《あらすじ》

 ヒーローは助言を求め、その診療所に足を踏み入れる。

〈作・フミクラ〉

 

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《協力》 チャット生成AI & 画像生成AI

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《登場人物紹介》

グラスハンマー

破壊と力を求める野心的なヴィラン。
超人的な筋力を持っており、一撃で建造物を粉砕したり、鋼鉄をへし折ったりするぞ! 強者を求め、それに力で勝利することを至上の喜びとする戦闘狂だ!
妹の名はタスミン。グラスハンマーとは色の違うオッドアイの持ち主だ!
男性。

エコーブレイド

音や振動を武器に戦うヒーロー。
かつてはグラスハンマーと同等の実力を持っていたが、現在はそうでもないぞ!
サンバーストも所属するエンバーバーグのガーディアンヒーローのひとりだ!
独自のセンスで全米を魅了するファッショニスタでもあるぞ!
女性。

ナイトメディカ

闇の力を用いた特殊な医療術を用いて仲間を救う、医者のヴィラン。
かつては優れた医師であり、人々の命を救うことに情熱をかけていたが、ある事件によって闇の力に触れ、その力に魅了されてしまったらしいぞ!
性別不詳。


クラウン

高度な戦闘技術と知識を持つ狡猾なヴィラン。
【サーカス】という名の組織に所属し、まだ20代前半でありながら、幾人ものヒーローの前に立ちはだかってきたぞ!
この話に出てはくるが、台詞は一言もないぞ!
男性。

 

《前作紹介》

 

 

 

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《 本文 》

 

エコーブレイド
「すみません。こちらにクリスさんという方はいらっしゃいますか?」

ナイトメディカ
「……どなたからのご紹介ですか」

エコーブレイド
「上司――ヒーロー事務所アークの代表である、オニオンからです」

ナイトメディカ
「知らない人ですね。お引き取りください」

エコーブレイド
「え、でも……」

ナイトメディカ
「お引き取りください」

エコーブレイド
「……失礼しました」

 

――エコーブレイド、診療所を出る。
――数秒後、エコーブレイドが再び診療所に入る。その手にはスマートフォン。

 

エコーブレイド
「すみません、オニオンから電話を代わってほしいと」

ナイトメディカ
「嫌です」

 

――エコーブレイド、スマートフォンでの通話に戻って。

 

エコーブレイド
「断られました。――――はい。――――はい。――――はい。え?――――はい。――――判りました」

 

――エコーブレイド、ナイトメディカに向き直って。

 

エコーブレイド
「『電話を代わってくれなきゃ、そこに私の住民票を移す』だそうです」

 

――ナイトメディカ、エコーブレイドからスマートフォンを受け取る。

 

ナイトメディカ
「何の用ですか? ――――は? 彼女の相談にのれ? 僕に言ってるんですか?」
「――――立場判ってますか? ――――そういうことじゃないですし、医者は医者でも僕はカウンセラーじゃ――」
「――――あまりナメたこと言ってると、血管引きずり出しますよ。――――いりません。それより、お金は払ってくれるんでしょうね」
「――――駄目です。500ドル――――500ドル――――500ドル――――君、この人の上司なんですよね。だったら値切らず、気前よくいきましょうよ――――毎度あり」
「――――は? なんで僕がそこまで――――判りました。こちらからは、その方向にいくような助言は行いません。ですが、その上で本人がその答えを選んだのなら――――嫌です。そこまで責任はもちま――――倍? 1000ドルってことですか? ――――判りました。はい、彼女に代わりますね――はい」

 

――ナイトメディカ、スマートフォンをエコーブレイドに返す。

 

エコーブレイド
「はい、お電話代わりました――――判りました。――――失礼いたします」

 

――エコーブレイド、通話を切り、スマートフォンをしまう。

 

ナイトメディカ
「話は聞きました。悩み相談ですね」

エコーブレイド
「はい」

ナイトメディカ
「お名前は?」

エコーブレイド
「仕事上の悩みなので、そちらでの名前でもよろしいでしょうか」

ナイトメディカ
「構いませんよ」

エコーブレイド
「エコーブレイド。そういう名前で活動しています」

ナイトメディカ
「ああ、君が」

エコーブレイド
「はい?」

ナイトメディカ
「いえ、こちらの話です。ここでは何ですので、ひとまず場所を移しましょう」

エコーブレイド
「はい」

ナイトメディカ
「ではあちらの――病室に」

エコーブレイド
「病室? カウンセリング室とかじゃないんですか?」

ナイトメディカ
「うちにそんな上等なものはありません。そもそも心療内科じゃないので」

エコーブレイド
「でも病室って……入院ってことですか?」

ナイトメディカ
「いいえ。あそこには、僕よりも適任の者がいますので、協力してもらおうかな、と」

 

