《あらすじ

 世界が赫く染まる前に。
 ヴァンパイア達は集い、言葉を交わす。

〈作・フミクラ〉
【ブラッディ・フェスティバル ー赫の章ー 参加台本】

 
   ●○●○●
 

《キャラクター協力》

 【 りいち 】さん


   ●○●○●
 

《登場人物紹介》

提督(ていとく)
 ノートン・ブック。組織内序列1位。今回の会談を開いた。ヴァンパイア。性別未定。

執事(しつじ)
 レム・エルセイロ。組織内序列2位。提督に付き従う。ヴァンパイア。性別未定。

風見鶏(かざみどり)
 シャオン・カートン。組織内序列6位。種よりも情を大切にする。ヴァンパイア。性別未定。

害獣(がいじゅう)
 リーズ・ファーブル。組織内序列12位。自称平和主義にして博愛主義者。ヴァンパイア。性別未定。

(むし)
 トリティア・ミント。協会所属のトップヴァンパイアハンター。SSRキャラ。人間。性別未定。

 
   ○●○●○


 

《 本文 》
 

提督
「今年に入って、8人」
「我らが同胞が8人、ハンターの虫共に消された。しかも、そのうちの1人は【司祭(しさい)】だ」
「幹部の1人であるあの【司祭】が消されたのだ。由々しき事態である。故(ゆえ)に儂(わし)は幹部であるお前達を招集(しょうしゅう)した。なのに何故……【司祭】を除いても11人いるはずの幹部が3人しか来ていない!?」

風見鶏
「そんなこと、来てやった方に言われてもね」

害獣
「感謝はされこそ、怒鳴り散らされる筋合いはないなぁ」

執事
「訂正します。【提督(ていとく)】を入れたら4人です」

提督
「やかましい! 儂はこの組織のリーダーだぞ! 手足であるお前らは儂の言葉に黙って従っていれば良いんだ!」

害獣
「……貴様、リーダーだったのか」

風見鶏
「あたしも今知ったわ。ノートンちゃんがこの寄り合いの総大将だったのね」

提督
「今頃!? そしてノートンちゃんって呼ぶな! 【提督】って呼べ! 【風見鶏(かざみどり)】!」

風見鶏
「はいはい、判りました。【提督】殿」

提督
「とにかく! 最近になって、虫が活発になってきている。このままだと、他にも同胞が消され続けるぞ! ここは我々が一丸(いちがん)となって虫共を――」

害獣
「何故だ?」

提督
「あ?」

害獣
「何故、我々が一丸となって、ヴァンパイアハンターを殲滅(せんめつ)せねばならない? ハンターといえども生き物だ。この星に息づく大切な生命だ! そんな尊(とおと)い命を、吸血鬼を殺すかもしれないから、殲滅する、などと……何故そんな惨いことを考えられるのか。博愛主義である吾輩(わがはい)は理解に苦しんでしまうよ」

提督
「どの口がほざいてんだ【害獣(がいじゅう)】……! ……いや、いい。お前は黙ってろ」

執事
「……【害獣】の言うことは的を射ています。今年消されたこの8体は全員人間を襲っていました。【司祭】に関しては、毎年100人単位で惨殺していたと聞きますし、因果応報(いんがおうほう)ともとれますね」

提督
「【執事(しつじ)】お前もか」

執事
「ですがこの群衆(ぐんしゅう)の頭目(とうもく)は【提督】です。なので私は【提督】の意見に賛同します」

提督
「そ、そうだよな! この組織のリーダーは儂だ! 儂の意見は組織の総意と思え!」

風見鶏
「(ため息)……相変わらずガキね」

提督
「何か言ったか【風見鶏】?」

風見鶏
「いえ、何も。それより【提督】や、みんなに紹介したい人がいるの。……入って」

 


「こんばんは。お初にお目にかかります、レア度で言えばSSRなトップヴァンパイアの皆様」

執事
「……あなたは、人間ですね?」


「はい、平素(へいそ)よりカートン様と仲良くさせて頂いております、トリティア・ミントと申します」

提督
「……トリティア……だと? まさかお前……!」


「おや、ご存じですか? ええ、あなた方の言う虫。そのSSRキャラです」
 
「本日は、皆様にご提案があって、やって参りました」

 

提督
「……ッ! 【風見鶏】! この神聖な会談に部外者を! しかも、よりにもよってあんな虫を招き入れるとは、どういうつもりだ!?」

風見鶏
「だから、その理由を今からトリちゃんが喋るんじゃないの。黙って聞きなさい」

提督
「寝言だとしても度し難いぞ! 何故この儂が、ノートン・ブックが、醜悪な虫の言葉に耳を傾けなければならない!」

害獣
「名前呼びではなく【提督】呼びをしないといけないのではなかったのか?」

提督
「お前は黙ってろって言ったろうが【害獣】! 自分で言う分にはいいんだ!」


「それで、説明してよろしいでしょうか?」

提督
「いいわけあるかボゲェ!」
「(咳払い)……お前、自分の立場を理解しているか? ヴァンパイアの頂点がここには4人もいる。そこに1匹で飛び込んできた虫など、いくら上位と言えど……すぐに消せるんだぞ?」

