《あらすじ》

 アンダードッグス!! のエピローグ!!!
 あの戦いから3ヵ月後。戦士達は再び集い、魔法を交える。

〈作・フミクラ〉

《注意書き》

本書は『アンダードッグス!!』のエピローグです。
エピローグですので、当台本をお読みになる(演じられる)場合は、そちらの方も一読して頂けると幸いです。

  
   ★ ★ ★ ★ ★

 

《キャラクター協力》

アマデウス・レプター
  ・・・・・・・・【 にっし~☆ 】さん

イーリー・チシル
  ・・・・・・・・【  Toto   】さん

おはぎ
  ・・・・・・・・【 璃月 なお 】さん

ピーキー・ピーキー
  ・・・・・・・・【  レイク  】さん

ヨハネス・バルトロ12世
  ・・・・・・・・【 でぇちゃん 】さん

  
   ★ ★ ★ ★ ★

 

《登場人物紹介》

アマデウス
アマデウス・レプター。周囲に実力を認められながらも、勝利はいまだ無し。3012戦無勝の挑戦者。
二つ名は【不死鳥】。
この戦いのため、勝利のため、重大な決断を下した。
性別未定。

イーリー
イーリー・チシル。原始の魔法を使いこなし、1000人以上の弟子を抱える生きた伝説。
二つ名は【仙樹観音】。
忙しいながらも、この戦いをセッティングした大魔導師。
性別未定。
【過去出演作品】『冥王のしつけかた』(名前だけ)

おはぎ
おはぎ。伝説の剣を引き抜き、神話級の魔神を使役する勇者の素質をもった召喚師であり、破神級魔導師の元弟子。
二つ名は【おばあちゃんっ子】。
弟弟子であるヘイゼル・シュガーバニラに(コルディアン・バスチーなりすましの件を材料に)代理で行くよう脅したが、普通に拒否されたため、嫌々ながらもこの戦いに参加する。
性別未定。
【過去出演作品】『勇者が生まれる前々日譚』『冥王のしつけかた

ピーキー・ピーキー
ピーキー・ピーキー。竜人族の若き勇士。様々な武器を使いこなす白兵戦の天才。
二つ名は【神風】。
この戦いの前日は目がさえて、なかなか眠りにつけなかった。
性別未定。

ヨハネス
ヨハネス・バルトロ12世。史上最悪の傭兵国『バルトロ』を治める呪術のエキスパート。人格を多数所有しており、その人格によって使える技が違う。
二つ名は【呪術王】。
最近、ミシンにはまっている。今はコースターや巾着袋などの小物を作っているが、いずれ服作りにも挑戦してみたいと考えている。
性別未定。

ヨハネス(ケイミー)
ヨハネスの第二人格。ヨハネスとの兼ね役推奨。
性別未定。

ヨハネス(ジャック)
ヨハネスの第三人格。ヨハネスやケイミーとの兼ね役推奨。
性別未定。

 

   ★  ★  ★

    ★   ★

《 本文 》

  

イーリー
「時間通りに来るもんだな」

ピーキー・ピーキー
「3ヶ月も待たされたんだ。行くに決まってんだろ」

おはぎ
「……本当にやるんですか?」

アマデウス
「おや、嫌なのかい?」

おはぎ
「平和主義者なので」

イーリー
「見学しててもいいんだぞ?」

おはぎ
「それやったら、最下位って言われるんでしょ?」

アマデウス
「そりゃあ、そうだろうねぇ」

おはぎ
「なら、やりますよ」

ヨハネス
「ぼくも平和主義者ですけど、白黒つけなきゃ気持ち悪いですからね」

イーリー
「ま、誰も欠けることなく集まった時点で、全員やる気満々ってわけだ。キュンとするじゃねぇか」
「ルールは手紙で送った通り、降参・死亡。この2つが敗北の条件だ」

おはぎ
「死亡って……でも、結局生き返るんですよね?」

イーリー
「ああ。闘技場には、師匠(オレ)の弟子たちによって、調伏(ちょうぶく)の儀の時に自動展開される結界魔法に似通(にかよ)ったモノが敷(し)かれている」
「なので、この戦いでのケガや死は、戦いが終わると同時になかったものになるってわけだ」

ヨハネス
「戦いが終わるというのがよく判らなかったんですが、ひとりになるまでってことですか? それとも、その人が負けた瞬間――降参や死亡した瞬間ってことですか?」

イーリー
「負けた瞬間だ。降参、もしくは死亡したその時。自動的に転移魔法が発動し、敗者はあそこ――観客席に転移される。戦いの前の綺麗な身体の状態に戻ってな」

アマデウス
「なら、降参するのは損だねぇ。死ぬまで戦い続けられる……か。なかなか血が騒ぐじゃないか」

おはぎ
「え、戦闘民族?」

アマデウス
「ワクワクするよ」

おはぎ
「チャラヘッチャラ!」

ピーキー・ピーキー
「言葉はもういらねぇだろ? 決着、つけようぜ」
「言い合いでも、カードゲームでもねぇ。力と力、技と技のぶつけ合いのガチバトルだ!」

  

イーリー
「我は王にあらず」

おはぎ
「我は民にあらず」

ヨハネス
「今この時だけは全てのしがらみを捨て」

ピーキー・ピーキー
「空を裂く、一振りの剣となる」

アマデウス
「燦然(さんぜん)たる剣戟(けんげき)の舞――いざ、尋常(じんじょう)に、ご照覧(しょうらん)あれ!」

  
★ ★ ★ ★ ★
  

ピーキー・ピーキー
戦いの火蓋(ひぶた)は切られた。
ギアを最高速に入れ、アクセルを踏む。
面倒な予備動作は不要。
爪先に力を入れれば相手は目の前。
魔力でガチガチに固めた右の拳をその顎(あご)に向かって突き上げる。
標的は、もっちゃり野郎――おはぎ。
ぼんくらにしか見えないが、一番最初に潰しておかなきゃいけないと、経験と本能が告げる。
「くたばれ!」

アマデウス
「お前さんがな」

ピーキー・ピーキー
拳がおはぎの顎を砕く寸前、左側から刺すような殺気を感じ、おれっちは、咄嗟(とっさ)に拳を引っ込め右に転がった。
刹那(せつな)、おはぎの正面――たった今、おれっちがいた場所に白刃(はくじん)が半円を描く。
「アマデウス・レプター!」

アマデウス
「あの体勢でこれを避けるか。……さすが【神風(かみかぜ)】といったところかねぇ」

ピーキー・ピーキー
軽口を叩きながらも、奴の攻撃は止まらない。
水が流れるような動きで、その右手に持つ刀を振るう。
目にも止まらぬ連撃。だが決して目には見えない連撃ではない。
避(よ)けるのも、そこからカウンターを入れるのも容易(たやす)い。容易いはずなのに――
「ざっけんな、てめぇ!」