   ▽

 

――ナイトメディカ、エコーブレイドを引きつれ、病室の扉を開ける。

 

ナイトメディカ
「お時間ありますか?」

グラスハンマー
「いくらでも」

ナイトメディカ
「丁度良かった。お客さんです」

エコーブレイド
「失礼しま――グラスハンマー!?」

グラスハンマー
「あん?」

エコーブレイド
「どういうことですか、先生! 何故グラスハンマーが」

ナイトメディカ
「どうもこうも、知らなかったんですか? ここは、ヴィラン専門の診療所ですよ」

エコーブレイド
「――っ!? どういうことですか。先生もヴィランなんですか?」

ナイトメディカ
「もちろん。ナイトメディカと申します」

エコーブレイド
「お前があの、ナイトメディカ……!」

ナイトメディカ
「パニックですよね。安心してください。僕もです。まさかあの銀ピカがここまでクレイジーだとは思いませんでした」

グラスハンマー
「一体何の話してんだ?」

ナイトメディカ
「簡単に言いますと、かくかくしかじか、というわけです」

グラスハンマー
「それで説明できたと思うなよ」

ナイトメディカ
「乗りかかった船ですし、君の悩み相談にはきちんとのるつもりなので、今はヒーローとヴィランの関係性は忘れて、互いに荒事はなしでいきましょう」

エコーブレイド
「冗談じゃない。ヴィランに相談なんてできるか」

ナイトメディカ
「別に僕は構いませんが、君は上司であるオニオンからの言葉を受けてここに来たんですよね? いいんですか? 組織人としてそういう態度で」

エコーブレイド
「それは…………そう、だな。お前の言うとおりだ。すまなかった」

ナイトメディカ
「さすが、どこぞの新人バーサーカーとは違いますね。では、お悩みをお聞かせ下さい」

エコーブレイド
「……ここで言うのか?」

ナイトメディカ
「はい」

エコーブレイド
「その、あまりあいつには聞かれたくないんだが……」

グラスハンマー
「あ?」

ナイトメディカ
「我慢してください。君の仕事上の悩みならば、僕よりも彼のほうが的確な助言ができる可能性が高いので」

グラスハンマー
「はァ?」

エコーブレイド
「……それも、そうか」

 

――エコーブレイド、深く息を吐いて

 

エコーブレイド
「ヒーローを続けるべきか、それとも引退すべきか――それが、今の私の悩みだ」

ナイトメディカ
「……そうですか」

グラスハンマー
「ちょっと待て」

エコーブレイド
「なんだ」

グラスハンマー
「お前、ヒーローなのか?」

エコーブレイド
「え?」

ナイトメディカ
「え?」

グラスハンマー
「え?」

エコーブレイド
「本気で言ってるのか?」

グラスハンマー
「なんだその反応……もしかしてお前、俺と戦ったことあるのか?」

エコーブレイド
「え……」

ナイトメディカ
「いやいや、冗談はよしてください。先日も戦ったばかりですよね?」

グラスハンマー
「はぁ? 俺が?」

ナイトメディカ
「脳みそビー玉なんですか?」

エコーブレイド
「……よく判ったよ。お前からしたら私は、すでに引退しているようなもの、そう言いたいんだな」

ナイトメディカ
「ちょっ、ちょっと待ってください! おい、ジャンボスイカ」

グラスハンマー
「なんだ、豆もやし」

ナイトメディカ
「表に出ろ。あ、君はそこに座っていてください」

 

 ――ナイトメディカ、グラスハンマーを連れて病室を出ると、ドアを閉めて、グラスハンマーに向き合う。

 

ナイトメディカ
「質(たち)の悪い冗談はよしてください。彼女がヒーローをやめたらどうするんですか」

グラスハンマー
「駄目なのか? あいつが誰かは知らねえけど、ヒーローなんだろ? 俺らヴィランからしたら天敵なわけだし」

ナイトメディカ
「ええ。ええ。そうですよ。そうですとも。ヴィランからしたら、ヒーローなんていないにこしたことありませんよ。でも、今回は違うんです。この相談を機に彼女がヒーローやめてしまうなんてことがあったら依頼報酬が半分になってしまうんです」

グラスハンマー
「金かよ」

ナイトメディカ
「金だよ」

グラスハンマー
「つーかあの女。ヒーローをやめるかどうかの相談をしておいて、実際やめるってことになったら料金半額にしろって言ってんのか? 頭おかしいんじゃねえの?」