風見鶏
「まるであたしたちをトリちゃんを殺すための脅(おど)しとして使っているけど、あたしはトリちゃんを手にかけるつもりはないわよ? そもそもここに連れてきたのはあたしだし。もしそういう事態になったら、あたしはあちら側につくわ」

執事
「私も、相手がこちらに害を与えるつもりでなければ、不用意に手を出すつもりはございません」

害獣
「吾輩は根っからの平和主義者だからなぁ。種(しゅ)が違うというだけで、そんな簡単に消すだとか何だとか、物騒な考えを持つことはできないよ」

提督
「お前ら……それでもヴァンパイアか!」

執事
「落ち着いて下さい。問答無用で客人を消す。それが【提督】が理想とするヴァンパイア像ですか?」

提督
「ぐっ……だが」

執事
「人間より高潔であれ。それこそが【提督】の理想のはずです。ならば、相手の提案をまず聴いてから結論を出すのが筋道ではありませんか? どんなことがあっても、理想を見失ってはいけませんよ」

提督
「……判った」
「虫よ、その提案とやらを披露するがよい」


「ありがとうございます。当方が、いや、当方らヴァンパイアハンター協会が提案するのは、ヴァンパイアと人間の対立の終了です」

害獣
「ほう?」

執事
「どういうことでしょうか」

風見鶏
「言葉通りの意味よ。これから金輪際(こんりんざい)、ヴァンパイアも人も互いを襲わないようにする。そうよね?」


「ええ。その通りです」

提督
「……お前らはバカか? そんなことできるはずがない。ヴァンパイアは人の血を吸うバケモノだ。人はバケモノを忌避(きひ)し、死に追いやる生き物だ。この2つが対立せずに生きることなど――」

風見鶏
「できるわよ。あたしたちは別に人の血を吸わなくても生きていける。実際あたしも、ノートンちゃんも、レムちゃんも、ここ百年近くは人の血なんて口にしていないでしょう?」

提督
「それは認める。だが、人間は――」


「人間もそうです。我々がヴァンパイアを駆除(くじょ)するのは、あなた方が人間の命を脅(おびや)かす存在だとされているからです。人間を襲わないと約束して頂ければ、我々ヴァンパイアハンターは、能動的に狩りを行わないことを誓います」

提督
「……」

執事
「少々上から目線ですね」


「申し訳ありません。こう見えてもSSRキャラなので、多少傲慢(ごうまん)をこじらせています。他意はありませんのでお許し下さい」

害獣
「別に上から目線でもいいのだが、貴様らはそれでいいのか? ハンターというのは我々を狩るのが仕事であろう? この契約は、自らの職を失うようなものだと思うのだが」


「ご心配ありがとうございます。ですが、問題ありません。戦争をしない国にも軍があるように、この契約が締結(ていけつ)したとしても、我々はいざというときの人類の自衛手段として存在し続ける。それは上層部も了承済みで、それどころかこの契約が無事締結した暁(あかつき)には、全協会員の固定給を1割アップさせるという約束もとりつけました」

風見鶏
「正直もう、うんざりなのよ。ヴァンパイアが人間に殺されるのも。人間がヴァンパイアに殺されるのもね。だからあたしは、ここにトリちゃんを招き入れたの」

提督
「……」

執事
「1つ、質問がございます」


「何ですか?」

執事
「この契約を破ったときの罰則などはございますか」


「……罰則ですか。一応考えたのですが、考えるだけ無駄という結論に至りました」

執事
「無駄?」


「人間とヴァンパイア。その全てに楔(くさび)を打ち込むなど土台不可能な話ですから」

害獣
「それはそうだ。何だ、話が判るじゃないか」

執事
「では、ここで行うのは口約束ですか」


「ええ。ですが、これは大きな口約束になります。ヴァンパイアと協会。この2つのトップが交わした契約ですから、効果は十分に望めると思います」

風見鶏
「無差別な襲撃は減少するでしょうね」


「この契約が締結した場合、こちら側のSNSなど各種媒体にてその旨(むね)を表明いたします。できれば、そちら側のSNSなどでも同じように表明していただけると助かります」

提督
「……なるほどな。よく判った。こちらとそちら。どちらにとっても有意義な提案だ」


「判っていただきましたか。では――」

提督
「却下する」


「……何故ですか?」

提督
「第1に、お前は我らが同胞【司祭】の仇(かたき)だ」


「……ご存じでしたか」

提督
「第2に、これは第1の理由と被るが、お前はうさんくさい。そして第3、根本的な話として――」
「儂は、高潔なるヴァンパイアは、薄汚れた虫などとは手を組まない」

風見鶏
「……いい加減にしなさいよクソガキ! そんな下らないプライドのせいで、一体今まで、いくつの命が消えたと思っているのよ」

提督
「下らないプライドか……いいか【風見鶏】。お前がそう吐き捨てるそれが、儂の中にある唯一絶対の柱だ。契約は不成立。虫はここから逃がさず消す。どうしてもその契約を結びたいのなら、儂を消して、その後に就任するリーダーと交渉するんだな」