アマデウス
「ふざけて刀は振らないさ」

ピーキー・ピーキー
紙一重(かみひとえ)だった。
紙一重で回避するのが精一杯だった。
先読みされているからだ。
動作を予測され、必要最小限の動きで制されているからに他ならない。
このまま避け続けてもジリ貧。

「つーわけでオラァ!」

刀を見切り、その側面に右のアッパーをお見舞いする。
少しだけ拳に傷は入ったが、それ以上の成果があった。
刀が撥(は)ね上がり、それに引っ張られてアマデウス・レプターの懐(ふところ)ががら空きにになった。
おれっちは、そのがら空きになった懐に潜り込み――
「吹き飛べや、落ち武者!」
左の拳をそのみぞおちに叩き込もうとしたところで、

おはぎ
「それはそっちの頭ですよ」

ピーキー・ピーキー
「なっ!」
いつの間にそこにいたのか。右斜め後ろに移動していたおはぎ。
おれっちは拳を開いて、アマデウス・レプターの腹を力いっぱい押し、その反動で左斜め後ろに飛び退った。
レプターも危険を感じたのだろう。おれっちの押す力を利用して、背後に跳んだ。

アマデウス
「……」

ピーキー・ピーキー
「……」

おはぎ
「……」

ピーキー・ピーキー
「って、何もねぇのかよ!」

おはぎ
「え?」

ピーキー・ピーキー
「チャンスだろうが! 何かしてこいや!」

おはぎ
「えー、それはあなたの感想ですよね?」

ピーキー・ピーキー
「しゃらくせぇ! そしてこの頭のどこが落ち武者だ!」

イーリー
「――威勢がいいな。ピーキー・ピーキー」

ピーキー・ピーキー
首に寒気がして、声のしたほうを向く。
そこにはイーリー・チシルと、いつの間にかその背後に伸びた巨大な木。木には赤い花が大量についている

イーリー
「久しぶりの再会だ。おごってやるよ。――罅(は)ぜろ、鳳仙花(ほうせんか)」

ピーキー・ピーキー
底意地の悪い笑顔で口にした言葉と同時に、一部の赤い花から種が飛び出す。
高い位置から、高速射出された種は、一直線におれっちの方向に
「――ッ!」
跳躍し、回避。
標的を見失った種は、ステージにめり込んだ。

イーリー
「おいおい、先輩がおごるって言ってんだから、ありがたく頂いておけよ」

ピーキー・ピーキー
チシルが軽口を叩いている間にも、別の花から種が射出される。
体内と周囲の魔力を練り合わせ、風魔法を発動。
向かってくる種の軌道を変えつつ、自らの身体を空に泳がせる。

イーリー
「飛ぶか。飛ぶよな。それがお前だもんな【神風】」

ピーキー・ピーキー
種の射出は止まらない。
どころか、その数は増してゆく。
その全てがおれっちに向かって飛んでくる。
風を掴み、風を蹴って、風に乗って、その攻撃を切り抜ける。切り抜けるのが精一杯だ。
相手との距離は縮まらない。ニヤニヤとムカつく笑みが目に映る。
「調子乗ってんじゃねぇぞ老いぼれ!」
種を回避しつつも、それを利用しておはぎを仕留める予定だったが、変更。
身を翻(ひるがえ)す。
こちらに向かってくる種を紙一重でかわしながら、いけ好かねぇ大魔導師に向かって飛ぶ。
いくつか被弾(ひだん)する。痛くねぇ。痛いけど痛くねぇ!
そんなことより今は一発だ。あの余裕面に一発拳を入れてやらなきゃ気がすまねぇ。
種の雨を抜ける。ようやく拳が届く範囲に、ムカつく笑顔が入る。

「く・た・ば・れぇぇeeeee――!!!」

ありったけの魔力を乗せた拳がチシルの顔面に届くその刹那――

アマデウス
「お前さんがな」

ピーキー・ピーキー
視界の端でレプターの白刃が煌(きらめ)き、おれっちの首を刈り――

ヨハネス
「ナルキオーサ!」

ピーキー・ピーキー
取らなかった。
首に痛みはなく、どころか、おれっちはステージの端。連中から離れた場所に移動していた。

ヨハネス
「間一髪でしたね」

ピーキー・ピーキー
隣からかけられた言葉に、眉を潜(ひそ)める。
「……どういうことだ、ヨハネス・バルトロ」

ヨハネス
「魔法でぼくの人形とピーキー・ピーキーさんの位置を入れ替えました。間一髪、脱落をまぬがれましたよ」

ピーキー・ピーキー
視線をチシルたちのほうに向ける。
バルトロの言うとおり、おれっちが先ほどまでいた場所には、首の取れた木製の人形が転がっていた。
「そうじゃねぇ。何でおれっちを助けた?」

ヨハネス
「恩を感じてもらいたくて」

ピーキー・ピーキー
「恩?」

ヨハネス
「ええ。あの2人を倒すまでの間でいいので、ぼくと手を組んでください」

ピーキー・ピーキー
「あの2人?」

ヨハネス
「チシルさんと、レプターさん。多分あの2人……この戦いが始まる前から、手を組んでますよ」

イーリー
「組んでる、ねぇ? ちょっとズレてんな。いい機会だ。改めて自己紹介してやれよアマデウス」

アマデウス
「ああ。そうだねぇ。――あっしはアマデウス・レプター」

イーリー
「おいおい、違うだろ。天然かますんじゃねぇよ」

アマデウス
「あいや。ついクセで。――もう1回いいかい?」

イーリー
「愛(う)い奴だなぁ。仕方ない、もう1回だけだぞ」

アマデウス
「へへへ、悪いねぇ」

ピーキー・ピーキー
「……何イチャついてんだ?」

アマデウス
「妬(や)いてるのかい?」

ピーキー・ピーキー
「妬いてねぇ」

アマデウス
「そうかい。では、改めて自己紹介を」
「今のあっしの名は――アマデウス・イーリー」

ヨハネス
「……イーリーって」

ピーキー・ピーキー
「嘘だろ、まさかテメェ」

イーリー
「ああ。こいつ――アマデウスは」
「師匠(オレ)の一番新しい――愛弟子さ」

 

★ ★ ★ ★ ★

 