ナイトメディカ
「いえ、お金を払うのも、そんな条件を出したのも、彼女の上司のオニオンです」

グラスハンマー
「ああ、だから依頼報酬、か」

ナイトメディカ
「ええ。断ったら3割り増しでウザくなると脅(おど)されました」

グラスハンマー
「災難だな」

ナイトメディカ
「とにかく、彼女にヒーローをやめられたら困るんです。だから、不用意な発言はよしてください」

グラスハンマー
「不用意な発言?」

ナイトメディカ
「なんですか、そのアホ面(づら)。判りますよね? 相手のこと知っているくせに知らないフリして――あの質の悪い冗談は、一体何のつもりなんですか?」

グラスハンマー
「何のつもりも何も。本当にあいつのこと知らねえんだって」

ナイトメディカ
「まだとぼけるつもりですか? エコーブレイドですよ。エコーブレイド。一体何年戦ってきたんですか。ていうか昨日ライバルだと言ってましたよね。そんな相手を知らないわけないでしょうが」

グラスハンマー
「……エコーブレイド?」

 

――グラスハンマー、病室のドアを開け、先ほどまで自身が寝ていたベッドに腰を下ろし、対面のベッドに座るエコーブレイドをまじまじと見つめると

 

エコーブレイド
「な、なんだ」

グラスハンマー
「マジだ。エコーブレイドだ」

エコーブレイド
「は?」

ナイトメディカ
「え、本当に判ってなかったんですか?」

グラスハンマー
「いや、だって、いつもの格好じゃねえし」

ナイトメディカ
「プライベートなんだから当然でしょう」

グラスハンマー
「なんかパジャマ着てるし」

ナイトメディカ
「それは僕も気になりましたけど」

エコーブレイド
「最近買ったから」

ナイトメディカ
「何ですかそのバカみたいな理由」

グラスハンマー
「っていうかお前、ヒーローやめる気なのか?」

ナイトメディカ
「っていうかが過ぎる!」

エコーブレイド
「悩んでいる」

ナイトメディカ
「……」

グラスハンマー
「市民連中のことが嫌いになったか?」

エコーブレイド
「そうじゃない。基本的にこの町の人たちのことは大好きだし、できるならば、この先も彼らを守り続けたいと思っている」

グラスハンマー
「なら、続けりゃいいじゃねえか」

エコーブレイド
「そんな単純なものじゃないんだ」

グラスハンマー
「あ?」

ナイトメディカ
「どういうことですか?」

エコーブレイド
「これを見てくれ」

 

――エコーブレイド、カバンから雑誌『コロラドウォーカー』を取り出す。

 

グラスハンマー
「コロラドウォーカー?」

ナイトメディカ
「その三文雑誌(さんもんざっし)がどうしたんですか?」

エコーブレイド
「この雑誌では毎年この時期になると、こんな風にヒーローやヴィランを特集した号が出るんだが――その中に、ランキングコーナーがあって――」

ナイトメディカ
「好きなヒーローとか、嫌いなヴィランとかを決めるやつですよね。考えた編集者も、OK出した編集長も、まんまと投票した読者も、みんなセンスが死滅してますよね。『来年消えそうなヴィラン』とか考えた奴は特に」