「……仕方ありませんね」
「当方にも立場があります。この契約を締結できなければ、相手の大将首をとる。それが、協会との誓約です。まことに残念ではありますが、SSRのその命、刈り取らせて頂きます」

提督
「それでいい。それが我々と虫の関係だ。……さて、お前らはどうする?」

執事
「私は契約を結んでもいいと思っていましたが、頭目である【提督】が反対をするのであれば、それに従います。生きるときも死ぬときも、貴方と共に」

風見鶏
「……あたしはやっぱり、この契約は結ぶべきだと思う。そして、知っているわよね? あたしが、種よりも情の繋がりを大事にするってこと。トリちゃんはあたしの友人なの。まだ知り合って2年も経っていないけど、大事な友人を、こんなところでみすみす殺されるわけにはいかないわ」

害獣
「吾輩はどっちでもいいからなぁ。どちらにも手を貸さず、観戦するとしよう」

提督
「……2対2か。残念だよ【風見鶏】。儂はそんなにお前のことは嫌いじゃなかったが、さらばだ」

風見鶏
「ええ、残念ね、ノートンちゃん。そしてレムちゃん。あたしもあなたたちのことは嫌いじゃなかったけど……ばいばい」

執事
「いざ、土は土に」

風見鶏
「灰は灰に」

提督
「塵(ちり)は塵に」


「あるべき場所に、還りたまえ!」

 
   ●
 

提督
 開戦の言葉と同時に床を蹴る。
 右手の親指の爪を立て、左の掌(てのひら)を貫く。
 瞬時に血が噴き出し、望む形に凝固(ぎょうこ)する。
 望んだのは斧。相手を叩き切る暴力。
 ヴァンパイアに備わる能力で作り出したそれを、【風見鶏】に向かって振るう。
 【風見鶏】は同じく自らの血で作った剣で受け止め、回転して流しつつ、その勢いそのままに儂のこめかみに向けて剣を振り抜く。
 が、そんな予想がつく攻撃など当たってやるわけがない。しゃがみこんでその凶刃(きょうじん)を避け、【執事】を呼ぶ。

執事
「承知しました」

提督
 返事と同時に【執事】がその十指(じゅっし)から血液で出来た弾丸を【風見鶏】に向かって放った。
 全てが当たるとは思っていない。
 だが、全て外れるとは思わなかった。
 いや、外れた、ではなく、防がれた、か。
 虫が。
 卑しい虫が、その両手に握り込んだ拳銃で【執事】の弾丸を全て撃ち落としたのだ。
 トリティア・ミント。
 協会のトップハンターにして、【司祭】を消した張本人。

風見鶏
「ナイス! トリちゃん!」

提督
 目の前で這(は)い蹲(つくば)る儂に向かって、【風見鶏】が剣を振り下ろす。儂はその足を狙って斧を振り抜く。
 【風見鶏】の剣が儂の頭頂部をとらえ、髪と皮膚が裂かれ、その衝撃が身体を襲う。だが、それだけだ。
 来る場所が判っていれば、その部分の血液の硬度を上げればいい。
 しかしそれは相手も同じ。
 儂の斧は【風見鶏】の両足を叩き切るはずだったが、残念ながら、右足の半分にも到達できず止まった。
 互いの口から舌打ちがこぼれた瞬間に、血と銀の弾丸が掃射(そうしゃ)される。
 無差別のようでいて、相手だけを狙った的確な射撃。儂らは示し合わせたように背後に跳び退(すさ)る。いくつか弾丸を浴びて傷を負う。相手も同様。そして、それは、大した傷ではない。
 相方が隣に来たからか。
 【執事】と虫も示し合わせたように一斉射撃を終了する。

執事
「どうしますか?」

提督
「相手は【風見鶏】と上位クラスの虫だ。出し惜しみは無しでいく」

執事
「承知しました」

提督
 【執事】は懐(ふところ)から取り出したナイフで自らの右手を切り落とす。
 儂は肩胛骨(けんこうこつ)辺りの血を凝固させ、皮膚を突き破り、血を噴出させる。
 2人の白目が黒く反転する。

執事
「我が愛はとこしえに。貴方を求めて世界は輝く――」

提督
「悲哀は荒波(あらなみ)。我に酔いしれ溺れろ愚人(ぐじん)――」

執事
「神葬励起(しんそうれいき)!」

提督
「神葬励起(しんそうれいき)!」

 

執事
「――『荊の武器庫(アニーローリー)』!」

提督
「――『自虐兵団(ローレライ)』!」
 

提督
 神葬励起。
 選ばれた者だけが扱える秘術。
 身体能力が著しく向上し、魔法のような独自の能力を起動できる、ヴァンパイア個々の最終到達点。
 例えば、儂の神葬励起『自虐兵団(ローレライ)』。
 それは、自らの血液を媒介(ばいかい)に、忠実な、黒い球体に口だけがついた1メートルから8メートルほどの異界生物を最大40体まで召喚できる。というもの。
 儂らの神葬励起を見て、虫が口の端(はし)を上げた。


