃない?」

峯口結衣
「でも骨だよ? 骨の戦士だよ? 『何度やられても立ち上がるぞ!』って、後ろの説明に書いているよ? 大当たりなんじゃない?」

門脇のぞみ
「……結衣がそう思うなら、そうかもね」

峯口結衣
「やったぜ! やっぱりあたしって運良いわぁ」

門脇のぞみ
「まさか33にもなって、おまけのシールが当たりかどうか聞かれるとはね」

  
  ♡♥
  

――電車内

峯口結衣
「平日午前中の電車は空いているねー、っていうかこの車両(しゃりょう)人っ子ひとりいないじゃん! 貸し切りじゃん! 極楽じゃん!」

門脇のぞみ
「極楽はいいけど、お腹大丈夫?」

峯口結衣
「ドッキリマンチョコとサイダーとカルビおにぎりくらいじゃ、あたしは満腹になりませんぜ!」

門脇のぞみ
「そうですか」

峯口結衣
「……そういやさ、のんちゃん」

門脇のぞみ
「なに?」

峯口結衣
「10月に元3年2組の同窓会があるらしいんだけど、手紙届いた?」

門脇のぞみ
「ああ。あったね」

峯口結衣
「……行く?」

門脇のぞみ
「行かない」

峯口結衣
「なんで、行こうよ! あかりんも、ブッキーも来るってよ! 行こうよ」

門脇のぞみ
「いや、多分、普通に行けないから」

峯口結衣
「……忙しいってこと?」

門脇のぞみ
「まぁ、そんなところ」

峯口結衣
「そうか……長年の連載が終わったとは言え、売れっ子漫画家だもんね」

門脇のぞみ
「……ん、そう」

峯口結衣
「そっか、なら、仕方ないね……」

門脇のぞみ
「……うん」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「……今、ちょっと疑問に思ったんだけどさ」

峯口結衣
「ん?」

門脇のぞみ
「電車って飲食禁止だったっけ?」

峯口結衣
「飲食?」

門脇のぞみ
「行儀悪いイメージがあるけど、でも駅弁とかもあるし、どっちなんだろうって思ってさ」

峯口結衣
「――やあ、お困りのようだね、お嬢さん」

門脇のぞみ
「え、えっと……あなたは?」

峯口結衣
「私は、みんなの憧れ――ものしり先生だよ」

門脇のぞみ
「わー、憧れのものしり先生だー」

峯口結衣
「お嬢さんは、電車内での飲食が禁止されているかどうか気になっているんだよね?」

門脇のぞみ
「そうです。どっちだと思いますか?」

峯口結衣
「私も気になっていたからね、前に1度車掌(しゃしょう)っぽい人に聞いてみたんだよ」

門脇のぞみ
「車掌っぽい人?」

峯口結衣
「顔が」

門脇のぞみ
「聞く人間違ってない?」

峯口結衣
「雀荘(じゃんそう)で」

門脇のぞみ
「間違ってるよね?」

峯口結衣
「そしたらその『ぽい』人は言ったんだ『基本的に禁止はされてませんが、汁物や、匂いがつよいもの、そして単純に食べづらいものは、無理に電車で食べない方がマナー的に良いと思います』と」

門脇のぞみ
「間違ってなかった」

峯口結衣
「あ、その顔『ごちゃごちゃしていて判らないでゲス。つまりどういうことぞな?』って顔だね?」

門脇のぞみ
「いや、そんな顔してないし。どんなキャラ?」

峯口結衣
「お嬢さんのために大ざっぱにまとめると、電車内では飲食禁止!」

門脇のぞみ
「大ざっぱすぎる」

峯口結衣
「食べた奴は犯罪者! 売った奴は密売人(みつばいにん)!」

門脇のぞみ
「駅弁に関わった全員と、車掌っぽい人に土下座してこい」

峯口結衣
「よし、解決! というわけで、他に疑問はあるかい? このものしり先生が何でも答えてあげよう。ほら、君はラジオをやっているでしょう? そこで答えてあげよう」

門脇のぞみ
「え、ラジオ?」

峯口結衣
「うん」

門脇のぞみ
「……やったことないけど」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「やれってこと?」