ピーキー・ピーキー
「敗戦野郎、テメェ魔導師の弟子に成り下がったのか?」

イーリー
「いや、成り下がったって、お前」

アマデウス
「前に言ったろう? 何をしても、何を捨てても、勝利が欲しいんだよ、あっしは」

おはぎ
「そこまでして……」

ヨハネス(ケイミー)
『敵ながら天晴れだね!』

イーリー
「え、滅茶苦茶ディスってない? お前ら師匠(オレ)が目の前にいるって判ってる?」

アマデウス
「まぁ、そういうわけさ。あっしは、イーリー・チシルの弟子となった。この目が黒いうちは、この人にかすり傷ひとつ付けられると思うなよ」

イーリー
「どうだお前ら、キュンとするだろう? これが、師匠(オレ)の弟子だ!」

おはぎ
「はい、キュンとします」

イーリー
「お! お前話が判るな。弟子にしてやろうか?」

おはぎ
「勘弁してください」

ピーキー・ピーキー
「バルトロ」

ヨハネス
「はい」

ピーキー・ピーキー
「手を組むって話、受けてやるよ、相棒!」

ヨハネス
「ありがとうございます。おはぎさんは……」

ピーキー・ピーキー
「あいつは……見てみろ。いつの間にかアホ師弟に取り入って、一味みたいになってやがる」

ヨハネス
「……相変わらず食えない人ですね」

ピーキー・ピーキー
「おれっちがメイン。テメェはサポートだ。いいな」

ヨハネス
「了解です。お任せください」

イーリー
「相談は終わったか? 急造コンビで師匠(オレ)らに勝てると思うなよ。ガキども」

 
★ ★ ★ ★ ★
 

ヨハネス
「何よりもあの木をどうにかするのが先決ですね! ――ケシロ・ケシロ・クラケシロ!」

イーリー
「そんな半端な呪いで、この仙樹(せんじゅ)は枯れねぇよ! 狂い咲き、罅(は)ぜろ、鳳仙花!」

ピーキー・ピーキー
「ハッ! そう言う割りに、射出のスピードが落ちてるぜ! 【仙樹観音(せんじゅかんのん)】!」

アマデウス
「物事には緩急が必要なのさ。こんな風にね!」

  

おはぎ
「暇だ……」
私は、目の前で展開される戦いをぬぼーっと観ていた。
いつの間にか2対2の構図が出来上がっていて、私も一応イーリーさんの陣営に潜り込めた形になってはいるものの、その戦いには入り込めない空気になっている。
「どうしようかな……あ、そうだ。今誰にも注目されてないし、チャンスじゃん」
そこで私は、一週間前に決めた計画を思い出し、その第一歩として魔力を練り上げ――
 
「パパパパッパパー! ドリフトキャンセラー3(スリー)!」
 
固有魔法を発動した。
  

★ ★ ★ ★ ★
  

イーリー
右に魔力の揺れを感じた。
横目で見るとおはぎがテレビゲームのコントローラーのようなものを掲(かか)げていた。
その上部。
本体に繋ぐであろうケーブルは途中で切れており、一見すると、ただのジャンク品だ。
放っておいても問題ない。
しかし微弱ながらも、そこから漏れ出る禍々(まがまが)しい魔力に、心がざわついた。
「なんだ、それ?」
ピーキー・ピーキーに魔法を放ちながら、おはぎに問いかける。

おはぎ
「ドリフトキャンセラー3です」

イーリー
「ドリフトキャンセラー3?」

おはぎ
「略してドリキャス!」

イーリー
「きみはなにをいってるんだい?」

おはぎ
「ドリフトキャンセラー3は、私の第二固有魔法です」
「これは、周囲に漂う、放っておけば消えてしまう魔力を吸収することができるんです。こんな風に」

イーリー
そう言っておはぎは、コントローラーについている青のボタンを長押しした。
すると奴の言うように、闘技場内に漂流している魔力が、そのケーブルからコントローラーへと、勢いよく吸い込まれていく。
――まずい。
――あれを放っておいてはいけない!
直感が告げる。
師匠(オレ)だけじゃない。他の3人も同様に危険信号を感じ取ったらしい。示し合わせたわけでもないのに、皆、標的をおはぎに絞った。
しかし、師匠(オレ)たちの攻撃は届かなかった。

ヨハネス
「え……?」

イーリー
おはぎが何か防衛行動をとったわけではない。
師匠(オレ)たち自身が、攻撃をやめてしまったのだ。

アマデウス
「どういうこったい、これは?」

イーリー
おはぎの姿を見て、戦う相手じゃない、と。単なる一般人だ、と。ありえない勘違いしてしまい、つい、攻撃を止めてしまったのだ。

ピーキー・ピーキー
「なんでだ!?」

おはぎ
「どうしたんですか、皆さん。そんな狐につままれたみたいな顔をして」

イーリー
召喚師は、口の端を吊り上げ、

おはぎ
「では、皆さんがうっかりしている間に、超必殺技(ちょうひ)いきますね」
「上・下・上・下・左・右・左・右・B・A!」

イーリー
コントローラーをカチャカチャし始めた。

おはぎ
「雷挺(らいてい)の鷲(わし)よ」
「炎獄(えんごく)の支配者よ」
「月虹(げっこう)の獅子よ」
「天衣無縫(てんいむほう)の荒武者よ」
「極夜(きょくや)の担(にな)い手よ」
「懺悔(ざんげ)の姫君(ひめぎみ)よ」

「我の呼びかけに応えたまえ、世界にわずかばかりの歪(ひず)みを与えたまえ」

イーリー
コントローラーのケーブルから煙のような禍々しい魔力が吹き出す。
そしてそれは、おはぎを中心に広がると、

おはぎ
「雷王ロック」
「蒼火竜(そうかりゅう)ビルザ」
「鈍獣(どんじゅう)メテオ」
「剣聖(けんせい)バースデイ」
「空喰(そらばみ)うつつ」
「酩酊后妃(めいていこうひ)ヘベレーケ」

「――大・召・喚!」

イーリー
強大な力を持つ6柱(ちゅう)の魔神へと形を変えた。
自らの魔力をほとんど消費せずに複数の魔神召喚をやってのけた召喚師は、表情を崩すことなく、

おはぎ
「じゃあ、首尾よく頼んだよ、うっちゃん」

イーリー
自らが召喚した、白い粘液状の身体に複数の目がついた巨大な餅(もち)のような魔神――空喰(そらばみ)うつつに飲み込まれた。

ピーキー・ピーキー
「食われた!?」

イーリー
おはぎに続くように、他の魔神たちも、ソラバミに飲み込まれていく。

アマデウス
「おいおい、嘘だろう?」

イーリー
自らの主人や、同等以上の力を持つ魔神を飲み込んだソラバミは、浮遊しながら膨張し、闘技場の天井を破壊。
朝は晴天だったが、いつの間にか天気が変わっていたらしい。
ステージ上に天井の瓦礫と、大粒の雨が降り注ぐ。
暗い雨空の下、やがて巨大なクラゲのような形に変わったソラバミは、その無数にある目でこちらを見下ろし、