「さすがSSRキャラ。覚醒したヴァンパイアしか使えない神葬励起も当然やってきますよね……!」

風見鶏
「それは、そう来るわよね。あたしもやるわ」


「お願いします」

風見鶏
「風よ巻け、雲よ踊れ。正しき者へ正しき祝福――」
「神葬励起(しんそうれいき)!」
 
「――『平穏(グリーン・グリーン)』!」
 
「さぁ、粛正(しゅくせい)の時間よ!」

執事
「粛正されるのは、果たしてどちらでしょうか」


「ええ、確かに。このままでは当方だけがレベル違いですね」

害獣
「観客のことも考えてくれ。ワンサイドゲームは、観ていられないぞ?」


「安心して下さい。こう見えて当方もあなた方と同じく、SSRキャラですから――天井課金(フルチャージ)」

提督
 刹那(せつな)、虫の周りを4つの光の帯が回る。


「難易度低下、経験値上昇、身体能力最大強化」

提督
 その帯は1つずつ中心に立つ虫の身体へ収束し、


「対吸血鬼用兵器ガチャ起動」

提督
 その度に、その身が薄く輝く。


「SSR確定――取得!」

提督
 最後の帯が収束したとき、虫の手には巨大なチェーンソーのような武器が握られていた。


「『カボチャの馬車』!」

提督
 禍々(まがまが)しきエモノを掲(かか)げ、蛍のようにその身を輝かせ、敵が笑う。


「さぁ、高難度クエスト続行です!」

 
   ●
 

害獣
 戦いは熾烈(しれつ)を極めた。
 互いに切り札と呼べるものを惜しみなく披露し、ぶつかり合う二組。
 血が舞い、怒号が飛ぶ。

提督
「左舷(さげん)展開。最大充填(じゅうてん)――一斉砲撃!」

風見鶏
「ノロマ。ノロマノロマノロマァ! そんなのが、今のあたしに当たるわけないでしょ!」

執事
「果たしてそうでしょうか。『屑鉄の沼(スクラップ)』!」

風見鶏
「……ぎッ!」

提督
「よくやった【執事】。喰らい尽くせ『自虐兵団(ローレライ)』!」


「甘い! フッシャアアアアア!」

風見鶏
「ナイス、トリちゃん!」


「ええ、SSRキャラですから、ね!」

提督
「ぐっ! そが! んな攻撃、効くかよボゲェ!」

執事
「あの『カボチャの馬車』という武器、想像以上に厄介ですね」

提督
「クソ虫が!」

害獣
 状況は五分といったところだろうか。
 
 どうしてだろう。
 連中を見ていると、悲しくなってしまう。
 連中は皆。思いの大小はあるだろうが、望んでいるのは平和のはずなのだ。
 それなのにこんな風(ふう)にぶつかり合って。
 なんと愚かなのだろうか。
 一見、【提督】が悪いようにも見えるが、奴は奴で奴なりの判断によって、この選択を選んだ。
【提督】ことノートン・ブックは、同種である吸血鬼の命を最も大事にしている者であり、ヴァンパイアハンターの襲来を最も恐れる臆病者だ。本心ではこの契約にすぐにでも飛びつきたいところのはず。だが奴の中の吸血鬼の理想像がその選択を拒否する。
 それは、仕方のないことだ。元々奴は、とある片田舎の村に住んでいた、ただの人間。
 ある事件から忌み嫌われ、村人達やヴァンパイアハンターに殺されかけたところを【執事】に助けられた、後天性ヴァンパイア。
 故に、吸血鬼に対する理想は誰よりも高く。人間やハンターに対する憎しみも誰よりも強い。だからこそ、この契約を飲めるはずがないのだ。
 そして、こうなることは【風見鶏】も予想できたはずだ。
 ならば【風見鶏】が悪いのか。
 いや、そうではない。
 奴も奴なりに、考えたはずだ。考えた末の結果がこれなのだ。
 そう。
 どちらも悪くないのだ。
 争いは必然だったのである。
 なんて、悲劇。
 可哀想になぁ。
 可哀想に。
 こんな可哀想な連中を、誰か救ってくれないだろうか。
 救う?
 どうやって救う?
 どうすれば両者が同時に救われる?
 契約が成立? 不成立?
 どちらにしてもだめだ。
 と、その時。吾輩の頭に、超スペクタクルアイディアが浮かんだ。
 パキーンと浮かんだ。
 あの4体が。皆が等しく救われる最高のアイディアが。
 きっと優れたアイディアが評価される『ワールドグッドアイディアグランプリ』などがあれば、受賞は確実だろう。
 だが吾輩はそんなダサい賞を取る気はないので受賞を拒否する。
 ヒザから崩れ落ちる審査員。
 そんな審査やっているから、貴様はまだまだひよっ子なのだ。もっと成長して、吾輩みたいになるんだヨ。
 と、脳内審査員に別れを告げた大人な吾輩は、イスを立って、背筋を伸ばし、身体を128匹のコウモリに変えた。