峯口結衣
「うん」

門脇のぞみ
「えっと……『門脇(かどわき)のぞみの賢人(けんじん)ラジオ』」

峯口結衣
「イェーイ!」

門脇のぞみ
「太陽がジリジリとアスファルトを焦がす平日の昼前、いかがお過ごしですか? パーソナリティーの門脇のぞみです。この番組は、リスナーさんから頂いた疑問に、ゲストで来て下さった賢人様がズバリ解決策を授(さず)けるという、疑問解決番組です。本日の賢人様は、この方」

峯口結衣
「知らないことはブラックホールの中身オンリー。ものしり先生です。よろしくお願いますキュピーン☆」

門脇のぞみ
「キュピーン?」

峯口結衣
「眼鏡が光った音だよ。キュピーン☆」

門脇のぞみ
「なるほど。よろしくお願いします。では、早速リスナーから届いた質問に答えてもらうことにしましょう。覚悟はいいですか? 賢人様」

峯口結衣
「どんとこい! あらゆる疑問を投げっぱなしジャーマンスープレックス!」

門脇のぞみ
「投げっぱなしじゃ困りますけどね。――まずは、えっと……これってー、ラジオネームかな? 本名かな?」

峯口結衣
「ああ、そういうやつ? 匿名(とくめい)希望とかは特に書いていない?」

門脇のぞみ
「えっと……書いてない……ですね」

峯口結衣
「じゃあ、いいんじゃない。ラジオネームだった時可哀想だし、そのままラジオネームとして読んじゃえば」

門脇のぞみ
「そうですね。――では、ラジオネーム『エスカルゴ島(じま)かたつむり子(こ)』さんからのメールです」

峯口結衣
「何故本名だと思った!?」

門脇のぞみ
「『門脇さん、ものしり先生、スタッフの皆さん、こんにちわ』」

峯口結衣
「はい、こんにちは」

門脇のぞみ
「『私はコーヒーにミルクと砂糖を沢山入れて飲むのが好きなのですが、この飲み物ってカフェオレでしょうか? それともカフェラテでしょうか? はたまたコーヒー牛乳でしょうか? そして、その3つの違いって何でしょうか? 教えて下さい』」

峯口結衣
「なるほどねー、初級も初級。ものしり界では、1年生のドリルの最初の方に載ってる疑問だね」

門脇のぞみ
「ということは、答えられるんですね」

峯口結衣
「当然さ!」

門脇のぞみ
「では、賢人様、お答えを」

峯口結衣
「うむ――カフェオレ、カフェラテ、コーヒー牛乳は、その飲む人によって名前が変わるんだ」

門脇のぞみ
「と、言いますと?」

峯口結衣
「仕事が出来る人が飲んでいるのはカフェオレ。おしゃれな人が飲んでいるのはカフェラテ。脳筋(のうきん)が飲んでいるのはコーヒー牛乳」

門脇のぞみ
「そんな頭悪い分け方なんですか?」

峯口結衣
「実際そうだから仕方ないよね」

門脇のぞみ
「……じゃあ、おしゃれな世界一のボディービルダーは?」

峯口結衣
「そんな人はミルクと砂糖を沢山入れたコーヒーを飲まない!――というわけで、またひとり、迷える子羊を救ってしまったね。ラジオネーム『エスカルゴ島(じま)かたつむり子』さんには、番組特製ペンケースをプレゼント」

門脇のぞみ
「あ、無理矢理終わらせた」

峯口結衣
「さぁ、次のメールは?」

門脇のぞみ
「まだやるのね。……えーっと、それでは続いての疑問。ラジオネーム――『先週複雑(せんしゅうふくざつ)、今週粉砕(こんしゅうふんさい)』さんからのメール」

峯口結衣
「骨折してんの?」

門脇のぞみ
「『のぞみさん、ものしり先生、こんにちは』」

峯口結衣
「こんにちは」

門脇のぞみ
「『ぼくは飛行機が好きなのですが、どうして飛行機はあんなに大きくて重たいのに空を飛べるんですか? いつ落ちてしまうのか心配で飛行機スタントができません。教えて下さい』」

