《あらすじ》

 長年、深い森の中に1人で住む魔女――シュガー。

 彼女は、とある思いつきから、お菓子の家を作ります。

〈作・フミクラ〉

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

《登場人物紹介》

シュガー
 森の奥深くに住む人間嫌いの魔女。古い考えの持ち主。イースタグラムで『イイヨ!』をもらうために、お菓子の家を作る。主人公。

ヘイゼル
 森に捨てられた双子の兄。迷い歩いている最中にお菓子の家を見つけて……。しっかり者。

クリステル
 森に捨てられた双子の妹。迷い歩いている最中にお菓子の家を見つけて……。のんびり者。

バニラ
 シュガーの姉弟子にして、友人の魔女。月に1度くらいの周期で、シュガーの家を訪ねる。人と交わり生活する近代の魔女。

語り手
 ナレーション。

 
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 

《 本文 》
 

語り手
 人里離れた森の中。
 深い深い森の中。
 そこに、ひとりの魔女が住んでいました。
 魔女の名前はシュガー。シュガー・アンブローシア。
 今年で160の年になる魔女は、あることで悩んでいました。

シュガー
「どうして『イイヨ!』がつかないのかしら?」

語り手
 彼女の悩みは、その手にあるスマートフォン。
 そこに映ったイースタグラムという写真投稿SNSサービスにあります。
 3か月前に興味本位で始めたサービスですが、自分の撮った写真を一瞬で世界に発表できるというシステムに、シュガーは熱中しました。
 20歳のころより、ほとんどだれとも接することなく森の中で生きてきた彼女にとって、なにか自分のものを発表できる場というのは新鮮だったのです。
 イースタグラムを始めた日から、彼女は写真を撮り続けました。
 珍しい木の穴。
 全長5メートル以上ある大きなクモの巣。
 かわいい魔獣が水浴びをするところ。
 日々様々な写真を上げ続けました。
 しかし、いくら写真を撮っても。
 いくら写真を上げても。
 『イイヨ!』がつくことはありませんでした。
 自分の写真は何がいけないのか。
 疑問に思ったシュガーは、少し調べてみることにしました。
 調べて判ったことは、イースタグラムでは派手で、原色に近い明るい色の写真が『映え』と呼ばれ、好まれるということ。

シュガー
「なるほど、通りで……」

語り手
 自分のアカウントに並ぶ、暗い色の写真を見て納得したシュガーは、『映え』はないかとあたりを見回します。
 木。
 葉。
 土。
 石。
 草。
 原色なんて存在しない、趣(おもむき)のあるアースカラー。

シュガー
「……作るか」

語り手
 自分の周りに『映え』が存在しないことに気づいたシュガーは、自らで『映え』を作ることにしました。

シュガー
「派手で、原色に近い明るい色……そうだ。――お菓子の家だ!」

語り手
 魔女のセンスは独特でした。
 それから。
 調理と魔法。
 2つの力を使って。
 彼女は自らの家の隣に、お菓子の家を作り上げました。
 ようやく完成したのは一週間後の夜のこと。

シュガー
「今日はもう遅いし、明日の明るいときに撮るか」

語り手
 撮影に備えて、その日彼女はいつもより早く床につきました。
 眠りについて3時間ほど経った頃。
 魔獣の遠ぼえに混じって、シュガーの耳にその音は届きました。
 ばりばり。
 ぼりぼり。
 がりごり。
 さくさく。
 ざりざり。
 翌日の撮影が楽しみで眠りが浅かったシュガーは、すぐさま寝床から出ると、家のドアを開け、音がする方向を見ました。
 音は、シュガーが丹精こめて作り上げたお菓子の家の方から聞こえました。
 お菓子の家に何が起きたのか、シュガーは確認に向かいます。
 近付くたびに音は大きくなっていき、音の発生源に着いたとき、それはピタリと止まりました。

シュガー
「人が丹精込めて作った家はおいしいかい? ガキども」

語り手
 額に青筋を浮かべるシュガー。
 その視線の先。
 そこには、無惨にはがされた、お菓子の家の壁と、それを手づかみで食べる、よく似た男の子と女の子がいました。
 年齢は10歳位でしょうか。
 魔女の質問に、男の子は

ヘイゼル
「ごめんなさい」

語り手
 と顔を青くしながら後ずさりし。
 女の子は

クリステル
「おいしい!」

語り手
 と、心底幸せそうに答えました。

シュガー
「そうかいそうかい。じゃあ、アタシも食べさせてもらおうかね!」

語り手
 声に怒りをにじませながら、魔女はどこからともなくステッキを取り出すと、それを1度振るいます。
 すると、ステッキが小さなツボに変わり、それが男の子と女の子を吸いこんでしまいました。

シュガー
「くそガキが!」

語り手
 はき捨て、そのツボを懐に入れたシュガーは、再びお菓子の家の惨状を確認します。

シュガー
「ああ、もう! せっかく! もう!」

語り手
 地面に散らばったビスケットの壁を何度か足で踏み付けた後、彼女は一度大きく深呼吸して、ねぐらにもどりました。
 懐のツボをベッド脇のサイドテーブルに置いて、