 
   ●
 

執事
それは急に飛んできた。
 コウモリだ。
 戦闘を遮(さえぎ)るように、四者の中心に、コウモリの群れが飛来した。
 ただのコウモリではない。これは、ヴァンパイアに備わる力の1つ。自らの身体をコウモリの形に分割したもの。

提督
「【害獣】!」

風見鶏
「リーズ!」

執事
 2つの怒声を浴びて、コウモリの群れが結合し、元々あった形に戻る。

害獣
「熱いラブコールをありがとうマイフレンズ!」
「争う手を一時(いっとき)止め、吾輩の提案を1つ聴いてくれないか?」

提督
「提案だと? 先程黙れと言っただろう。お前の言葉は毒にしかならん」

風見鶏
「同意見だわ。観客をやると決めたんだったら、最後まで観客でいなさい!」

害獣
「親友にそんなツンケンされると、ナイーブな吾輩は傷ついてしまうヨ」

風見鶏
「黙りなさい」


「……? 何故みなさん、その方にそんなに辛辣(しんらつ)なのですか? 話くらいは聴いてみては――」

害獣
「さすが話が判るなぁ、ハンターくん! えっと……ジェームズ・ホームズくん!」


「……トリティア・ミントです」

害獣
「どっちでもいいサ! では、ジェームズくんがどうしても吾輩の提案が聴きたいようなので発表するとしよう。カモン! ドラムロール!」

提督
「……」

執事
「……」

風見鶏
「……」


「……」

害獣
「……これだから、貴様らはノリが悪いと陰口を叩かれるのだ。まぁいい。ドラムロールなどなくとも、吾輩の声は派手だからなぁ。スーパー派手ックスだからなぁ。問題ないさ」


「……結局、何が言いたいんですか?」

害獣
「結論を急ぐ。それは現代人の悪いクセだぞジェームズくん。だがこの場においてはそれが正解だ。スーパーリーズくん人形をやろう」


「はあ」

害獣
「吾輩は平和主義者だ。博愛主義者だ。種などあまり関係なく、誰よりも生命を愛し、この星を愛する、良い奴だ!」
「よって、吾輩は貴様らのことも大事に思っている! ズッ友だと思っている! そんなズッ友たちがこんな風に争っているのは見ていられない!」

提督
「……じゃあもう帰れ」

害獣
「照れるんじゃない、ズッ友1号」

提督
「やばい、消してしまいそうだ」

害獣
「こんな風に冗談を言い合える友がいるだろうか。いや、いない。それは、シャオンやレムにも同じ事が言える。だからこそ、吾輩は悲しい。ズッ友同士が争っているこの状況が悲しくて仕方がない。だから、吾輩は貴様らを仲良くさせる方法を思いついた」

風見鶏
「……仲良く?」

害獣
「ああ。貴様らを仲良しにしてやる」
「貴様らの――命をもってな」


「どういう――」

害獣
「吾輩が手ずから、貴様らの息の根を止めてやる。遠慮することはないゾ。吾輩達は親友だからな。汚れ役くらい引き受けるさ」

風見鶏
「何言ってんのよあんた」

害獣
「よく言うだろう。君が死んでも君の思いは私の中で永遠に生き続ける、って。いわゆるそれだ。貴様らが死んでも、貴様らは吾輩の思い出の中で永遠に生き続ける。仲の良い親友同士としてなぁ。これこそ、吾輩の最高の提案。ベストフレンドフォーエヴァー。BFF作戦だ」
「判ったら、仲良く死んでくれ」

提督
「イカれ野郎が……!」

風見鶏
「3人とも。この場は一時休戦とするわよ」

執事
「異論ありません」


「……よく判りませんが、その方が良さそうですね」

提督
「チッ! 【害獣】、そのイカれた提案を取り消せ。今なら不問にしてやる」

害獣
「あはぁん?」

提督
「確かにお前は強い。戦闘能力だけで言えば、組織内でも最上位に位置するだろう。だが、それはサシでの話だ」

害獣
「……」

執事
「現在の構図は4対1。貴方の勝てる確率はほぼゼロです」

提督
「【砦(とりで)】のような神葬励起を使えれば話は別だが、そうではないだろう?」
「そもそもお前は――神葬励起を使えないんだからな」


「使えない? 組織の幹部なのに、ですか?」

風見鶏
「使えないわ。あいつは、素の戦闘能力とヴァンパイアに本来備わる能力の1つ、吸血した相手の知識を得る力がずば抜けて高いことから組織の幹部に成り上がった、イレギュラー中のイレギュラーだからね」