おはぎ
「ぎゃーおー」

イーリー
間の抜けた、おはぎの声で鳴いた。

  
★ ★ ★ ★ ★
  

ピーキー・ピーキー
「……なんだあれ?」

ヨハネス
「空喰(そらばみ)うつつ。相手を吸収し自分の力に変える、災害級魔神です」

ピーキー・ピーキー
「いや、それは何となく判るんだけどよ。あれ、あんなアホみたいに鳴くのか?」

おはぎ
「ぎゃー――え、アホみたいでしたか?」

ピーキー・ピーキー
「おい、普通に話しかけてきたぞ」

ヨハネス
「……おはぎさん、その魔神の主導権はあなたにあるんですか?」

おはぎ
「今の状態は、空喰(そらばみ)が私を吸収したんじゃなくて。私が空喰を吸収したようなものですからねー。当然、主導権は私にあります。キラリン☆」

ピーキー・ピーキー
「なんでもありかよテメェ」

おはぎ
「あなた達と一緒なら、天使にでも悪魔にでも宇宙犬にだってなれるわ!」

ピーキー・ピーキー
「良いこと言ってる風に言ってるけど、全然よくねぇからな!」

アマデウス
「良いこと言ってる風だったかい?」

イーリー
「さあな。それでおはぎ。そんな姿になって、何のつもりだ?」

おはぎ
「勝つつもりです」

ピーキー・ピーキー
言葉と共に、巨大クラゲの正面の空間が歪み、そこから高濃度の魔力の玉が生まれた。
玉はある程度まで大きくなると、

おはぎ
「ぎゃーおー」

ピーキー・ピーキー
おはぎの咆哮と共に、無数の光弾に変わり、こちらに――いや、チシルが顕現させた大樹に向かって殺到し、跡形も無く消し去った。

おはぎ
「このジュエリーフィッシュモードになった私を見て、生きて帰ったものはいません!」
「と、いいつつ初お披露目なんですけどね」

ピーキー・ピーキー
気の抜けた言葉。
だが、それを見上げるこちらは気が気でなかった。
冷たい汗が吹き出し、全身が冷たくなる。
なんだ、あれは。
なんなんだ、あれは。
あれは人が倒せるものではない。
あんなのは、人知を超えている。
おれっちだけじゃない。
恐怖の傭兵国を統(す)べるバルトロも、伝説の魔導師であるチシルとその弟子の敗戦野郎でも、
あれには勝てない。
思わず後ずさる。
そんなおれっちの姿を見て。

アマデウス
「おいおい、エテ公。まさかお前さん、日和(ひよ)ってんのかい?」

ピーキー・ピーキー
敗戦野郎が、鼻で笑った。
「あ?」

アマデウス
「そうか、見えないから自分では判らないか。仕方ないから親切で教えてやるよ。今のお前さんは『勝てない』
と諦めた奴の目をしている」

ピーキー・ピーキー
「……なら、テメェは勝てるっていうのかよ?」

アマデウス
「余裕のよっちゃんさ。まぁそれは、あっしだけじゃない。だよねぇ?」

ヨハネス
「ハハッ、骨は折れるかもしれませんが、勝てない相手ではありませんね」

イーリー
「愚問だな。師匠(オレ)は大魔導師だぞ。逆に勝てない理由を教えてくれよ」

アマデウス
「ほら。今ここで諦めているのはお前さんだけだよ、ピーキー・ピーキー」
「このまま尻尾を巻いて逃げる負け犬になっちまうかい? 」

ピーキー・ピーキー
冷たい汗が止まった。
「調子くれてんじゃねぇぞ、敗戦野郎」
「テメェら下等種族が勝てて、おれっちが勝てねぇ道理があるわけがねぇだろ」
「あんなクラゲ。フルボッコだ!」

  
★ ★ ★ ★ ★
  

おはぎ
「ぎゃーおー」

ヨハネス
再び光弾が放たれる。
ぼくらはそれを回避し、攻撃を放つ。手ごたえは無い。
それどころか相手は、こちらの魔法攻撃を吸収し、さらに力を増していく。
ピーキー・ピーキーさんには見得を切ったものの、勝利の糸口は未だ見えない。
それは、イーリー師弟も変わらないだろう。
……いや。
本当は、勝利への糸口はすでに見えている。
それは、今しか出来ない方法で。
ぼくにしか出来ない方法で。
だけど――

ヨハネス(ケイミー)
『それはダメだよ、ヨハン』

ヨハネス
ケイミーの囁きに、ぼくは、無言で頷いた。

  
★ ★ ★ ★ ★
  

おはぎ
「どれだけ強かろうと、貴様らは所詮ヒトの子。六の魔神を取り込み、神の域に入った私に勝てるはずもなし」

イーリー
複数の魔神と融合したためか。おはぎは、時間が経つにつれて、態度も大きくなっている。

ピーキー・ピーキー
「調子のってんじゃねぇぞ、もちクラゲ!」

おはぎ
「まだそのような口を叩くとは……げに愚かなる者どもよ。麿(まろ)はもはや飽きたでおじゃる」

イーリー
大きくなっていると言うか、なんか雅(みやび)になっている。

おはぎ
「次の一撃にて、幕引きとしようかの。いとおかし」

イーリー
そんな戯言(たわごと)をほざいて、奴はさらに高度を上げた。
雨に打たれながら、自称神の域に入ったクラゲは、その無数についた目を、ゆっくりと細めた。

おはぎ
「調整とかタルいゆえ、闘技場だけでなく、この地域一帯を滅してやるぞよ」

ピーキー・ピーキー
「――ッ!」

イーリー
「周辺に住んでる一般人も巻き込むことになるぞ?」

おはぎ
「そのつもりでおじゃる」

ヨハネス
「闘技場にいるぼく達は、チシルさんのお弟子さん達が施した結界魔法で復活できるけど」

アマデウス
「堅気(かたぎ)の連中の命は蘇らない。それを判っていて本当にやる気かい?」

おはぎ
「無論におじゃる」

イーリー
「……ハッタリだな。お前があの狐の弟子である以上、そんな仁義の無いことをやる訳がねぇ」

おはぎ
「あはっ」
「あはははははははははは――そなたは大事なことを忘れているでおじゃる」

イーリー
「大事なこと?」

おはぎ
「麿はすでに破門された身。元師匠のポリシーとか、もうね、丸めてポイ!」
「あと、他人の心配されてますけど、イーリーさん達も普通に復活できませんよ? 弟子さんらの魔法ごと滅しますから」