グラスハンマー
「根に持ってんな」

ナイトメディカ
「ヴィランですからね」

グラスハンマー
「何も言えねえ」

エコーブレイド
「その『好きなヒーロー』ランキングで今年私は、何位だったと思う?」

グラスハンマー
「19位だろ?」

エコーブレイド
「19位だったんだ」

グラスハンマー
「いや、うん」

エコーブレイド
「去年は15位。一昨年は11位。その前は10位。6年前は1位だったのに……これがどういうことか判るか?」

ナイトメディカ
「『うまくいけばビンゴが揃う』?」

グラスハンマー
「左の縦一列?」

エコーブレイド
「人気が落ちているということだ」

ナイトメディカ
「まぁ、そうですよね」

グラスハンマー
「つまり、人気が落ちたからやめるってことか?」

エコーブレイド
「そうじゃない。私はそもそも人気がほしくてヒーローになったわけじゃない。だから、そんなことでやめたりはしないはずだ」

ナイトメディカ
「しないはず?」

グラスハンマー
「じゃあ何なんだよ今の話は」

エコーブレイド
「話の枕だ」

グラスハンマー
「……続きをどうぞ」

エコーブレイド
「昨日のことだ。うちの支部に、本社から社長が視察に訪れた」

グラスハンマー
「へえ」

エコーブレイド
「社長は支部の様子をくまなく見た後、みんなを集めて、サンバーストを叱った。内容はナイトメディカのアジトを襲ったことについて」

ナイトメディカ
「社長としては当然の行いですね」

エコーブレイド
「説教が一段落すると、社長は急に私を呼び、サンバーストの隣に並べて、表彰式を始めた」

グラスハンマー
「表彰式?」

エコーブレイド
「視察に来たときに時々やるんだ。サンバーストは初めての戦闘で、グラスハンマーに勝利したことや、その戦いっぷりを表彰された」

ナイトメディカ
「説教されたと思ったら表彰ですか……高低差が酷いですね。さすがの彼女も、唖然としたんじゃないですか」

エコーブレイド
「いや、目を輝かせて普通に喜んでいた」

ナイトメディカ
「……切り替えが早いのか、反省していないのか、それともただの阿呆か」

グラスハンマー
「おそらく3番目だな。それで、お前はなんで表彰されたんだ?」

エコーブレイド
「私は、戦いでの立ち回りを」

グラスハンマー
「立ち回り?」

エコーブレイド
「お前の言いたいことは判る。私はここ最近、ヴィランとの戦いで大した活躍をしていない。去年捕縛(ほばく)したヴィランは2人だけだし、お前には負けっぱなしで、直近(ちょっきん)の2戦においては、サンバーストが来るまでの足止めしかできなかった。戦いで表彰されるような覚えはない。だから私はそのことを社長に伝えた。すると社長は――」
「『私たちの戦いは、一般の人たちからするとエンタメです。だから、ただの戦闘では不十分。主役である勝者や敗者の他にも、魅力的な脇役が必要なんです。たとえば、主役が現れるまで持ちこたえる足止め役とかね。その意味では、君は最高の仕事をしていますよエコーブレイド。これからも、仲間達の引き立て役として、力を尽くして下さいね』そう言った」

グラスハンマー
「それで、お前は何と答えたんだ?」

エコーブレイド
「何と答えたと思う?」

ナイトメディカ
「『七光りの分際で偉そうに』?」

グラスハンマー
「上司相手にそれはねえだろ」

エコーブレイド
「答えは――『はい』だ」

ナイトメディカ
「……」

グラスハンマー
「お前は本当にそれでよかったのか?」

エコーブレイド
「……頷(うなず)いた私に対して、社長は首をかしげて言った『了承したんですよね。ならば何故、そんな不満顔をしているんですか? 理解できませんね。これだから女性は』と」

ナイトメディカ
「このご時世(じせい)に女性蔑視(じょせいべっし)ともとれる発言……いつのサタデーナイトフィーバーからタイムスリップしてきたんですか、あのミラーボールは」

エコーブレイド
「そして、再び聞かれた。『これからも、仲間達の引き立て役として力を尽くして下さい。答えは《はい》ですか?』と。それに対して、私はなんと答えたと思う?」

ナイトメディカ
「『セクハラ、パワハラのセ・パ両リーグ制覇おめでとうございます』?」

グラスハンマー
「言うかそんなこと」

エコーブレイド
「答えは――『はい』だ」

ナイトメディカ
「何ですかこの全米イチ答え甲斐のないクイズ」

グラスハンマー
「言い返さなかったのか? 昔のお前なら――」

エコーブレイド
「間髪入れず返しただろうな。引き立て役なんてまっぴらごめんだ。私は脇役じゃない主役なんだ、って。だが、今の私にはそんな風に言い返せるだけの実績がない」

ナイトメディカ
「……」

エコーブレイド
「そのことに気づいたときに思ったんだ。もうやめようかな、と」

グラスハンマー
「つまり、引き立て役にはなりたくないけど、主役にも返り咲けそうにないから、ヒーローをやめるってことか?」

エコーブレイド
「……そこが、判らない」

グラスハンマー
「あ?」

エコーブレイド
「いや、きっとそうなんだろう。そうなんだろうけど……自分でもよく判らないんだ」

グラスハンマー
「何言ってんだお前」

エコーブレイド
「私がヒーローを目指したのは、この町の人々の笑顔を守りたかったからだ。ならば、彼らの笑顔をひとつでも多く守れるのであれば、引き立て役でも構わない。そう考えるはずだろう」