提督
「お前のことは嫌いだが、お前は儂の同胞だ。これ以上、無駄死にしないでくれ」

執事
「【提督】……」

害獣
「いひゃはっ! さすが【提督】殿だ。誰よりも同種を大事にするその姿勢。敬服するよ」

提督
「……」

害獣
「だが、そんな心配してくれなくていいヨ? 吾輩は【害獣】などと呼ばれている通り、危機察知能力は野生の獣のそれだ。勝算のない勝負などしないのサ」

執事
 【害獣】の目と口元が喜悦(きえつ)に歪(ゆが)む。
 その両腕が十数匹のコウモリに変わり飛び立ったかと思うと、空中で破裂し、血の雨が降り注ぐ。

提督
「ッ!」


「これは、何のつもりですか……!?」

執事
 血の雨の中心に立つ獣が1度深く息を吐いた。刹那、その白目が黒く反転する。

風見鶏
「まさか……!」

害獣
「翼も涙も不要の長物。笑え、親愛なる友よ――」
「神葬励起(しんそうれいき)!」
 
「『暗惨たる水曜日(ドナドナ)』!」
 

執事
 床に降り注いだ【害獣】の血が蠢(うごめ)き、ぶくぶくとその体積を増加させる。
 それは激しく波を打ち、床や壁や天井にまで拡大し、部屋全体を赤黒く包んだ。
 自らの血によって室内を闇に染め上げた【害獣】は、次の瞬間にはサラサラとその身を霧に変え――

害獣
「綺麗な背中だなぁ。レム・エルセイロ」

執事
 私の背後に現れたかと思うと、自らの血で作った剣で斬りかかってきた。コウモリに変化し、消失していたはずの両腕はとうに修復していた。

提督
「レム!」

執事
 凶刃(きょうじん)が私の右腕を切断。そのまま胸まで到達する間一髪のところで、【提督】の『自虐兵団(ローレライ)』の1体が、私の身体を刃とは逆の方向に弾き飛ばす。
 空を切る血の刃。

風見鶏
「消し飛びなさい、バラガキ!」

執事
 その持ち主に、神葬励起で肉体を最大まで強化した【風見鶏】の跳び蹴りが伸びる。

害獣
「――おっと、危ない危ない! さすがズッ友たちだ。仲違(なかたが)いしていても、息がピッタリで――」


「さすがSSRですね。傲慢だ!」

害獣
「ア?」


「フッシャアアアアアァァァァァaaaaaa――!」

執事
 始まりも終わりも一瞬だった。
 【風見鶏】の強襲(きょうしゅう)を避け、上機嫌に語っていた【害獣】の背後に忍び寄ったハンターが、絶叫と共に、そのチェーンソーのような武器で【害獣】を頭から股にかけて、一気に切断したのだ。
 吸血鬼の自己治癒能力は人間などと比べるまでもなく、圧倒的に高い。
 【害獣】ほどの吸血鬼ならば、ある程度の身体の破損は一瞬で修復することができる。
 だが、これは。
 これほどの破損を修復するのは……。

害獣
「なんだ……これは? 熱い……痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

執事
 真っ二つになった身体はバランスを崩し、床に激突する。

害獣
「なんで、なんで吾輩がこんな目に遭わねばならない! 吾輩は貴様らのために、貴様らを救ってやるために動いたのだ! なのに。なのになのになのに! こんな処遇あんまりじゃないか! ノートン。ノートン・ブック! 貴様は全ての吸血鬼を愛しているのだろう! 今ならまだ間に合う! 今すぐ吾輩を助けろ! フェイを、フェイ・ハンドレッドを呼べ!」

提督
「……名前呼びはやめろと言っただろう」

害獣
「ッ! 判った! 判りました! だから早く【千手菊(せんじゅぎく)】をおよび下さい! 【提督】殿ォ!」

提督
「……もう見てられん。【執事】あとは頼む」

執事
「承知しました」

害獣
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! 消えたくない! 死にたくない! 頼む、レム! 吾輩を助け――」

執事
「『浄化の楔(クラウンダスト)』」
 言葉を最後まで聞かず、私は【害獣】を灰に還した。

 

風見鶏
「……これで、仕切り直しね」

執事
「そうですね。続きといきましょうか」


「待って下さい。心変わりをしたということは……」

提督
「ないな。不測の事態があったとはいえ、儂の心は何ら変わらん」


「でも、そちらの方、右腕失っていますよね。その状態で我々に勝てると?」

提督
「問題ない。だろう【執事】」

執事
「ええ。この程度の傷なら――この通り、修復できますから」


「……それは残念。それにしても、この闇は、いつまで続くのでしょうか」

執事
 言われて気付く。
 普段から闇に慣れ親しんでいるため、今まで気付けなかった。
 【害獣】は灰に還ったはず。
 使用者が消滅した場合、神葬励起の効果も消えるはずだ。
 ならば、何故――

害獣
「さすがSSR。聡明だなぁ」


「くァッ……!」

風見鶏
「トリちゃん!」

執事
 ハンターの右腕が飛んだ。
 腕を斬り飛ばした犯人は、その腕を拾い上げると、それで自らの肩を叩きつつ、ニヤけた表情で私たちを眺める。

提督
「何でお前が……!」

害獣
「何で? 何で……何が、何で?」

風見鶏
「今の今、死んだはずでしょ! リーズ!」

害獣
「いひゃはっ! いひゃはははははははははははははははははははは――!」
「死んだと思った? 残念、死んでないヨ! さっきのは全部演技でした! 迫真だったろ? リーズ、やれば出来る子。てへぺろ」