ピーキー・ピーキー
「そんなことしたら、テメェも元に戻れねぇぞ!」

おはぎ
「戻る必要なんてないでしょう。見てくださいよこの姿。ファビラスじゃない? 大バズりじゃない?」

イーリー
「……あのバカ、複数の魔神と融合したせいで、精神がバグってやがる」

ヨハネス
「じゃあ、本気で?」

イーリー
「ああ。奴は本気で、この一帯を焦土に変えようとしている」

おはぎ
「あと3分ほどで極大魔法ぶっ放すんで、止められるものなら、止めてみてくださいね。では――魔力充填開始」

  
★ ★ ★ ★ ★
  

ピーキー・ピーキー
「ざけんじゃねぇぞ、もちクラゲ!」
風魔法に乗って空を飛ぶ。
一直線におはぎだったものに向かっていく。

おはぎ
「ぎゃーおー」

ピーキー・ピーキー
相手の身体についた沢山の目から、ビームが放たれる。

イーリー
「飾(かざ)れ、仙人掌(せんにんしょう)!」

ピーキー・ピーキー
チシルの魔法が、そのほとんどを撃ち落す。
撃ちもらしたいくつかを被弾する。が、この身体には風の防御魔法と、バルトロのかけた痛覚遮断魔法がかけられている。

「つまり、きかねぇんだよ! んな攻撃! ――【神を射殺すおれっちの槍(アルティメットスピア)】!」

固有魔法を発動させ、手元に魔力で練成した最強の矛を顕現。
「とくと味わえ! ――アルティメットラッシュ!!」
その矛で、相手を突く。
突く。突く突く突く突く突く突く突く突く突く――!
相手の周りを飛び回りながら、ガムシャラに突きまくる。
突く、穿つ、抉りとる。すぐに結合が始まるが、関係ない。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!
相手の周りを一周したところで、ステージに向かって叫ぶ。
「これでいいか!? 敗戦野郎!」

アマデウス
「ああ。良いキリトリ線だよ、ピーキー・ピーキー」

ピーキー・ピーキー
敗戦野郎は、ステージの中心で身体を深く沈みこませたかと思うと、次の瞬間には腰に差した刀を抜き放ち

アマデウス
「固有魔法――縁刀之交(えんとうのまじわり)!」

ピーキー・ピーキー
巨大なクラゲの身体が、上下に分断された。
「なんでアイツ、敗戦続きなんだよ……」
しかし、綺麗に分断されたのは一瞬のこと。すぐに結合が始まる。
おれっちは、クラゲの分断された下部分の中心に、飛ぶ前にバルトロから渡された人形を投げ入れた。
「本当にこれで大丈夫なんだろうな、相棒……!」

  
★ ★ ★ ★ ★
  

イーリー
「人形を投げ入れたぞ」
バルトロ12世に告げる。
奴は黒い布で目を隠し、ステージの中心に正座していた。
固有魔法を発動する前準備、らしい。
師匠(オレ)の報告を受け取ったバルトロ12世は、立ち上がり、目隠しをしたままこちらに向かって会釈すると

ヨハネス
「それでは皆様、お先に失礼致します」

イーリー
口元だけで柔らかく微笑み、

ヨハネス
「ナルキオーサ」

イーリー
ピーキー・ピーキーがソラバミの中に投げ入れた人形と、自分の位置を入れ替えた。
雨でずぶ濡れのステージに、乾いた人形が落下。
――数秒後。空に浮かんだ白いくらげが、内側から黒く変色。その足の数本が炭化(たんか)し、崩れ落ちた。

  
★ ★ ★ ★ ★
  

ヨハネス
人形と位置を入れ替える。
入れ替えた途端に圧死する可能性も予測のうちにあったが、幸いなことにそうはならなかった。
本命の予測通り、ソラバミの内部は魔力で作られただだっ広い空間になっていた。
ぼくはその中心で目隠しを外し、固有魔法を発動させる。

「――【焉(アトノマツリ)】」

開いた目を中心に、身体が黒く染まっていく。やがて黒はぼくだけでなく、空間にも染み出していく。
「これにて終演、ってね」
おはぎさんの挑発を受けて、覚悟が固まった。
皆さんに協力してもらって、この状況を作り上げた。
予定通りだ。
予定通りなんだけど、やっぱり少し悔しいな。
多分、これは。
この状況は。
ぼくの意思じゃなく、第三者の意思で作られたものだから。
「ですよね? おはぎさん」
虚空(こくう)に向かって問いかけると、数メートル先の地面からおはぎさんが生えてきた。

おはぎ
「何がですか?」

ヨハネス
「この状況です。おはぎさんは、この状況にするために、魔神と融合したり、市井(しせい)の人々を巻き込むと脅(おど)したりしたんでしょう?」
「ぼくやおはぎさんみたいな、死を前提とした極大(きょくだい)魔法の使い手をあぶり出し、一緒に脱落させるために」
「こういう形式の戦いに、そういう奴が混ざっていたら、興ざめですもんね」

おはぎ
「違いますよ。私は単純に魔神と融合することで危ないヤカラになってしまっただけです。おじゃるおじゃる言ってたでしょ?

ヨハネス
「あのキャラ最後までもってませんでしたよ?」

おはぎ
「え、本当に?」

ヨハネス
「はい」

おはぎ
「あらら、私ってばお茶目さん」

ヨハネス
「ハハッ、それにしても、苦しくないんですか? 全身に800を超える呪いが行き渡っているはずですけど」

おはぎ
「苦しいですよ。脇腹痛いし、ふくらはぎ爆発しそうだし、喉もからからで、一刻も早くスポドリ飲みたいですもん」

ヨハネス
「いや、そんな久しぶりに走った後レベルの痛みじゃないと思うんですけど

おはぎ
「てへっ、酩酊后妃(めいていこうひ)吸収してるから痛覚が遮断されてて……本当は全然痛くないんだお。へべれけっ☆」

ヨハネス
「ハハッ! 腹立つね☆ ハハッ!」

おはぎ
「実際、ダメージは甚大(じんだい)ですよ。もうこの身体も現実では30秒ともちません。ヨハネスさんと心中(しんじゅう)ですね――あ!」

ヨハネス
「どうしたんですか?」

おはぎ
「いや、せっかくラスボス的立ち位置になれたんで、ラスボスお決まりの断末魔しておこうと思って」
「じゃあ、また後で!」

ヨハネス
そう言い残し、地面から生えたおはぎさんは霧散(むさん)した。
「本当に、食えない人だな」
息を吐いて、前のめりで倒れこむ。
その衝撃で、身体がガシャンと割れて――それが、光の粒子に変わった。
「ああ、これが『終わり』か……」
 