シュガー
「こんがり焼いて、明日のディナーにしてやる!」

語り手
 彼女は再び眠りにつきました。 


   △■

語り手
 翌朝。

シュガー
「さぁ~て、どうしてやろうかね?」

語り手
 シュガーはドスをきかせた声で言いました。
 腕を組んで仁王立ちをする彼女の前には、昨夜の二人。
 男の子は青白い顔で、女の子は視線をキョロキョロ動かしながら正座をしています。

シュガー
「アンタたちは、アタシの大事なものを壊した。というか食べた。それは判っているわね?」

ヘイゼル
「はい。ごめんなさい……」

クリステル
「おいしかったです!」

ヘイゼル
「ばか、やめろ! すみません、こいつパッパラパーなんです!」

クリステル
「だれがパッパラパーだ! パッパラパーって言うやつがパッパラパーなんだぞ、パッパラパーめ!」

ヘイゼル
「ほらね、ほらね! パッパラパーでしょ!?」

シュガー
「黙れパッパラパーズ。今死にたくなければアタシの質問に答えなさい」

ヘイゼル
「はい!」

クリステル
「はい!」

シュガー
「お前たちはそもそもなんなんだい? どこから来たんだい?」

語り手
 魔女の質問に男の子が代表して答えました。
 それによると、2人は双子の兄妹で、兄の名前はヘイゼル。妹の名前はクリステル。
 デクレール共和国の出身であり、いつものように家の布団で眠りについた後、目覚めたらこの森の中にいた、とのこと。
 デクレール共和国は、この国の隣にある国です。
 そこは国民の60パーセント以上が貧困にあえいでおり、食いぶちを減らすため、子を捨てる親も珍しくありません。
 双子は、その珍しくもない捨て子でした。

シュガー
「よくある話ね……。それよりアンタたち、どうなりたい?」

ヘイゼル
「どう?」

シュガー
「焼かれたい? ゆでられたい? 蒸されたい? それとも、揚げられたい? 調理法くらいは選ばせてあげるわよ」

語り手
 急に突きつけられた選択肢に、ヘイゼルはさらに顔を青くしました。

ヘイゼル
「え、いや、あの……」

クリステル
「あたし蒸し鳥が好き! 蒸されたい!」

ヘイゼル
「お、おおおお前、ちょっと黙ってろ! ぼくがこの状況を突破するスーパー作戦を考えているんだから」

クリステル
「いやだ、蒸し鳥は譲らない!」

ヘイゼル
「そういう話をしているんじゃない!」

語り手
 ぎゃーぎゃーと言い合う双子。
 シュガーは2人に聞こえるように大きくため息をつきました。

シュガー
「負けたわ」

ヘイゼル
「はい?」

クリステル
「ほぇ?」

シュガー
「アンタたちの美しい兄妹愛に免じて、食べるのはやめにしてあげるって言っているの」

語り手
 微笑みを向けるシュガーに、最初に答えたのはクリステルでした。

クリステル
「お姉さん、耳にシュウマイでも詰まっているの?」

ヘイゼル
「バカやめろ! 魔女だし、多分何百年も生きているから耳が遠いし目が悪いんだよ! せっかくそういう風に勘違いしているんだから、合わせろ!」

シュガー
「小声のつもりかもしれないけど、聞こえているわよ。何百年も生きていないし、目も耳もこの通り、正常よ」

ヘイゼル
「すみませんでした!」

シュガー
「次から気をつけなさい。で、食べないであげる代わりに、二人にはアタシの弟子になってもらうわ」

ヘイゼル
「弟子?」

シュガー
「そう、弟子」

クリステル
「魔法使えるようになる?」

シュガー
「努力次第ね。アタシの下について魔法を学ぶか、それとも――今日のアタシのディナーとなるか。選びなさい?」

語り手
 魔女の2択に、

クリステル
「弟子になる!」

語り手
 妹は即答し、

ヘイゼル
「……弟子でお願いします」

語り手
 兄はおずおずと答えました。

シュガー
「よろしい。じゃあ、こうやって、右手の小指を出して」

語り手
 シュガーは双子に右手の小指を立たせて前に出すよう言うと、懐から小さいナイフを取り出し、その小指の腹に、小さな切り傷をつけました。

ヘイゼル
「いッ……!」

クリステル
「痛い!」

シュガー
「ごめんね。弟子になるための儀式なの。さぁ、2人とも、その小指をもう一度前に出して」

語り手
 次に、自分の両手の親指の腹にも同じように小さな傷をつけ、シュガーは2人と傷の付いた指同士をくっつけました。

シュガー
「そしてこう言うの“イウストゥーレ”。はい、一緒に言うわよ。せーの」

語り手
 3人は声を揃えて「イウストゥーレ」と唱えました。
 唱えた瞬間、3人の傷口から血があふれ、それが互いの指を結ぶように囲ったかと思うと、すぐに別れて傷口に戻っていきました。
 いまだかつて見たことのない光景に、ヘイゼルは口をポカンと開け、クリステルは目をキラキラ輝かせました。