ナイトメディカ
「……確かに。それならば引退を考えるのは道理が通りませんね」

エコーブレイド
「そうなんだ。だから戸惑っている。私は何故あの言葉で引退を考えたのか……」

グラスハンマー
「……本当か?」

ナイトメディカ
「え?」

エコーブレイド
「何?」

グラスハンマー
「本当にお前は町の人々の笑顔を守りたいからヒーローになったのか?」

エコーブレイド
「どういうことだ」

グラスハンマー
「お前――カッコつけてないか?」

エコーブレイド
「カッコなど――」

グラスハンマー
「だってお前、元々はそんな奴じゃなかっただろ」

エコーブレイド
「……は?」

ナイトメディカ
「そうなんですか?」

グラスハンマー
「ああ。初めて戦った時はヒーローのくせに市民の避難誘導なんて一切なし。こっちに向かって一直線。ヒドいときはパニックになっている善良なオッサンを『うるさい』つって蹴り飛ばしたりもしてたな」

ナイトメディカ
「酷い……」

エコーブレイド
「それは、若い頃だから」

グラスハンマー
「いや、若い頃こそ、初心を忘れてない、つうか初心のはずだろ。あれはどう見ても市民の笑顔を守りたい奴の戦い方じゃなかったぞ?」

エコーブレイド
「そんなことは……」

グラスハンマー
「あと、ずっと気になっていたんだが――なんでファイトスタイルを変えたんだ?」

ナイトメディカ
「? どういうことですか?」

グラスハンマー
「ああ、お前は知らないか。元々エコーブレイドは俺と同じ、自分がメインとなって戦う近接ストライカーなファイトスタイルだったんだが、5年くらい前から突然、なんだあの、衝撃波?」

エコーブレイド
「ソニックブーム」

グラスハンマー
「を多用するサポート型の遠距離シューターになったんだ」

ナイトメディカ
「急に、ですか?」

グラスハンマー
「ああ、急に」
「自分でも判ってるだろうし、敵だからあえて言わなかったけどよ、今のスタイルになってから滅茶苦茶弱くなってんぞ、お前」

ナイトメディカ
「よく知らないのですが、そんなに変わったんですか?」

グラスハンマー
「以前のエコーブレイドの戦闘力を100とすると、今のあいつは――6くらいだ」

ナイトメディカ
「そこまで?」

エコーブレイド
「……」

ナイトメディカ
「エコーブレイドさん、どうしてそんなスタイルチェンジを?」

エコーブレイド
「それは……ロブスターキッドさんがヒーローを引退したことで、私が支部の最年長ヒーローになったから」

ナイトメディカ
「何故、最年長になったら、スタイルを変える必要があるんですか?」

エコーブレイド
「最年長が、自分勝手に戦うのはみっともない、から……」

ナイトメディカ
「みっともない?」

エコーブレイド
「最年長は落ち着いて、周りを見て、若者たちのサポートしつつ戦うもの、だろう?」

グラスハンマー
「そんな奴もいるにはいるが……」

ナイトメディカ
「もしかして、誰かからそういう風にしなければならないと吹き込まれたんですか?」

エコーブレイド
「吹き込まれたと言うか……偶然観たテレビで言ってて」

グラスハンマー
「テレビ?」

エコーブレイド
「5年前。朝のニュース番組で、私とネプトゥーンの戦いが取り上げられていたんだが、その中でコメンテーターの元バスケットボール選手が言ったんだ」
「『エコーブレイドの戦い方は幼稚で独りよがりでみっともない。若い頃ならまだしも、今や支部の最年長で、この戦い方はいただけない。年長者たるもの、自分を殺し、後ろに下がって次の世代のサポートに徹するくらいじゃなきゃ、仲間はついてこないし、間違いなくファンはいなくなる』と……だから、私は反省して……」

グラスハンマー
「バカなのか?」

エコーブレイド
「え?」

ナイトメディカ
「激しく同感です。こんなバカ、久しぶりに見ました」

エコーブレイド
「ええ?」

グラスハンマー
「んだよ元バスケ選手って。んな奴のいう事いちいち間に受けてんじゃねえよ」

エコーブレイド
「だ、だが、なんとかいうチームでキャプテン経験もあるってテロップで紹介されてたし、SNSフォロワー数も全米19位って……業種は違うけど、それだけの実績と人気を兼ね備えている人の言葉を無下(むげ)には」

ナイトメディカ
「そのコメンテーターというのは――」

――ナイトメディカ、スマホを操作し、画面をエコーブレイドに向ける。

ナイトメディカ
「この人ですか?」

エコーブレイド
「あ、ああ! この人だ! 有名な人なんだろ?」

ナイトメディカ
「ええ。とても有名ですよ。的外れな発言で炎上ばっかりしてますから」

エコーブレイド
「ええええ!?」

グラスハンマー
「知らなかったのか? そいつのことなら俺でも知ってるぞ」

エコーブレイド
「基本的にテレビは、音楽番組しか見ないから……」

ナイトメディカ
「……なんとなく、君という人間が理解できました」
「君は、自分を好きでいてくれる人たち――いわゆるファンに、嫌われたくないという気持ちが強すぎるんですね」