峯口結衣
「もしかして、この人スタントマンなのかな? だったら確かに心配かもね。その疑問、答えて進ぜよう」

門脇のぞみ
「では、賢人様、お答えを」

峯口結衣
「うむ――飛行機って大きいし重いし、何で飛ぶのか不思議だよね?」

門脇のぞみ
「そうですね」

峯口結衣
「でも、その原理はみんなが思っているより簡単なんだ」

門脇のぞみ
「どんな原理なんですか?」

峯口結衣
「飛行機にはヨウリョクというものがあってだね」

門脇のぞみ
「ヨウリョク?」

峯口結衣
「妖怪とかが持っているあれのことだよ」

門脇のぞみ
「は?」

峯口結衣
「一旦木綿(いったんもめん)や天狗(てんぐ)は空を飛べるだろう? それと一緒。というか――実はその昔、飛行機は天狗と出会って、空を飛ぶ為のヨウリョクを授(さず)けられたんだ。その天狗から授けられたヨウリョクによって、飛行機は空を飛んでいるのさ! 判ったかな?」

門脇のぞみ
「思っていたのと違った」

峯口結衣
「またひとり、迷える子羊を救ってしまったね。ラジオネーム『毎週骨折』さんには、番組特製ジャンボジェット機をプレゼント」

門脇のぞみ
「ラジオネーム勝手に略(りゃく)してるし、プレゼントのスケール大きいし。番組特製でジャンボジェットは作らないでしょ」

峯口結衣
「あと1駅で目的地だから、次が最後のメールかな」

門脇のぞみ
「え、まだやんの?」

峯口結衣
「カモン! ラストメール!」

門脇のぞみ
「……結構考えるのしんどいんだけど」

峯口結衣
「カモン! ラストメール!」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「……思いつかなかったら、のんちゃんの質問でも良いよ」

門脇のぞみ
「いや、それは……ないでしょ」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「……はい、ではこれが本日最後のメールです。ラジオネーム――『匿名希望』さんから」

峯口結衣
「お、シンプルだね」

門脇のぞみ
「『ものしり先生、こんにちは』」

峯口結衣
「はい、こんにちは」

門脇のぞみ
「『私は漫画家……の友人がいます』」

峯口結衣
「……うん」

門脇のぞみ
「『そいつは、17歳、高校在学中に漫画家デビューし、18歳の時から雑誌連載を持ち、それから一昨年の31歳まで、その連載を続けました』」

峯口結衣
「うん」

門脇のぞみ
「『そいつは、漫画を描くのが好きなやつでした。特にストーリーを考えるのが好きなやつでした』」

峯口結衣
「うん」

門脇のぞみ
「『そいつは連載中も、いくつものストーリーを思いつき、その度にそれをノートにメモしていました。生まれたストーリーの種は、当時のそいつにとって、宝石のように思えました。この連載が終わったら、この話にとりかかろう。いや、でもあの話もいいかも。と、ワクワクしながら、それでも一切手を抜かず、抱えている連載に全力を注ぎました。その甲斐(かい)あって、自分が望んでいた完結まで書き上げ、連載を終えることができました』」

峯口結衣
「すごいことだ。良かったね」

門脇のぞみ
「……『連載終了から3日後。そいつはストーリーの種をまとめたノートを見返しました。次の連載に向けての作品を決めるためです』」

峯口結衣
「うん」

門脇のぞみ
「『前回の連載よりも面白いものを描くという気持ちでした。しかし、ノートを見返して10分ほど経った頃。その顔は青ざめました』」

峯口結衣
「……どうして?」

門脇のぞみ
「『思いついた時は、あれほど面白いと思っていたストーリーの数々が全て、面白く思えなくなっていたからです』」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「『いえ、中には面白いと思えるものもいくつかありました。しかしそれは、別の漫画の劣化コピーのようなものでした』」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「『これでは前回の連載はおろか。そもそも編集会議にすらかけられない』」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「『何かの間違いだと思いました。救いを求めるように、ノートのページをめくりました。ストーリーの種を記していたノートは4冊あります。その中にきっと、他の漫画の劣化コピーじゃない。今の自分でも面白いと思えるものがあるはずだ、と。前回の連載を越えられるものがあるはずだ、と』」