シュガー
「はい、これで契約は完了。これからはアタシのことをシュガー様と呼びなさい。あと、弟子になったからには、今後色々な雑用もやってもらうからね。返事は?」

ヘイゼル
「はい!」

クリステル
「はーい、シュガー様ー」

シュガー
「ただ、今は2人とも汗くさいから、おふろに入ってきなさい。その間に、アンタたちの部屋を用意しておいてあげる」

語り手
 双子を浴室(よくしつ)に送り、シュガーは魔法を使って部屋の増築(ぞうちく)をしました。
 彼女は何故、子供たちを食べなかったのでしょうか。
 本当に弟子がほしかったのでしょうか。
 いいえ。そんなことはありません。
 さきほどシュガーが双子にかけた師弟契約(していけいやく)の魔法。
 イウストゥーレ。
 あれは、師弟契約の魔法などではありませんでした。
 あれは、命の譲渡魔法(じょうとまほう)。
 もし、親である契約者が命を失ってしまったとき、子の契約者がその肉体や、魔力など自らの全てをささげ、復活させる、という呪いでした。
 たとえ、身体が寿命でも、寿命が増えて生き返ります。
 たとえ、修復不能な傷を負っていても、奇跡のように修復し、復活します。
 魔力量によって回復力に差が出るため、シュガーは2人を弟子にして、その魔力を育てることにしたのです。
 昨夜、一晩考えた結果、ディナーとして食べるよりも、こちらの方が得であると判断したシュガーは、増築を終え、その口の端をつり上げて笑いました。

シュガー
「きちんと鍛えてあげなきゃね。アタシがこれからも生き続けるために」  

 

   △■

 

シュガー
「胸の中心に穴が開いているイメージで、そこから触手が出てくるイメージで」

クリステル
「シュガー様、教えるのへたー!」

 

シュガー
「指先まで意識なさい。ヘイゼル。もっとアゴ引いて」

ヘイゼル
「はい、すみません!」

 

シュガー
「マエーク・ラ・キヲーロ!」

クリステル
「すごい!」

ヘイゼル
「馬になった……!」

シュガー
「と、このように、ほうきを移動用魔獣に変えることができるわ。やってみなさい」

  

シュガー
「クリステル! ほうきは弧を描くように丸く掃くの」

クリステル
「はいはーい」

  

シュガー
「今日の料理当番はだれ!? このチキン、びっくりするほどまずいわ!」

ヘイゼル
「すみません、ぼくです! ……大げさだなぁ」

シュガー
「……聞こえてるわよ」

ヘイゼル
「ごめんなさい」

  

シュガー
「これは、何かしら?」

ヘイゼル
「ぼくたちからの誕生日プレゼントです」

クリステル
「開けてみてー」

シュガー
「……『かたたたきけん』?」

クリステル
「これを使えば、あたしたちが肩たたきしてあげます」

ヘイゼル
「1枚10分で!」

シュガー
「……あのねぇ、アタシの誕生日はまだまだ先だし、弟子って普通こういうのなくても師匠の肩たたきくらいするものなのよ?」 

 
   △■ 
 

語り手
 双子の兄妹が魔女の弟子になって3か月後。

シュガー
「思っていたのと違うわ。弟子を育てるってこんなに面倒なの?」

バニラ
「想像力が足りないですわね」

語り手
 シュガーのもとに客が訪ねてきていました。
 彼女はバニラ。バニラ・アンブローシア。シュガーと同じ師を持つ、姉弟子の魔女であり、双子が来るまでシュガーが唯一交流していた友人です。
 彼女は月に1度くらいの頻度でシュガーの家を訪ね、お茶会を開きます。
 今日はその月に1度のお茶会の日です。

バニラ
「それよりも、いつまでこの国にいるおつもり?」

シュガー
「またその話。前にも言ったわよね。アタシはアンタの国に行く気はないの」

バニラ
「別にわたくしの国でなくともいいですわ。ただ、この国はもうおやめなさい、と言っているの
 この国は時代遅れの腐った化石ですわ。未だに魔女に対して、恐れや憎しみ、殺意を抱いている」

語り手
 バニラの注意に、シュガーは鼻を鳴らしました。

シュガー
「良いじゃないの。それが魔女ってものでしょう。恐れ、戦(おのの)かれ、憎しまれ、人々の恐怖と殺意の対象であり続ける。アタシたちの師匠の世代はそういう魔女や魔法使いしかいなかった。だけど、今はどう。アンタの国では普通に魔女が往来の道を闊歩(かっぽ)しても人々は一切反応しない。それどころか、魔女であることをアピールポイントにテレビタレントになるバカもいる。ハッキリ言って、そっちの方が異常よ」