エコーブレイド
「ファンに、嫌われたくない……」

ナイトメディカ
「だから、自分がヒーローを目指した理由も忘れて、嫌われないような立派な理由をでっち上げている」

エコーブレイド
「……」

ナイトメディカ
「だから、よく知らない有名人の『間違いなくファンはいなくなる』という発言を受けて、大事な戦闘スタイルを変えてしまった」

エコーブレイド
「……」

ナイトメディカ
「だから、こちらが聞いてもいない、この話に無関係なはずの『好きなヒーローランキング』で順位が下がった話を、突然話に入れ込んだ。無意識で気づいていたんでしょうね。これが引退を考える原因の一端だって」

エコーブレイド
「……」

ナイトメディカ
「合わない戦闘スタイルでは成果が出ないのは当然。だけど君は、ファンが離れないようにその戦闘スタイルを続けた。それなのにランキングの順位は年々落ち、挙句、所属事務所の社長からは引き立て役と言われて――疲れやストレスが限界を超えてしまったんですよ。引退を考えるほどに」

グラスハンマー
「なら、若い頃にオッサンを蹴り飛ばしたことはどうなる? あれ、間違いなくそのオッサンから嫌われるぞ?」

ナイトメディカ
「きっとその時は、嫌われたくない、なんてこと考えてなかったんじゃないですか? あるいは、そのおじさんが自分のことを知らない、ファンでもない相手だから気にならなかった、とか」

グラスハンマー
「気にならなかった?」

ナイトメディカ
「おそらく、エコーブレイドさんは、不特定多数の人に嫌われるのが怖いというより、自分のことを好きになってくれた人が離れていくのが怖いんですよ。だから知らないおじさんは蹴り飛ばすコトができた」

エコーブレイド
「……」

グラスハンマー
「イカれてんな」

ナイトメディカ
「そうですか? 割と真っ当だと思いますよ」

エコーブレイド
「……全て合点(がてん)がいった。その推察はたぶん正解だ。思い返してみると、ここ数年の私のヒーロー活動は『ファンに嫌われない』ことを第一にしていた気がする」

ナイトメディカ
「……」

エコーブレイド
「だから、か。だから私は、引退を考えたのか。これ以上ファンに嫌われるのを防ぐために……」

 

   ▽

 

グラスハンマー
「引退を考えた理由が判明した。ってことは、どうするかも決まったな」

エコーブレイド
「そうだな。私は――」

グラスハンマー
「(同時に)続けるんだな」

エコーブレイド
「(同時に)引退するよ」

グラスハンマー
「は?」

エコーブレイド
「え?」

グラスハンマー
「何言ってんだお前? 話聞いていたか?」

エコーブレイド
「お前こそ何を聞いていた。私はファンに嫌われたくないんだ。でも、このままヒーローを続けていても、ファン離れは進むばかり。だから、その前にスパッと引退して、これ以上ファンに嫌われないように――」

グラスハンマー
「いや、それは、お前が今の戦い方を続けている場合、だろ?」

エコーブレイド
「え?」

ナイトメディカ
「言ってましたよね。6年前はランキングで1位だったって」

エコーブレイド
「ああ。それがどうした?」

グラスハンマー
「ここまで言っても判らないのか?」

エコーブレイド
「何がだ?」

ナイトメディカ
「君のファンが離れた1番の要因は、5年前に戦闘スタイルを変更したこと。そう言っているんです」

エコーブレイド
「……っ!」

グラスハンマー
「元のファイトスタイルに戻ってヒーローを続けろ。そうすりゃあ、引き立て役なんて言われることもなくなるだろ」

ナイトメディカ
「離れたファンも戻ってくるかもしれませんしね」

エコーブレイド
「……」

グラスハンマー
「これで、落着だ」

ナイトメディカ
「解決してみればなんてことなかったですね」

グラスハンマー
「色々考えたら腹減っちまったな。ピザでもとるか」

ナイトメディカ
「診療所内に強い匂いの食べ物を持ち込むのは禁止です。食べたいんだったら外で食べてきてください」

グラスハンマー
「俺今入院中なんだけど?」

ナイトメディカ
「ほとんど完治しているので、今すぐにでも退院してもらっても構いませんよ」

グラスハンマー
「お、言ってみるもんだな。そうと決まればケーキバイキングだ」

ナイトメディカ
「ピザじゃないんだ」

エコーブレイド
「待ってくれ」

グラスハンマー
「んだよ。まだ何かあんのか?」

エコーブレイド
「お前たちの言うように元の戦闘スタイルに戻ったとして、本当に離れたファンが戻ってくるのか?」

グラスハンマー
「あ?」

エコーブレイド
「自分で言うのも何だが、昔の私は、野蛮(やばん)で品性の欠片(かけら)もなく、その戦闘スタイルも、周囲への気配りなど存在しない、目の前のヴィランを倒すためには、民家の1軒や2軒、平気で巻き込むものだった。今の時代、そんな奴が愛されると思うか?」