「なかなか、綺麗だなぁ」

 
★ ★ ☆ ★ ☆
 

おはぎ
「海洋生物、バンザーイ!!!」

ピーキー・ピーキー
黒く染まった巨大なクラゲは、そんな謎の言葉と共に、轟音を響かせ爆発した。
それと時間をほぼ同じくして、雨が止む。
爆風によって飛び散ったクラゲの肉片は、やがて光の粒子となって消滅し――
数秒後には、脱落したバルトロとおはぎが、チシルの言っていたように観客席に転移していた。

ヨハネス
「がんばれー」

おはぎ
「まけるなー」

ピーキー・ピーキー
切り替えの早い2人の気の抜けた応援を受けながら、上空から敵を見下ろす。
イーリー・チシルとアマデウス・イーリー。伝説の魔導師と歴戦の勇士の師弟コンビ。
その片方。魔導師の方が、こちらを見上げ、人差し指を立ててチョイチョイと招く。
かかってこい、という意味だ。
 
「上等だ。2人まとめてブチ殺してやるよ」
 
アルティメットスピアを握る手に力を込める。
風を操作し、ステージに降りる。

アマデウス
「まとめて……ねぇ。本気でそんなことができると思ってんのかい?」

ピーキー・ピーキー
「できるかじゃねぇ。やるんだ。じゃなきゃ、勝てねぇんだからな!」

アマデウス
「ああ。お前さんの言う通りだ」

ピーキー・ピーキー
「あ?」

アマデウス
「強敵を前に日和ってるようでは、そいつに未来はない。だが、きちんと見極めなきゃならないよ」

ピーキー・ピーキー
「見極める?」

アマデウス
「2対1の『1』側になるのは、お前さんじゃないってことさ」

ピーキー・ピーキー
アマデウス・イーリーはそこで口の端をニヤリと歪め、

アマデウス
「というわけで、師匠。己の未来のために、お前さんを斬らせてもらうよ」

ピーキー・ピーキー
刃先をイーリー・チシルに向けた。

イーリー
「おいおい、愛弟子。気でも触れたか?」

アマデウス
「触れてないさ」

イーリー
「なら、どういうつもりだ?」

アマデウス
「師匠を超えるのが、弟子の仕事だろう?」

イーリー
「確かに……な。いいだろう、まとめて来いよ半端共。己(おのれ)の愚(おろ)かさを、教えてやるよ」

ピーキー・ピーキー
イーリー・チシルから魔力が溢れる。
ステージを突き破って、そこかしこから異界の大樹が何本も生え揃った他、色鮮やかな花々が絨毯(じゅうたん)のように広がり、一瞬でステージを森に変えた。
伝説の大魔導師が掛け値なしの本気になったのだと、否(いや)が応(おう)でも理解させられる。
「テメェのせいで難易度がはね上がっちまったじゃねぇか」

アマデウス
「それを倒してこそ、勇者だろう?」

ピーキー・ピーキー
「うるせぇバーカ」

アマデウス
「いいかい、ピーキー・ピーキー。魔力無尽蔵のあの人を相手に長期戦は不利だ。短くスパッと決めようじゃねぇか」

ピーキー・ピーキー
「言われなくてもそのつもりだ。おれっちが陽動(ようどう)してやるから、テメェが決めろ」

アマデウス
「おや、花を持たせてくれんのかい?」

ピーキー・ピーキー
「師匠を超えるのが弟子の仕事なんだろ」

アマデウス
「……ありがとよ」

ピーキー・ピーキー
「ちゃんと働けよ、な!」
何だかんだ言いつつも、これはチャンスだ。
2人を相手取るよりも、ひとりを相手にする方がいいし、ひとりで戦うよりも2人で戦ったほうが強いに決まっている。
敗戦野郎が裏切る可能性も僅(わず)かによぎったが、すぐに切り捨てる。
もしそうならば、ここで手を組む必要がない。
ステージを蹴って、風魔法を発動。群生した木の隙間を縫って風の道を作り、それに乗る。

イーリー
「罅(は)ぜろ、鳳仙花(ほうせんか)!」

ピーキー・ピーキー
「ハッハー! 当たらねぇよ、バーカ!」

イーリー
「バカはどっちかな? 下を見てみろ」

ピーキー・ピーキー
「あ?」

イーリー
「語れ――喇叭水仙(おとひめ)!」

ピーキー・ピーキー
足元――ステージに所狭しと咲いている黄色い花から、甲高い音が発せられる。
「――っ!」

ピーキー・ピーキー
バルトロのかけた痛覚遮断魔法の範囲外なのか、耳を通して脳が揺れる。
気持ち悪い。吐き気がする。反射的に高度が上がる。

イーリー
「いいのか? そこは、鳳仙花の群生地帯(コロニー)だぞ?」

ピーキー・ピーキー
「クソったれ!」

イーリー
「罅ぜろ、鳳仙花!」

ピーキー・ピーキー
回避は間に合わない。なら――
 
「アルティメットラァァァッシュ!」
 
全て撃ち落すだけだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

イーリー
「ハハハ! すげぇすげぇ、じゃあもっと数を増やしたらどうだ?」

ピーキー・ピーキー
「雑魚がいくら集まっても雑魚なんだよ!」
アルティメットスピアを振るう。
鬱陶(うっとう)しい種の散弾を、切り裂き、突き刺し、叩き落としながら、イーリー・チシルに向かって飛ぶ。
「っつーか、何してんだよ、あの敗戦野郎!」
一切動きが見えない協力者に苛立ちを吐き出す。その刹那――
 

アマデウス
「暗鬼之戯(あんきのたわむれ)」
 

ピーキー・ピーキー
身体が舞った。
意志とは無関係で回転する視界。
その視界に入ったものを見て、理解する。
舞っているのは身体じゃなくて、首だ。
音を消して背後に忍び寄っていたアマデウス・イーリーがその刀で刎(は)ね上げた。おれっちの首。
んだよ。
裏切んのかよ。
だったら最初から組むんじゃねぇよ。

アマデウス
「組もうと提案したときは、本気だったんだ」
「だが、ふと気付いちまった。お前さんみたいな真っ当に強いタイプが、あっしの鬼門だ、と。タイマンになったとき、一番厄介だ、とね」
「だから……悪いねぇ」