バニラ
「……いつか殺されるかもと心配になることはないのかしら?」

シュガー
「魔獣もいるし、人は森にすら入れない。万が一たどり着いたとしても、アタシがただの人間ごときに殺されるはずがないじゃない」

バニラ
「あなたはそうでしょうね。でも、おチビちゃん達は?」

シュガー
「ああ、そうか。その可能性は考えてもいなかったわ。言われてみれば確かに、十分ありえるわね。せっかく魔力増やしたのに、殺されちゃったら、それが全部無駄になるのか……勿体ないわね」

バニラ
「……時代遅れは、あなたもでしたわね。仕方ありませんわ。折角のお茶会です。美味しそうなお菓子もありますし、このことは一時忘れ、楽しみましょう」

シュガー
「……いや、それアタシが用意したやつだから」

バニラ
「知ってますわよ? おチビちゃん達ー、大事な話は終わりましたわよ! おいでなさい。お姉さん達と一緒に、シュガー先生の作った美味しいお菓子を食べましょう」

 
   △■
 

シュガー
「ふぅ……」

語り手
 スマートフォンを見ながら、シュガーはため息をつきました。
 本日もイースタグラムに『イイヨ!』はありませんでした。
 もはや慣例にすらなっているこの姿。
 さすがに心配になったのか、クリステルが声をかけます。

クリステル
「シュガー様、いつも何でため息ついているんですか?」

シュガー
「な、なな何でもないわ。気にしないで掃除しなさい」

語り手
 急に声をかけられ、あたふたと取り繕うシュガーでしたが、

クリステル
「あ、イースタやっているんですねー」

語り手
 クリステルの言葉で、ぴたりと動きを止めました。

シュガー
「イースタを知っているの?」

クリステル
「はいー、友達のお母さんがやってましたからー」

シュガー
「……その友達のお母さんは、どれくらい『イイヨ!』をもらっていたか判る?」

クリステル
「えっと、50くらい?」

シュガー
「50。その人は有名人?」

クリステル
「んーん、普通の人ですよー」

語り手
 シュガーはまゆを潜め、少し迷った末、今朝アップした写真をクリステルに見せました。

シュガー
「これ、イースタにアップしたんだけど、どう思う?」

クリステル
「お菓子の家ですねー、おいしそうです」

シュガー
「映え?」

クリステル
「えー判らない。こういうのはあたしより、ヘイゼルが詳しいですよ!」

ヘイゼル
「え、呼んだ?」

語り手
 突然自分の名前を呼ばれたヘイゼルは、掃除していた手を止め、二人の前に顔を出します。

クリステル
「これ見てー」

シュガー
「あ、こら!」

語り手
 クリステルはシュガーの手からスマートフォンをとって、それをヘイゼルに見せました。

ヘイゼル
「うん見たけど……え、何?」

クリステル
「シュガー様がイースタやっているんだけど、この写真って映え?」

語り手
 ヘイゼルはお菓子の家が映ったその写真をもう一度見て、一言。

ヘイゼル
「いや、映えではないんじゃない?」

語り手
 切り捨てました。

シュガー
「なんで!? グミのネジとか、ミントチョコの壁とか、きれいだし、お菓子の家も大きくてインパクト抜群で……映えていない?」

ヘイゼル
「ああ、はい。すみません。言い辛いんですけど多分映えていないと思います。まずお菓子の家自体はそこそこきれいなんですけど、周りの景色が森だからか、いまいち暗く見えてしまって、全体的にどよーんとしちゃっているっていうか」

シュガー
「いや、でもそれは仕方ないじゃない。これでも明るい時間を選んで撮っているのよ」

ヘイゼル
「加工アプリは使ってますか?」

シュガー
「加工……アプリ……?」

ヘイゼル
「写真を加工編集するアプリです。それを使えば色味を明るくしたり、光量を増やすことができるので、そのどよーんとした感じもすぐに解消できますよ」

シュガー
「でも、そんな機械を使って自分の撮った写真を変えるなんてズルなんじゃ」

ヘイゼル
「そんなことありません。大体みんなやっています。加工は魔法ではありません。ただの技術です。写真の撮り方と同じなので、気にせずやりましょう」

シュガー
「……ヘイゼル、アンタ昔イースタやっていた?」

ヘイゼル
「いえ、ぼくじゃなくてぼくの友達が。おしゃべりな奴だったので、そういう話を山ほど聞かされたんです」

語り手
 それからヘイゼルのイースタグラム講座が始まりました。
 写真は原色が好まれるが、別に寒色のものでも撮り方次第で『イイヨ!』はもらえるということ。
 ただオシャレなものを撮るのではなく、オシャレでなくてもいいから、ストーリーを感じさせるものを撮るということ。
 撮りました。ではなく、撮れてました。という自然な感じの写真が好まれるということ。
 他人のイースタグラムを見る人は、モノよりもヒトを見ているということ。

ヘイゼル
「だから、次からはヒトを入れて撮りましょう。シュガー様が写真に写るのがイヤだったら、ぼくや、クリステルを使っても良いので。みんなで『イイヨ!』ゲットしましょう!」