「ッ! 神葬励起の……」

害獣
「そうそう。吾輩の神葬励起は、貴様らのように自らの身体能力を最大限強化したりだとか、あらゆる武器やモンスターを召喚したりだとか、他者の回復能力を操作したりだとか、そんな便利なものじゃないのだが……この場においてはものすごい役立った」
「何せ、吾輩の神葬励起のできることと言えば――吾輩の血が覆(おお)った空間限定で、吾輩が死ぬことがない。それだけなんだからなぁ」

執事
「……不死身ってことですか?」

害獣
「そういうことだ、マイフレンド。それよりも……ジェームズくん。これは、良い腕だなぁ。長年の研鑽(けんさん)を積んだ、とても良い腕だ。肩を叩く度に、血が飛び散るのが難点ではあるが、この際そんなこと気にならないほど、良い腕だ」


「……どうも」

害獣
「いただきます」

執事
 【害獣】がハンターの右腕から手を放す。
 その足下の床を覆(おお)っていた血が伸び、腕を包み込む。
 グチャグチャとバキバキと、湿った破裂音が響き渡る。


「当方の腕を……喰っている……?」

害獣
「んん? んん……なるほど。なるほどな! なるほどなるほど。はぁぁぁぁん。ごちそうさま! これは中々……面白いじゃないか!」

風見鶏
「何がよ?」

害獣
「貴様らも知ってるだろう。ヴァンパイアは吸血によって、その者が持つ知識や記憶を得ることが出来る。吾輩はその能力が他と比べても、圧倒的に高いってことは」


「……!」

執事
「……」

提督
「……虫の記憶を読み取ったのか。で、何が面白いんだ」

害獣
「んふぅ。ジェームズくん、いや、トリティア・ミントくん達は……本気だぞ」

提督
「本気?」

害獣
「本気でこの契約を成立させようとしている。ヴァンパイアと人間。その平和な関係を作るこの契約に命を賭けている。少しなめていたが、考えを改めなければいけないなぁ。これは……半端な覚悟じゃないぞ、ノートン」

風見鶏
「そんなの当然じゃない。何を今更」

害獣
「シャオン。おそらく、貴様が思っているよりも、だ。なぁ、トリティア・ミントくん?」


「……ええ。世界の行く末を左右するんです。SSRの命の1つや2つ、賭けて当然です」

害獣
「いひゃはははあ! なんて感動的なんだろうなぁ! ヴァンパイアと人間が共生する世界。なんて素敵なんだろうなぁ。なぁ……レム?」

執事
「……そうですね。ですが、それは【提督】の望みではありません」

提督
「ああ。虫が、虫たちがどんなに真剣に考えてようが、関係ない! 先ほども言ったように、高潔なるヴァンパイアは、卑小(ひしょう)な虫などとは契約を交わさない!」

害獣
「なんて、頑固。だがそう言うと思ったよ。ならば仕方がない――」
「吾輩も――トリティア・ミントくん側につくとしよう!」

提督
「な……!?」

執事
「……」

風見鶏
「はァ?」


「どういうことですか?」

害獣
「そのままの意味だよ、ベストフレンド! さぁ、一緒にあの分からず屋を、殺して刻んで砕いて削って、ジュースにして飲み干してやろうじゃないか! で、その後は契約後の世界を観戦するとしよう。ああ、SSR席は勿論ベストフレンド達のものだ。吾輩は少しランクが落ちる、SR席で観戦希望だヨ!」


「……」

風見鶏
「……何言ってんの? まぁいいわ。見ての通り、リーズはこちらについた。これで3対2。そっちの勝率は著(いちじる)しく下がったけど、どうする? このままやると、多分あんたたち、死ぬわよ?」

提督
「……関係ない」

執事
 そう言う【提督】の手は震えていた。

提督
「儂は高潔なるヴァンパイアだ! 例え負けると、死ぬと判っていても、優先すべきものがある! 捨ててはいけない矜恃(きょうじ)がある! だから――え?」

執事
「すみません【提督】」

提督
「何……やってんの、レム?」

執事
 私は、こんなところで死ぬわけにはいかなかった。
 私は、こんなところで【提督】を殺されるわけにはいかなかった。
 だから、【提督】の背後から、その身体を貫いた。
「ここはひとまず、眠っていて下さい」

提督
「ふざけ……ろ……」

執事
 そう言い残し、【提督】は気を失った。

風見鶏
「……どういうこと?」

執事
「皆様もご存じの通り【提督】は、ノートン・ブックは、意固地な子供です」

風見鶏
「そうね」

害獣
「そうだなぁ」


「やはり、そうなのですね」

執事
「本当は、この契約の成立を誰よりも望んでいるはずなのに、意地を張って、今やもう引っ込みがつかなくなってしまっている。本当……馬鹿な子」

害獣
「……」

執事
「だから、もうこれで終わりなんです――トリティア・ミント様」


「……はい」

執事
「この群衆の頭目である【提督】の代理として、その契約【執事】ことレム・エルセイロが快諾(かいだく)致します。近日中に【提督】を説得し、SNSに契約内容――人間を無闇に襲ってはいけない、という旨を動画と文章でアップ致しますので、どうか後ほど、ご確認下さい」