ピーキー・ピーキー
んだよそれ。
みっともねぇ理由。
「生き、汚(ぎたね)ぇ……奴だな……【不死鳥】」

アマデウス
「最高の褒め言葉さ【神風】」

  
★ ★ ☆ ☆ ☆
  

ヨハネス
「お疲れ様です」

おはぎ
「よっ、銅メダル」

ピーキー・ピーキー
「……かりそめの死を味わったってのに、余韻(よいん)もへったくれもねぇな」

おはぎ
「そんなの無いほうがよくないですか?」

ヨハネス
「ですよね。あ、ピーキー・ピーキーさんも食べます?」

ピーキー・ピーキー
「なんだそれ?」

おはぎ
「チュロスです」

ピーキー・ピーキー
「それ……どこから持ってきた?」

ヨハネス
「入り口のとこに売店がありまして、そこで買ってきました」

ピーキー・ピーキー
「……お前ら、おれっちの戦い見てたか?」

ヨハネス
「見てましたよ! ちぎっては投げ、ちぎっては投げの激戦で……感動しました!」

おはぎ
「イーリーさんのバックドロップを脇チョップで返した時は流石にシビれました」

ピーキー・ピーキー
「見てねぇじゃねぇか!」

ヨハネス
「そんなに自分のこと見てほしいんですか? 自己顕示欲おばけ?」

おはぎ
「流行ってるタグを入れて、全く関係ない自撮りをアップするタイプの人?」

ヨハネス
「そんなに人に見られたいなら、仲間を集めて陽気に踊るのがオススメですよ」

おはぎ
「ズンズン♪」

ピーキー・ピーキー
「開き直ってずっと何言ってんだよテメェら」

ヨハネス
「ぼくが強くて明るくて元気だって話ですよ」

ピーキー・ピーキー
「そんな話だっけ!?」

ヨハネス
「そんな話ですよ、ね、ケイミー」

ヨハネス(ケイミー)
『うん。ずっとそんな話だった。ね、ジャック』

ヨハネス(ジャック)
『ああ。証拠に他の連中にも聞いてみよう。――頼む、電話に出てくれ!』

ヨハネス
「(他のヨハネス人格を出す or 次の台詞に進む)」

ヨハネス
「ほら、ね? みんなそう言ってますよ」

ピーキー・ピーキー
「頭おかしくなりそうだ」

おはぎ
「こっちの台詞です」

ピーキー・ピーキー
「なんでだよ! つーか、んなくだらないこと言ってないで、目の前の戦い見ろや!」

ヨハネス
「最初からそのつもりです」

おはぎ
「言われるまでもありません」

ピーキー・ピーキー
「わぁ、ぶっころしてぇ」

おはぎ
「野蛮!」

ピーキー・ピーキー
「……マジでぶん殴るぞ」

おはぎ
「ごめんなさい」

ピーキー・ピーキー
「判ればいい。それよりも……目を逸らすな。そろそろ決まるぞ。今のおれっちらの中で、一番強い勇者が」

ヨハネス
「……それはいいんですけど、なんですか、その手」

ピーキー・ピーキー
「いや、チュロスあんだろ。くれ」

ヨハネス
「ありませんよ。自分で売店で買ってきてください」

ピーキー・ピーキー
「じゃあなんでさっき食べるか聞いたの!?」

おはぎ
「礼儀的な?」

ヨハネス
「気遣い出来るところを見せた的な?」

ピーキー・ピーキー
「テメェらは根本的に間違ってる!」

 
★ ★ ☆ ☆ ☆
 

イーリー
「何をギャーギャー言ってんだ、あいつら」
「……まぁいい。そんなことより、愛弟子よ」

アマデウス
「なんだい?」

イーリー
「タイマンになったときに一番厄介なのがピーキー・ピーキーってのは……どういう了見だ?」

アマデウス
「言葉通りの意味さ」
「ああいう、魔法の腕とかじゃなく、鍛え抜かれた身体と、磨き抜かれた力と技で真っ向勝負をしてくる奴っていうのは……昔から不得手なんだよねぇ」

イーリー
「……じゃあ、何か?」
「ピーキー・ピーキーよりも師匠(オレ)の方が御(ぎょ)しやすい。そう判断したってことか?」

アマデウス
相手がこちらを見据える。
その眼は、昏(くら)く冷たい。

イーリー
「少しはマシになったかと思ったが、相変わらず勘の悪い奴だな。アマデウス」

アマデウス
吐き捨て、相手は虚空に右手を伸ばした。

イーリー
「師匠(ししょう)を超えるのが弟子の仕事なら、そんな勘違いをした弟子を叩き潰すのが師匠(ししょう)の仕事だ」

アマデウス
ステージ上に展開していた木や花が、ガラスのように粉々に砕け、

イーリー
「ちなみに師匠(オレ)は重度のワーカーホリックだ」
「易々(やすやす)と仕事を完遂(かんすい)できると思うなよ。馬鹿弟子」

アマデウス
その残骸が相手の突き出した掌(てのひら)に集まっていく。
 

イーリー
「即興固有魔法――苦離殻剣(くりからのつるぎ)」
 

アマデウス
やがてその残骸は、刃渡り5尺(しゃく)ほどの抜き身の大太刀(おおだち)に変化。
相手はその柄(つか)を握り締め、刃先をこちらに向けた。

イーリー
「師匠(オレ)はお前の師匠(ししょう)だからな。特別にお前の土俵で戦(や)ってやるよ」

アマデウス
相手が中段に構える。その姿は、魔法に頼るひ弱な魔導師ではなく、剣の心得を持った、達人のソレだ。
互いににじり寄る。ある範囲まで移動したところで、同時に止まる。
この先、わずかでも進めば相手の射程圏内だと、どちらも理解しているからだ。
相手の動きを窺(うかがう)う。
時間が流れる。それは10分だったか。1分だったか。1秒だったか。それよりも少ない時間だったか。
先に動いたのは、どちらだったか。
ほぼ同時にステージを蹴ったあっしらは、刀を空に滑らせる。
刃(やいば)と刃がぶつかり合うことはなかった。
互いの刃は互いの命を狙い――鮮血が舞った。
手応えはあった。だが……
 
「――ッ!」
 
激しい痛みに膝をつく。
相手の刀は、あっしの身体を左肩から袈裟懸(けさが)けに切り裂いていた。

イーリー
「どうだ。師匠(オレ)は、強いだろ?」

アマデウス
背中越しに相手が問う。
その声には張りがあり、痛みなど感じない。
ピーキー・ピーキーとは違い、相手は痛覚遮断魔法をかけていなかったはずだ。
こちらの刀が届かなかったのか。
だが、手応えはあったはず……
振り返り、その姿を目に入れる。