語り手
 それを締(し)めの言葉として、ヘイゼルのイースタグラム講座が閉講しました。
 
 その日から、少しずつではありますが、シュガーのイースタグラムに『イイヨ!』がつきはじめました。

 
   △■
 

バニラ
「シュガー。入り口でクリステルに聞きましたわよ。あなた、イースタやっているんですってね」

シュガー
「げッ……!」

語り手
 月に1度のお茶会の日。家に入るなり、バニラが面白いおもちゃを見つけたかのような表情で言いました。

バニラ
「まさか、現代社会に背を向けて森に引きこもっているあなたが、イースタをやっているだなんて。うふふ。愉快ですわねぇ」

シュガー
「うるさい! アタシは別に」

バニラ
「別に悪いなんて言ってないじゃない。むしろいいことよ。わたくしもやっているし。フォローしましょうか?」

シュガー
「いらん!」

語り手
 耳を真っ赤にして突っぱねる、珍しい友人の姿をニヤニヤした目で見ながら、バニラは尚も話を続けます。

バニラ
「ごめんなさい。フォローしちゃいましたわ。そちらもフォローよろしく」

シュガー
「……この魔女め!」

バニラ
「あなたもでしょう。ところで、あなたのイースタなんだけど、どうしておチビちゃん達だけしか映ってないの? あなたも映ればいいじゃない」

シュガー
「イヤよ! あたしはそういうのはしないの!」

バニラ
「弟子達にはやらせて自分はやらない。あなた、ひどい師匠ね」

シュガー
「~~~~!」

語り手
 額に青筋を浮かべ奥歯をギリギリとならすシュガー。
 バニラはそれを見てますます上機嫌になると、家の外で掃除をしている双子に向かって声をかけます。

バニラ
「ほら、おチビちゃん達。今からイースタ撮影しますわよ。今回はお姉さんが撮ってあげるからシュガー様と一緒に並びなさい」

語り手
 バニラの言葉に、クリステルが笑顔で駆けてきます。ヘイゼルは不思議そうな顔です。
 突如始まりかける撮影会に、シュガーはテーブルをたたいて立ち上がりました。

シュガー
「いい加減にしなさいよバニラ」

バニラ
「あら、そんなこと言っていいのかしら?」

語り手
 バニラは自らのスマートフォンの画面をシュガーに向けました。
 するとそこには、イースタの投稿画面と、シュガーの寝顔写真が映っていました。
 よだれがだらだら。目が半分開いている、完ぺきな寝顔です。

バニラ
「投稿しますわよ?」

シュガー
「な、なにその写真。いつ撮ったのよ」

バニラ
「教えてあげませんわ。さぁ、スマホを渡して並びなさい。わたくしが撮ってあげるから」

語り手
 友人の脅しに、シュガーは肩を落としてスマートフォンを渡します。

シュガー
「撮られればいいんでしょう。いいわよ、映るわよ! ただ、気に入らなかったら投稿しないから! 自分の満足しない写真を上げるなんてプライドに関わるわ!」

バニラ
「まぁ、それはそれで面白いからいいですわよ。場所はここでいいのかしら?」

シュガー
「……お菓子の家の前!」

語り手
 言って、彼女は大また歩きで家を出ました。

シュガー
「クリステル! お菓子の家の前で撮るわよ! ヘイゼル! きりきり走れ!」

  

バニラ
「もっとくっついて。ええ、いいですわよ。じゃあ、はい、笑って。シュガー、笑って。シュガー、笑みが固いわよ。シュガー、おチビちゃん達を見習って」

シュガー
「うるさい、早く撮れ!」

バニラ
「ならちゃんと笑いなさいな。……まぁ、いいでしょう。撮りますわよ。はい、パルメザン――。うん、なかなか良いのが撮れましたわ」

語り手
 バニラは撮った写真を3人に見せました。

クリステル
「わぁ!」

ヘイゼル
「良いですね!」

シュガー
「……」

語り手
 双子は初めて撮った師匠との写真に顔をほころばせました。
 それとは逆に、魔女は心底いやそうに表情をゆがめて、スマートフォンを乱暴に取り返しました。

シュガー
「はい終わり終わり終了! 写真は保存しません! はい削除!」

クリステル
「えー、なんでー!」

ヘイゼル
「良い写真でしたよ。アップしましょうよ!」

シュガー
「うるさい! こんなのアップできるか! 保存もしないわ! そもそも全然自然じゃないじゃない! ばかばかしい!」

語り手
 その後、ぷんすかぷんすか言いながら、シュガーは家の中へ戻っていきました。
 残された二人の弟子は、納得のいかない表情で師匠の背中を見ていました。
 友人の魔女は、必死に笑いをこらえていました。
 あの時。
 シュガーがスマートフォンを取り返した後の行動を、バニラは見逃しませんでした。
 保存をしないと言いながら、保存操作を行ったことを。
 保存完了の表示が出たのを確認したときに一瞬だけ浮かべた、彼女の表情を。