ナイトメディカ
「それは……」

エコーブレイド
「そして、そんな私に戻るということは、今の私を応援してくれるファンさえも手放してしまうことになるんじゃないのか?」

グラスハンマー
「……」

ナイトメディカ
「……」

エコーブレイド
「それなら、このまま引退するほうがいいんじゃ――」

グラスハンマー
「そんなことはない。ファンは戻ってくるし、今のファンも離れない」

エコーブレイド
「何を根拠に」

グラスハンマー
「根拠?……直感?」

ナイトメディカ
「うわ、脳筋回答が炸裂した」

エコーブレイド
「直感だと? そんなもの信じられるか」

グラスハンマー
「結構当たるんだぜ。少なくとも、炎上コメンテーターの予測よりはな」

ナイトメディカ
「それは、間違いありませんね」

エコーブレイド
「……」

グラスハンマー
「それにただの直感じゃねえ。百戦錬磨(ひゃくせんれんま)のベテランヴィラン、グラスハンマー様の直感だ」

エコーブレイド
「……どういう意味だ?」

グラスハンマー
「色んなヒーローと戦ってきたから、肌感(はだかん)で何となく判るんだよ。人気になるヒーローと人気にならないヒーローの違いがな」

エコーブレイド
「本当か!?」

ナイトメディカ
「なるほど、ヴィランとしての経験に裏打ちされた直感と言うわけですか」

エコーブレイド
「それで、違いとは一体何だ」

グラスハンマー
「それはな――」
「強い奴は人気出るし、弱い奴はそんなに人気出ない!」

エコーブレイド
「なっ!?」

ナイトメディカ
「わー、今世紀最大のビッグニュースだー」

グラスハンマー
「オフレコで頼むぜ」

エコーブレイド
「ふざけるな!」

グラスハンマー
「……」

エコーブレイド
「何がビッグニュースだ! 何が百戦錬磨のベテランヴィランだ! 何が経験に裏打ちされた直感だ! そんな子供でも判るようなことを偉そ、うに…………っ!」

グラスハンマー
「気づいたか? そういうことだ」

エコーブレイド
「……」

グラスハンマー
「あと、俺たちときちんと向き合って全力で戦う連中は、弱くても人気があったりするな。例えばドライナイトとかキャンディーストリートとか」

ナイトメディカ
「向き合って全力で戦う?」

グラスハンマー
「簡単に言えば、戦いの最中は敵のことしか見えていない猪(いのしし)みたいな奴のことだ。お前が知っている奴でいえば、サンバーストとか」

ナイトメディカ
「うわ、苦手なタイプ」

グラスハンマー
「――かつてのお前もそうだったろ、エコーブレイド」

エコーブレイド
「……そう、だな。そうだったな。確かにあの頃は、敵しか――お前しか見えてなかった」

――グラスハンマー、一度大きく息を吐いて。

グラスハンマー
「一生のお願いだ」

エコーブレイド
「……なんだ」

グラスハンマー
「あの頃に戻ってくれ、エコーブレイド」

エコーブレイド
「……」

グラスハンマー
「そして再び戦場で会った時は、あの頃と同じように、俺だけを見てくれ」

エコーブレイド
「……」

グラスハンマー
「最年長だとかファンだとか小難しいことは一切忘れて――思う存分壊しあおうぜ、スーパーヒーロー」
「俺は一流のお前と、もっともっと壊しあいてえ」

エコーブレイド
「…………バーカ」

 

   ▽

 