イーリー
「師匠(ししょう)が聞いてるんだから、答えろよ愛弟子。師匠(オレ)は、強いだろう?」

アマデウス
「……ああ。強い、ねぇ。本当に。お師匠さんは、強い人、だよ」
 
そこには、光の粒子に変わりつつある、イーリー・チシルが立っていた。
血だまりの上に立っていた。

イーリー
「だろ。あ、そうだ。アマデウス・レプター」

アマデウス
「なんだい?」

イーリー
「お前、破門な」

アマデウス
師匠が、上半身だけでこちらを振り返る。
その顔は、冷や汗まみれで。
血の気が引いた真っ白な顔で。
だがしかし、晴れ晴れとした笑顔で。
その笑顔のまま。
こちらの返答を聞かぬまま。
師匠は、光の粒子となって空に溶けていった。
 
「3013戦(せん)2833敗(はい)179分(わけ)――1勝(しょう)」
 
「長かったなぁ。本当に、長かった……」
 
雨に濡れたステージに転がり、壊れた天井から覗(のぞ)く空を見上げる。
先刻まで雨雲で黒ずんでいた空が、いつの間にか晴れ渡り、そこには青と白が広がっていた。
「あの雲、ソフトクリームの上みてぇだ」
お天道様がくれた暖かさにまどろんで、あっしは静かに目を閉じた。
 
★ ☆ ☆ ☆ ☆

 

ピーキー・ピーキー
「よし、じゃあもう一戦だな!」

ヨハネス
「異論なし!」

おはぎ
「私の最終形態でお相手しましょう」

アマデウス
「やらないよ」

ピーキー・ピーキー
「え?」

ヨハネス
「え?」

おはぎ
「え?」

アマデウス
「懲りない連中だねぇ」

イーリー
「実際問題、そろそろこの闘技場のレンタル時間が終了する。もう一戦は無理だ」

おはぎ
「あれ? あと40分はあるはずじゃ?」

イーリー
「誰かさんが、闘技場の天井ぶっ壊してくれたからな。雨水の排出や天井の修繕もやらなきゃいけなくなったんだよ!」

おはぎ
「自分だって調子に乗ってステージにボコボコ穴開けたじゃないですか」

イーリー
「そうだよ、それも含めて修繕すんだよ!」

おはぎ
「じゃあ、よろしくお願いします」

ヨハネス
「よろしくお願いします」

アマデウス
「よろしくお願いします」

ピーキー・ピーキー
「よろしくお願いします」

イーリー
「手伝え!」

ピーキー・ピーキー
「おし、これで元通りだな」

イーリー
「忘れ物はないか? ちゃんと確認しておけよ」

ヨハネス
「はい、先生!」

イーリー
「お、返事いいなお前、弟子にしてやろうか?」

ヨハネス
「それもいいかもしれませんね」

イーリー
「え?」

ヨハネス
「今回レプターさんが一番になったのって、チシルさんの門弟になったことが大きい気がして」

アマデウス
「それは……否めないねぇ」

ピーキー・ピーキー
「屈辱的ではあるが……強くなるためなら……」

おはぎ
「弟子になる、じゃなくって、弟子になってやる、利用してやる。って気持ちで門下に入ったらいいんじゃないですか」

ピーキー・ピーキー
「……テメェ、天才か!」

ヨハネス
「ということで、弟子にしてください」

ピーキー・ピーキー
「おれっちも、弟子にしてくれ!」

おはぎ
「じゃあ、私も」

アマデウス
「じゃあ、再びあっしも」

イーリー
「今の聞いて弟子にする間抜けがいるわけねぇだろうが!」
「この先何があっても、お前らだけは弟子にしてやらねぇ!」

ピーキー・ピーキー
「やっぱりさっきの勝負は納得いかねぇなぁ」

ヨハネス
「ハハッ! ぼくもです」

おはぎ
「そうですか? 私は結構楽しめましたけど」

アマデウス
「あっしは大満足だったけどねぇ」

イーリー
「お前は勝ったからな。まぁ、納得いかないのが人生だ。それでも納得したいなら、またやればいいさ」

アマデウス
「また、ねぇ。予定を合わせて、この場所を借りてってことかい?」

イーリー
「そうだな。ここでもいいし、ここじゃなくてもいい」
「もっと小さな場所も、もっと大きな場所も、もっと荒れた場所も、もっと整った場所もある」
「やろうと思えば、どこでだってできる。だから問題は、お前の誘いにこいつらが乗るかどうか、だな」

ピーキー・ピーキー
「あ?」

イーリー
「こいつらは、特にアマデウスは臆病者の負け犬だ。勝利した相手からの再戦の申し込みに果たして応じるか」

アマデウス
「見くびってるねぇ。あっしは勝負師だよ。戦いの申し出はいつでも受けるに決まってるだろ。それよりも、心配なのはヨハネス・バルトロ12世だ。傭兵という職業上、何度も何度も私闘に興じるかねぇ?」

ヨハネス
「ハハッ! ご心配なさらず。ぼくは全然大丈夫です。それよりも――ぼくとしては、一番気がかりなのはおはぎさんなんですよね。何かこういう誘い、乗ってこない気が――」

おはぎ
「誘われれば普通にやりますよ? こう見えてもフッ軽なんで。っていうか――そもそも、ピーキー・ピーキーさんが誘ってくるとは思えないんですよね。人見知りっぽいし」

ピーキー・ピーキー
「どこを見てだ!? 人見知らずだわ! 誘うわ! 誘い狂うわ! ――覚悟しろよテメェら。やりたくないって言っても、罠にかけて引きずりまわしてやるからな!」

イーリー
「(ため息)挑発に弱いバカばっかりだな」
 
「まったく……ハートのビートをブーストさせてくれるじゃねぇか。ビースト共」
 

ヨハネス
「え、もしかして……」

イーリー
「なんだ?」

ヨハネス
「格好つけました?」

イーリー
「滅茶苦茶カッコいいだろ?」

ヨハネス
「いや、ぼく個人のセンスとしては……マジでクソダサかな、って」

イーリー
「……お前、やっぱり性格悪いだろ」

おはぎ
「じゃあ――閉めましょうか」

ピーキー・ピーキー
「いくらなんでも急すぎんだろ!」

アマデウス
「いや……グダグダ長引きそうな雰囲気もあったし。なかなか絶妙だと思うよ」

イーリー
「確かにな。よし、解散!」

  

ヨハネス(ケイミー)
『そうして、かつての負け犬達は、各々の日常に帰る。納得する明日を目指し、歩いていく』
『第11回シャーロット杯(はい)幕間(まくあい)』
『アンダードッグス!!』
『最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました』

  

ピーキー・ピーキー
「じゃあ――またな、テメェら」

アマデウス
「ああ、また。達者で暮らしなよ」

ヨハネス
「約束はできませんけど、はい、また」

おはぎ
「はいはーい、またねー」

イーリー
「ああ。縁があったら、また会おう」