 家の外で双子とちょっとした談笑をした後。
 家の中に戻ったバニラは、テーブルにほおづえをついてこちらをふてくされた目でにらんでいるシュガーに、小首を傾げ、微笑んでみせました。

バニラ
「何をそんなに不機嫌になることがあるのかしら」

シュガー
「ウルサイ、アタシ、オマエ、キライ」

バニラ
「そう言えば聞いてるかしら? 再来年の5月。お師匠様の333歳の記念パーティーを開くらしいですわよ」

シュガー
「聞いていない。というか、行く必要あるかね?」

バニラ
「あなた、お師匠様が300歳の時も250歳の時もパーティーに行っていないでしょう。あまりにも無視していると、その次あたりに招待状が来て、主賓にされますわよ。めんどくさい作業全て任されますわよ」

シュガー
「……それはまずいわね」

バニラ
「なら、再来年は?」

シュガー
「そうね。別に師匠のことはキライじゃないし、333歳のパーティーには出ることにするわ」

 

   △■

 

語り手
 それから。
 春が来て。
 夏が来て。
 秋が来て。
 冬が来て。
 また、春が来て。
 双子は少しくらいの魔法は使えるようになりました。
 シュガーのイースタグラムは、そこそこ人気のアカウントとなっていました。
 『イイヨ!』の数が増え、好意的なコメントをする人も出てきました。
 しかし、人気になったことで、前より多くの人の目にふれたことで、とある問題も生まれます。
 ある日から、とあるアカウントが、ことあるごとに、批判コメントを入れるようになったのです。
『このアカウントユーザーは残虐な魔女だ!』
『人を殺し、その肉を食らう、バケモンだ!』
『ケダモノ風情が人の真似してんじゃねぇよ!』
『かかって来いよ! 始末してやる』
 そのアカウントの主は、この国の王子でした。
 王子は、シュガー達が住んでいる森の西側からまっすぐの場所にあるこの国の首都。その中心に建つ王宮に住んでいます。
 きっと、写真に映った植物などの情報からシュガーが管理しているアカウントだと気づいたのでしょう。
 毎日のように送られる罵詈雑言コメント。しかしシュガーは一切取り合いませんでした。
 魔女になってからというもの。この程度の悪口はいくつも言われていたので、大して気にも止めなかったのです。 

 
 △■
 

語り手
 翌年の5月。
 シュガーの師匠の333歳記念パーティの日がやって来ました。
 いつもよりもおしゃれな格好をして、彼女は玄関に立ちました。

シュガー
「夕方には帰ってくるから大人しくしてなさいよ。でも万が一遅かったら冷蔵庫にあるもので適当に作る。いいわね」

ヘイゼル
「判りました」

クリステル
「はーい」

語り手
 玄関を出たシュガーは、ほうきを巨大な鳥に変え、森を飛び立ちました。

 

語り手
 シュガーが家を出て。
 双子はいつものように家とその周りの掃除を行いました。
 2時間かけて掃除を終えた二人は、各々自由に過ごしています。

ヘイゼル
「クリステル! ちょっと来て!」

語り手
 外でオリジナルのぐにゃぐにゃ体操なるものをしていたクリステルは、ヘイゼルに呼ばれ、キッチンに向かいました。
 キッチンでは、ヘイゼルが平ぺったい四角い機械を持って待っていました。

ヘイゼル
「じゃん! これなーんだ?」

クリステル
「あれ、それ、シュガー様のタブレットだよね。ダメだよー勝手にさわったらー」

語り手
 最近のシュガーは、スマートフォンで写真を撮ってアップし、確認のためにタブレットPCでイースタグラムを見る、ということをしていました。
 ヘイゼルはタブレットPCのカバーを開き、起動ボタンをおします。

ヘイゼル
「いや、そうだけど、ぼくたちって結局最初の一回くらいしかシュガー様のイースタ見たことないでしょ」

クリステル
「うん、そうだねー。見せてーって言っても見せてくれないもんねー」

語り手
 クリステルの言葉に「な」と相づちを打って、

ヘイゼル
「だから、今のうちに見ちゃおうぜ」

語り手
 ヘイゼルはイタズラっぽく笑いました。
 兄の提案に、妹も目を細めて「イヒヒ」と笑い。

クリステル
「見ちゃおう、見ちゃおう!」

語り手
 うれしそうに飛び跳ねました。
 
 5分後。

ヘイゼル
「何だよ、こいつ!」

語り手
 
シュガーのイースタグラムを見たヘイゼルは忌々(いまいま)しげにつぶやきました。
 シュガーのイースタグラムは、最初に見たときと比べて何倍もカラフルで、みんなからの『イイヨ!』の数も多く、コメント欄も好意的な意見が沢山書かれていました。
 しかし、その中に。
 毎日のように悪意をぶつけてくるアカウントがありました。