峯口結衣
「うん」

門脇のぞみ
「『しかしその願いは、4冊目のノートを読み終わった時、脆(もろ)くも崩(くず)れ落ちました』」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「『宝石だと思っていたものは、全てただの土くれだったのです』」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「『そいつはしかし、それだけでは絶望しませんでした。元々ストーリーを考えるのが好きなタイプ。今から新しく、ストーリーを考えればいいだけだ、と思い直したのです』」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「でも……」
「上手くいかなかった」
「……最初の方は良いんだ。思いついた時は傑作(けっさく)だと思う。宝石だと思う。でも、時間が経って冷静に見ると、その輝きは失われ、どんどん駄作に思えてくる。駄作だと思ってしまったものはもう傑作には戻れない。ネームの途中でボツになる」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「それなら先にキャラクターを描いて、そこからストーリーを作ろうともした。でも、やっぱり出てくるストーリーは駄作で……やがて、話作りだけでなく、絵を描く事さえ、苦しいものになった」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「その繰り返しが、2年続いて――」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「思い返せば、連載中はキツかったけど、楽しかった。充実していた。空を飛んでいるような気分だった。日々、高い所に上っていくような気持ちだった」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「どこまでも飛んでいけると思った。いつだって飛べると思った。でも、違った。連載が終わって、1度降りたら、もう飛べなくなっていた。あの場所には戻れなくなっていた」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「編集さんは今でも新作を待っていると言ってくれる。ファンの人達も期待してくれてる。彼女たちのためにも、頑張ってみた。原作を他の人に任せてみるということも考えてみた。だけど、プライドが邪魔をしてどうしてもそれはできなかった」
「……自分で自分が嫌になる。きっともう、期待には応えられない。だから今日……」
「……もうダメだ。ダメなんだ。私はもう……とっくに終わっていて……」
「……ねえ、結衣」

峯口結衣
「……なに」

門脇のぞみ
「私は……どうすれば……」

峯口結衣
「……」

門脇のぞみ
「……いや、ごめん、うそ、何でも(ない)」

峯口結衣
「(被せて)『匿名希望』さんからの疑問。受け取りました」

門脇のぞみ
「……え」

峯口結衣
「途中、目線がぶれて、誰の疑問なのかよく判らなかったけど、要は、その漫画家さんがどうすればいいかってことだよね」

門脇のぞみ
「……はい」

峯口結衣
「そんなの簡単だよ」
「悩んで考えて、漫画を描き続ければいい」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「話を聞くに、その人は今のところ、経済的に困ってもいないし、それに漫画を描くのが好きなんでしょう?」
「誰よりも、何よりも、それが好きなんでしょう?」
「なら、描けばいい。今までのストーリーの種や、新しく思いついたストーリーを叩き台に、悩んで、悩んで、考えて、考えて、加えて、引いて、無理矢理にでも面白いものに変えて、描き上げればいい。上手くいかなくても、また描けばいい」

門脇のぞみ
「……でも、それができなくて……」

峯口結衣
「できないじゃない。やるんだ。だって、その道を選んだんだから」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「――みんながみんなできるわけではない。でも、『きみ』ならできる」

門脇のぞみ
「……え」

峯口結衣
「絶対に復活できる。少し時間はかかるかもしれない。でも、必ず前と同じように……いや、それ以上に面白いものが描けるようになる。飛ぶことが出来る」

門脇のぞみ
「……根拠は?」

峯口結衣
「私を誰だと思ってんの?」

門脇のぞみ
「誰って――」

峯口結衣
「言ったでしょ? 知らない事はブラックホールの中身オンリーのものしり先生だ、って。根拠なんてそれだけで充分でしょ。キュピーン☆」

門脇のぞみ
「……汚いやり口」

峯口結衣
「あと、念のために、この漫画家さんの別の友人である貴婦人さんに聞いたんだ。彼女は復活できるか? って」
「貴婦人さんは言ってたよ『わたくしの親友をなめてほしくないザマス。連載前の読み切り読んだことありますか? ネームの段階ではありきたりな話だったのに、完成原稿は斬新なものになっていたのですわよ。彼女には、石を宝石に変える力があるんザマス。だから必ず、再び飛べる』って」

門脇のぞみ
「何キャラだよ……」

峯口結衣
「今は飛べないからって、歩みを止めないで。できることをやってみよう?」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「歩いていれば、段階的に飛べるようになるかもしれない」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「今は辛いその道は、実は上り坂になっていて、むしろ前よりも高い場所に辿り着くかもしれない」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「歩いている最中に天狗と出会って、ヨウリョクを授けられて、前よりも高く飛べるかもしれない」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「でも、それは、歩き続けなきゃ気づけないし、出会えない」

門脇のぞみ
「……」

峯口結衣
「だからさ、辛くても、苦しくても、歩いていこう。真っ直ぐ歩くのがしんどくなったら寄り道してさ。馬鹿な友達とお菓子を賭けてじゃんけんしたり、電車でラジオごっこしたり、デートでコーヒー牛乳飲んだりしてさ、気分転換しながら――諦めず、選んだ道を歩いていこう」