ナイトメディカ
「いやぁ、カッコいいですねグラスハンマーさん。サインもらっていいですか? 宛名(あてな)は『俺だけを見てくれ』で」

グラスハンマー
「……性根が腐ってやがる」

ナイトメディカ
「ヴィランですからね」

グラスハンマー
「何も言えねえ」

ナイトメディカ
「でも、安心しました。これで報酬を満額受け取れます」

グラスハンマー
「金かよ」

ナイトメディカ
「お金以外ないでしょう。ヒーローの引退を止める理由なんて」

グラスハンマー
「そりゃあ……そうだな」

ナイトメディカ
「と言っても、彼女は数日後に引退に追い込まれることになるわけですし、僕らのやったことは引退を少し遅らせただけに過ぎないんですが」

グラスハンマー
「どういうことだ?」

ナイトメディカ
「忘れたんですか? 彼女はサーカスの次の標的ですよ」

グラスハンマー
「……あ、そうか。そういえばアイツそんなこと言ってたな」

ナイトメディカ
「引退を引き止めた分少しだけ心苦しい部分はありますが、まあ、割り切りましょう」

グラスハンマー
「そうだな」

ナイトメディカ
「……想像以上にドライですね?」

グラスハンマー
「どういうことだ?」

ナイトメディカ
「いや、俺だけを見てくれさんは俺だけを見てくれと言っていたので、彼女に対してある程度の情を持っていたと思ったのですが」

グラスハンマー
「何でもいいけど、その呼び方やめろ」

 

   ▼▽▼

 

――2日後
――エンバーバーグ 3番街

エコーブレイド
 住宅街を警邏中(けいらちゅう)、集団に囲まれた。
 囲まれたと言っても、見える範囲では5人程度。遠巻きから隠れて見ているのがその3倍……いや、さらにその倍か。殺気のこもった視線を感じる。
 姿を見せた5人のうちのひとり、この集団のリーダーと思(おぼ)しき青年が、独特の訛(なま)りを利かせた口調で自らの集団について語った。
 サーカス。
 その名前は知っていた。
 何人ものヒーローを引退に追い込んだヴィラン集団。
 きっと今の私では勝てない相手。
 今の戦闘スタイルでは勝てない相手。
 自己紹介を終えた青年たちは、芝居がかった動きで胸に手を当てお辞儀した後、戦闘の構えをとる。
 私は、口の端(はし)をゆがめて笑って見せた。
「お遊戯(ゆうぎ)の時間はもうおしまい。おねんねの時間だよ、ビリー坊や」
 左耳に装着したヘッドホン。その側面についたボタンを連続して5回押す。
 ヘッドホンを通じて流れてきたのは『スネーキンザポスト』の『ノーウェイアウト』。
 最高にクールなイカしたハードロック。あの頃の私に戻るスイッチ。
 周りのことを一切気にかけず、獲物を食らうことしか考えない、獣の私になる儀式。
「全部で――35人か」
 相手が息を呑む。何で判るかって? 判るに決まっている。私はエコーブレイドだ。
「子守歌はセルフサービスだ。今のうちにお気に入りのキッズソングを走馬灯(そうまとう)のプレイリストにセットしておきなよ」
 間違いなくこの付近の家々(いえいえ)に被害が出るだろう。
 建物だけでなく、この戦いに無関係な人に怪我を負わせてしまうかもしれない。
 きっと世間からは叩かれる。
 今の私を好きなファンも離れていくかもしれない。
 いいだろうか。
 よくはない。
 よくはないが……仕方ない。
 だって、もう約束をしちゃったんだもの。
 再戦の約束を。
 ファンのみんなよりも、付き合いの長い友人と。
 そんなヤツとの約束を、破るわけには、いかないもんな。
 なあ、悪友(グラスハンマー)。
「全員平等に半殺しにしてやるから、逃げるなよ――糞餓鬼ども」

 

   ▽

 

――翌日
――ナイトメディカの診療所

ナイトメディカ
「今日のニューバブルタイムズの一面、見ましたか?」

グラスハンマー
「……駅で買ったわ。ほら」

ナイトメディカ
 グラスハンマーが、新聞を受付台に広げる。
 広げた一面の大見出しには『サーカス壊滅』の文字。
 その下には、汚れと返り血に塗(まみ)れたベテランバーサーカーの写真と、捕縛された被害者達の顔写真が載っている。
 勿論、その中にはクラウンの写真も。
 記事によると、彼はサーカスの首謀者だったらしい。
「……僕らのせいじゃないですよね?」

グラスハンマー
「違うだろ。単純に連中よりも、エコーブレイドの方が強かった。それだけだ」

ナイトメディカ
「……グラスハンマーさ」

グラスハンマー
「ん?」

ナイトメディカ
「なんか、嬉しそうですね」

グラスハンマー
「……はッ、ほざきやがれ」

 

グラスハンマー
「昔からのライバルが復活したんだ。嬉しくないわけがねえだろ」

ナイトメディカ
「これだから、戦闘狂は」

グラスハンマー
「ヴィランだからな」

ナイトメディカ
「……何も言えねえ」

 

 

 

《次の話》