ヘイゼル
「ひどすぎる! シュガー様はそんな人じゃない! だれだよこいつ!」

語り手
 怒りを露わにしながら、ヘイゼルはそのアカウントをタップしました。
 そのアカウントはこの国の王子のものでした。
 それを知ったヘイゼルは、信じられないといった表情でつぶやきます。

ヘイゼル
「王族が? 責任のある立場の人間が、こんなしょうもないやり方で、個人を攻撃しているっていうの?」

語り手
 あっけにとられる兄の横で、妹が「よし!」と力強く言いました。

クリステル
「多分、この人は勘違いしているんだよ。ヘイゼルだって、最初シュガー様のこと魔女だからって怖がってたじゃん」

語り手
 クリステルの言葉に、ヘイゼルは「確かに」とうなずきました。
 納得する兄に、妹は言葉の続きを口にします。

クリステル
「だから、知ってもらおう!」

ヘイゼル
「知ってもらう?」

クリステル
「うん! シュガー様がすごく優しくて、良い魔女だって、この人に教えてあげよう!」 
「あたしたちだって判ったんだもん! 大人だったらきっと、話せば判ってくれるよ!」

 
   △■
 

語り手
 夕方。

シュガー
「ただいま。大人しくしてた? これ、おみや……げ」

語り手
 師匠の333歳パーティーを終え、二次会に出ずに帰ってきたシュガーは、家の中の静けさに首を傾げました。

シュガー
「ヘイゼル、クリステル。どこにいるの? 帰ってきたわよ」

語り手
 呼びかけますが、返事はありません。

シュガー
「かくれんぼ? 残念だけど今日は疲れてそんな気分じゃないの。早く出てきなさい」

語り手
 呼びかけますが、返事はありません。弟子たちの悪ふざけだと思ったシュガーは、声を低くして呼びかけます。

シュガー
「あと10秒数えるわね。それまでに出てこなかったら、アンタたち、当分おやつぬきだから」

語り手
 返事はありません。

シュガー
「10,9,8,7,6、ほら、あと5秒しかないわよ。シュガー様のクッキーが食べれなくなっちゃうわよ~」

語り手
 返事はありません。

シュガー
「5、4、さ~ん、にぃぃぃぃぃ」

語り手
 返事はありません。

シュガー
「い~~~~~~~~~~~~~~っち」

語り手
 返事はありません。

シュガー
「……」

語り手
 返事はありません。

シュガー
「ちょっと本当にどこに行ったの? 出てきなさい! ヘイゼル! クリステル!」

語り手
 シュガーは家の中をくまなく探しまわりました。
 しかし、どこを見ても、どこを探しても、二人の姿は見つかりません。
 念のために外も探しました。お菓子の家の中も見ました。しかし二人は見つかりません。

シュガー
「……ヘイゼル、クリステル」

語り手
 その時、シュガーのスマートフォンが鳴りました。通話に出ると相手はバニラでした。

バニラ
『あなた、おチビちゃん達が心配だからって二次会ばっくれやがりましたわね。おかげでわたくしがあなたの代わりにカラオケ2きょ――』

シュガー
「うるさい、今それどころじゃない!」

語り手
 カラオケボックスにいるのでしょうか。後ろが騒がしい友人の電話に、シュガーは怒鳴りました。

バニラ
『……どうしましたの?』

シュガー
「いなくなったの。ヘイゼルとクリステルが、いなくなっちゃったの!」

 
   △■
 

語り手
 電話口から聞こえる友人の声を受け、バニラはカラオケボックスを出て、外の静かな場所に移動しました。

バニラ
「いなくなったって、2人とも?」

シュガー
『2人ともいない。どうしよう、どうしようバニラ』

バニラ
「落ち着いて。2人の行きそうな場所に心当たりはありませんの?」

シュガー
『そんなの……あ、生まれ故郷かな? ほうきも2本なくなっているし』

語り手
 シュガーの出した候補に、バニラは心の中で否定しました。
 バニラが見る限り。あの双子は、とうの昔に生まれ故郷への未練を断ち切っているように見えたからです。
 ならば、どこか。
 と、その時。バニラの頭に1つの不穏な予感が浮かびました。

バニラ
「多分、そこではないと思いますわ。とりあえず落ち着いて、深呼吸なさい。息を吸って、吐いて」

語り手
 電話でシュガーをなだめながら、バニラは別の、自らの弟子達との連絡用のスマートフォンでイースタグラムを開いて、フォロー画面からシュガーのアカウントへ移動。
 適当に投稿を表示し、そのコメント欄で毎度毎度シュガーを批判しているアカウントのページを開きました。
 そのアカウントの最新の投稿は、ライブ動画のアーカイブでした。
 アカウント主が書いたコメントタイトルは『魔女狩り(弟子ver)』
 イヤな予感を抱きつつも、バニラはそれを開き、

バニラ
「……チッ!」

語り手
 小さく、舌打ちをもらしました。

シュガー
『……どうした?』

バニラ
「いえ、何でもありませんわ。今からわたくしもそちらに向かいます。なので、決してそこを動かないでくださいまし。いいですか、絶対に動かないで。すぐさま飛んでいきます!」