門脇のぞみ
「……しんどいな」

峯口結衣
「そうだね」

門脇のぞみ
「スパルタだ」

峯口結衣
「アメリカのダイエットトレーナーみたいでしょ?」

門脇のぞみ
「あと、私はカフェオレタイプだよ」

峯口結衣
「え、『私』? 何言ってるの? 私は『匿名希望』さんの友人の漫画家の話をしているんだけど?」

門脇のぞみ
「……うるせー」

峯口結衣
「またひとり、迷える子羊を救ってしまったね。――『匿名希望』さんには、ドッキリマンの大当たりシール『クソザコボーン』をプレゼント! 門脇さん『匿名希望』さんに渡しておいてね」

門脇のぞみ
「……必ず」

峯口結衣
「というわけで、今日の賢人ラジオはこれにて閉店ガラガラ。お相手はものしり先生と」

門脇のぞみ
「門脇のぞみがお送りしました。それでは皆様、良い1日を」

  
  ♥♥
  

――鍬木野植物園受付

峯口結衣
「やっと着いた、植物園! 逆から読んでも植物園!」

門脇のぞみ
「いや、逆から読んだら……いや、いいや。考えるのもしんどい」

峯口結衣
「そういうとこだぞ!」

門脇のぞみ
「……そうだ、結衣」

峯口結衣
「ん?」

門脇のぞみ
「行くよ」

峯口結衣
「いや、行くって言うか、もう着いてる」

門脇のぞみ
「じゃなくて」

峯口結衣
「え?」

門脇のぞみ
「10月の同窓会。元3年2組の」

峯口結衣
「本当!? やった! お礼にここはあたしが出しちゃる!」

門脇のぞみ
「そんな、いいよ。むしろ私が――」

峯口結衣
「出すの! 出したいの! あたしに出させて」

門脇のぞみ
「……判ったよ。お願いします」

峯口結衣
「ああ、任せたまえ」
「(受付の人に対して)大人2枚です。1000円ですか? ――はい」

門脇のぞみ
「あ、でも」

峯口結衣
「でも?」

門脇のぞみ
「でも……もし、その時期連載で忙しかったら、ごめんやで」

峯口結衣
「そういうことなら――って言うとでも思ったか? 忙しくても来んかい。ここのお金出してやるんだから、同窓会来んかい」

門脇のぞみ
「お前、それが目的か!」

峯口結衣
「うへへへへへへ。引きこもりの親友を同窓会に連れ出せるなら、500円くらい安いもんじゃわい。うへへへへへへへ」

門脇のぞみ
「え、カフェは?」

峯口結衣
「それはワリカンだよ?」

門脇のぞみ
「騙(だま)された!」

峯口結衣
「うへへへへへへ」

  
  ♥
  

門脇のぞみ
 植物園デートの後、結衣と別れて自宅に戻った私は、部屋の匂いに驚いた。
「こんなに、ほこりっぽかったんだ」
 窓を開け、外の空気を室内に取り込む。
 植物園で買った園芸用のハサミを手に――結衣とのデートに行く直前。数時間前まで上っていた椅子に上る。
 ロフトの金具に結んだ、輪っかのついたロープ。
 それを切り外し、さらにハサミで切り分けて、ゴミ箱に捨てた。
 ズボンのポケットから、もらったシールを取り出し、仕事道具であるデスクトップパソコンの本体の側面に貼り付ける。
「うわ……だっさい」
 シールの裏面。はがした台紙。
 一般的には役目を終えたそれを、机の引き出しの奥にしまい。
 私は、椅子に浅く腰掛け、ストーリーの種が書かれたノートの1冊を、久しぶりに開いた。

峯口結衣
「でも骨だよ? 骨の戦士だよ? 『何度やられても立ち上がるぞ!』って、後ろの説明に書いているよ? 大当たりなんじゃない?」

門脇のぞみ
 数時間前に聞いた結衣の言葉が蘇(よみがえ)る。
 パソコンの側面に貼り付いた、骸骨(がいこつ)の戦士と目が合う。
 キラキラしていないし、見た目も名前も明らかにハズレだけど。確かにそれは。
「大当たりだよ、間違いなく」
 窓から入った風が、私の背中を優しく撫(な)でた。