「……承知しました。ご契約、感謝致します」

風見鶏
「レムちゃん。あんた、何がしたかったの?」

執事
「私はただ【提督】の味方になってやりたかっただけです」

害獣
「ほう、では契約は?」

執事
「……成立させるつもりでしたよ。こちらが不利になったら今のように気絶させて、有利の場合は、うまく窘(たしな)めて、成立に持っていく運びでした」

風見鶏
「なら、最初からあたしたちの側につけば……」

執事
「先ほども申したように、私は【提督】の味方になってやりたいんです。それに、万が一そんなことをしようものなら【害獣】が【提督】側についてしまいます。ですよね?」

害獣
「判った風な口を……と言いたい所だが、否定はできないなぁ」

執事
「そうなれば、本当にどちらかが全滅しなければ終われない。だからこそ、私は【提督】側について、タイミングを見計らっていたのです」

害獣
「いひゃはは、前々から思っていたが、今日確信した。貴様は、人でなしだ」

執事
「当然でしょう? 私は貴方達と同じ……人に恐れられる、バケモノなのですから」
「まぁ……それも、この契約によって、変わるかもしれませんけどね……」

 
   ●
 

風見鶏
 あの後。
 レムちゃんは約束通りノートンちゃんを説得したのだろう。
 ノートンちゃんが管理するSNSに『人間を襲ってはいけない』というお触れが、文章と動画で投稿された。
 ヴァンパイアハンターが運営する協会のホームページやSNSにも同じように『能動的にヴァンパイアを狩ることを禁止する』お触れが載った。

提督
『同胞の諸君、見ているか? この度、組織は虫共と……あー、ヴァンパイアハンター協会と1つの契約を交わした』

風見鶏
 これで何度目だろう。
 スマホでノートンちゃんのSNSにアクセスし、動画を見る。

提督
『時代は変わった。人間とヴァンパイアが憎み合う時代はもう終わりだ。これでもう、無実な諸君らが無闇に消されるなどという蛮行(ばんこう)はなくなる!』

風見鶏
 それは、レムちゃんに言わされた言葉だろうか。
 いや……多分違う。
 それはきっと、ノートンちゃんの本心からの言葉。
 最も吸血鬼の未来を案じている、我らが総大将の言葉だ。

提督
『だからこそ、諸君らにもこの契約を厳守して頂きたい。人間などどうでもいいが、諸君らの命を守るためにも、どうか、人間を襲わないでくれ……!』

風見鶏
 投稿してまだ1日も経っていないのに、総再生回数は8000万回を超えている。
 きっとまだまだ伸びるだろう。
 これだけの人や吸血鬼が視聴したんだ。
 だからきっと、ノートンちゃんの願いは届くはず。
 だからきっと――

 
   ●
 

執事
「――などと、健気(けなげ)に考えているんでしょうね」


「後悔しているのですか?」

執事
「まさか。そんなはずがございません。それよりも、右腕の調子はいかがですか」


「問題ありません。協会には優秀な義手職人も多いので……むしろ前よりも調子がいいくらいです」

執事
「それは僥倖(ぎょうこう)。腕がないことを断る理由にされても困りますから」


「まさか、そんなことは致しません。今日のために体も心も万全に整えております」

執事
「気合いが入っていますね」


「当然です。そのために当方はあなたと裏で手を結び、2年の時をかけてじっくり仕込んだのですから」

執事
「2年……短いようで長かったですね」


「ええ。ですが、それだけの価値はありました。この先を――」
「この結ばれたばかりの契約が破棄されたときのことを想像するだけで、当方は心臓の高鳴りが抑えられません!」

執事
「私もです。契約の破棄。しかもその原因が、契約を結んだ者――」
「あなたか私の死によるものだったとき。きっと世界は――赫(あか)く染まる」


「生き残った方が、原因を作り出した者として、その光景を――この世の地獄をSSR席で鑑賞できる。何て、レアイベント! でも良かったのですか? この契約は、あなたの大事な方の悲願だったのでは?」

執事
「だからです」


「おや?」

執事
「私はあの子の、ノートン・ブックの色んな顔が見たい。笑った顔、怒った顔、泣いた顔。現在あの子は上機嫌な子供の顔をしています。果たしてこの先、その顔がどうなるのか、それを考えるだけで――血が沸騰しそうです……!」


「あの吸血鬼の言ったとおりですね。あなたは、人でなしだ」

執事
「うふふふ」


「いひひひ」

執事
「うふはははははは」


「いひはははははは」

執事
「(できれば同時に)うふはははははははははははははははははは――!」


「(できれば同時に)いひはははははははははははははははははは――!」

執事
「……では、仕上げと参りましょうか。さようなら、世界の敵」


「ええ、本当の殺し合いの始まりです。さようなら、世界の敵」

 

執事
「土は土に」


「灰は灰に」

執事
「塵は塵に」


「あるべき場所に、還りたまえ!」

 
   ●
 

風見鶏
 だからきっと、世界は赫く染まることなく、平穏に回り続ける。
 きっと。
 きっと。