語り手
 言うが早いか。
 通話を切ったバニラの足もとからほうきが飛び出し、彼女はそれにどこからともなく取り出したステッキを振って叫びます。

バニラ
「マエーク・ラ・キヲーロ!」

語り手
 すると、ほうきはたちまち巨大な単眼の竜に変化。バニラはその頭に飛び乗りました。

バニラ
「最高速度で泳ぎなさい!」

語り手
 バニラを乗せた竜は、弾丸のような速度で空を突き進みます。
 竜に乗りながら、バニラは動画を見ていました。
 動画の内容は、十字架にはりつけにされた男の子と女の子が火あぶりにされるというもの。
 それは、国が主体となって行われる処刑の動画でした。
 2人の子供たちは何か叫んでいたのか。この動画では聞こえませんでした。バニラには聞こえませんでした。彼女に聞こえたのは、撮影者の下品な笑い声と、この処刑を見学している者達の雑踏。そして、処刑が完了したことを告げるラッパの音と、それに対する民衆の喝さい。

バニラ
「これだから、腐った化石は……!」

語り手
 バニラは奥歯をかみしめました。動画を見ていたスマートフォンはバキバキに割れていました。
 バニラを乗せた竜は、山を越え、谷を越え、海を越えて――
 やがて、シュガーが住む森。その近くにあるこの国の首都に建つ巨大な王宮が見え始めるはずのポイントまでたどり着きました。
 王宮は見えませんでした。
 王宮はなくなっていました。
 いえ、王宮だけではありません。広大な市場も、背の高いビルも、等間隔に並んだ住宅地の家々も、小さな商店も、大きな豪邸も。
 そして、人間も。
 首都にあった全てがなくなり、代わりにそこには、巨大な砂漠が広がっていました。
 草1つ無い砂漠の中心。そこに彼女はいました。
 その足下には、子供2人の焼死体。
 バニラは竜から飛び降り、彼女の前に立ちます。
 彼女の目は、はれて真っ赤でした。
 彼女はバニラを待っていたのでしょう。軽く右手を挙げて会釈すると、いつもと変わらぬ様子でしゃべり始めました。

シュガー
「バニラ、アンタ毎月アタシの家に来て、その度にアタシが作ったお菓子食べたわよね」

語り手
 いつものような質問にバニラもいつものような調子でうなずきます。

バニラ
「ええ。食べましたわ」

シュガー
「お茶も飲んだわよね」

バニラ
「ええ。飲みましたわ」

シュガー
「お金も払わず」

バニラ
「ええ。ただで」

シュガー
「あれは、アタシへの大きな借りだよね」

バニラ
「……ええ、その通りですわ」

シュガー
「じゃあ、ここで返してもらうわ」

バニラ
「……」

シュガー
「バカで、バカで、バカでバカでバカでバカでバカでバカでバカで――どうしようもないくらいバカな二人だけど、迷惑かけるだろうけど、お願い。アンタにしか頼めない。足りないんだったらこれもつける。アタシが持つ一番の宝物」

バニラ
「……そんな風に言われたら、断れるはずがございませんわ。でも、これはあなたが持って行きなさい」

語り手
 差し出された宝物――子供の字で『かたたたきけん』と書かれた、少し年季の入った数枚の紙きれ――それを彼女に返し、バニラは親友の頼みを受け入れました。
 バニラの返答を受け、彼女は泣きそうな顔で笑いました。

シュガー
「ありがとう、バニラ」

バニラ
「こちらこそ。今までありがとう、シュガー」

 

   △■

 

語り手
 親友への感謝の言葉を告げ終えたシュガーは、宝物を懐にしまい、2つの亡骸(なきがら)の頭をなで、微笑むと、

シュガー
「我は呪いを与えるものなり、我は呪いを受けるものなり。魔導(まどう)の世界に身を捧げ、魔導の世界を愚弄(ぐろう)する。薬は変(へん)じて毒となり、毒は変じて薬となる――」

語り手
 とある呪文を唱え始めました。
 それは、存在していることは知られているものの、今まで一切だれも口にしたことのない呪文。
 とある魔法の効果をねじ曲げ、反転(はんてん)させる限定詠唱(げんていえいしょう)。

シュガー
「子は親に、親は子に。反転せよ――イウストゥーレ!」

  

語り手
 その日、世界から、ひとりの魔女が消えました。 

 
 △■
 

語り手
 人里離れた森の中。
 深い深い森の中。
 かつてそこに、ひとりの魔女が住んでいました。
 100年以上。ひとりでそこに住んでいました。
 ある日魔女は、とある思いつきから、お菓子の家を作りました。
 そのお菓子の家は、偶然にも魔女と、小さな双子の兄妹を出会わせます。
 魔女は双子の兄妹と出会い――そして。
 
 それは、お菓子の家がつないだ物語。
 ひとりの魔女が、その命を終えるまでの物語。