《あらすじ》

 リベンジを誓うヴィランの前に、そのヒーローは前触れなく現れる。

〈作・フミクラ〉

 

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《協力》 チャット生成AI & 画像生成AI

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《登場人物紹介》

グラスハンマー

破壊と力を求める野心的なヴィラン。
超人的な筋力を持っており、一撃で建造物を粉砕したり、鋼鉄をへし折ったりするぞ! 強者を求め、それに力で勝利することを至上の喜びとする戦闘狂だ!
好きな食べ物は、タマゴサンドだ!
男性。

オニオン

ヒーロー兼タレント事務所【アーク】の3代目社長にしてヒーロー。
強力なヒーロー能力を持っていると噂されるが、その戦いを見た者は誰もいないらしいぞ!
銀色のものを好んで身につけるため、常にキラキラしているんだ!
男性。

ナイトメディカ

闇の力を用いた特殊な医療術を用いて仲間を救う、医者のヴィラン。
かつては優れた医師であり、人々の命を救うことに情熱をかけていたが、ある事件によって闇の力に触れ、その力に魅了されてしまったらしいぞ!
性別不詳。


クラウン

高度な戦闘技術と知識を持つ狡猾なヴィラン。
【サーカス】という名の組織に所属し、まだ20代前半でありながら、幾人ものヒーローの前に立ちはだかってきたぞ!
ほとんど台詞がないので、オニオンかグラスハンマーとの兼ね役推奨だ!
男性。

 

《前作紹介》

 

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《 本文 》

 

――アメリカ コロラド州 エンバーバーグ 某テナントビル3階・診療所

――病室にて、医療用ベッドに座っているグラスハンマーと、その傍らに立つナイトメディカ。

ナイトメディカ
「新しいことをはじめるとき、人は期待してしまうんですよ。何かいいことが起きるんじゃないか、と」

グラスハンマー
「そうかもな」

ナイトメディカ
「僕も人の子です。ご多分に漏れず、診療所を一新したからには何かいいことが起こるかもしれないと期待したのですが……最初のお客様が君という時点で、その期待は捨てたほうがいいかもしれませんね」

グラスハンマー
「あ? 何だよそれ?」

ナイトメディカ
「だって君、常連じゃないですか」

グラスハンマー
「常連って言い方合ってるか?」

ナイトメディカ
「少し想像してみてください。君はとあるジャズバーのマスターです」

グラスハンマー
「心理テストか?」

ナイトメディカ
「ある日、区画整理のため、お店を移転することになりました」

グラスハンマー
「うん」

ナイトメディカ
「新しいお店は以前よりも人通りの多い場所――都会にできました。扱うドリンクの種類も増え、内装もハイセンスに、音響設備も充実し、外観もずっとクールになりました」

グラスハンマー
「要は、全体的にランクアップしたってことか」

ナイトメディカ
「そういうことです。新しいジャズバーでの営業初日。緊張しながら最初のお客さんを待つ君。やがてドアが開き、記念すべき1人目のお客様がお店に足を踏み入れます」

ナイトメディカ
「『(訛って)こごがあっだらすい店がー、ながながいいんでねぇのマスター』」

グラスハンマー
「誰?」

ナイトメディカ
「以前からの常連です」

グラスハンマー
「なんでそんな訛(なま)ってんだ?」

ナイトメディカ
「だって、ジャズバーの常連ですよ?」

グラスハンマー
「だから?」

ナイトメディカ
「もしかして知らないんですか? 馴染みのジャズバーがある人って、全員地方出身者なんですよ。田舎の。だから常連しかいないジャズバーは田舎なんです。そうなれば訛るでしょ、普通に」

グラスハンマー
「偏見しかない!」

ナイトメディカ
「ヴィランですからね」

グラスハンマー
「何も言えねえ」

ナイトメディカ
「と、ここで質問です。以前の常連客が、新店舗のお客様第1号であると知ったとき、マスターである君は、そのことについてどう思いますか?」

グラスハンマー
「は? 普通に……来てくれてありがとう、とか。安心した、とかじゃねぇか?」

ナイトメディカ
「その通り『お前かよ』です」

グラスハンマー
「言ってないけど」

ナイトメディカ
「ええ、仰るとおり『心機一転の機会だったのに出鼻くじくんじゃねぇよ、カカシがよ』です」

グラスハンマー
「仰ってないけど」

ナイトメディカ
「『せっかくいい場所にできたのに、新しい未来を夢見たのに、もう台無し。どんなにいい店にしたところで、最初の客が常連の時点で前と一緒! あーあ、この店の未来見えたわ。どんなにお洒落なジャズを流しても全部イモくさいカントリーミュージックになっちゃうわ! トーキョーでベコ飼う歌になっちゃうわ! ジャズバーじゃなくてじゃがいも畑になっちゃったわ! オラこんな店イヤだ!』ですか……気持ちは判りますが、それは流石に言い過ぎかと」

グラスハンマー
「お前がな」

ナイトメディカ
「まあ、そういうことです」

グラスハンマー
「何がどういうことだよ」

ナイトメディカ
「それくらい、初めてのお客様は重要だ、ということです。オーナーはそのお客様を見て、店の未来を占うほどに」

グラスハンマー
「へえ、そんなもんかね」

ナイトメディカ
「故に、新たにオープンした店舗に常連が1番最初に訪れる行為は、その店のオーナーの心と希望をへし折る行為に他なりません」

グラスハンマー
「……全然共感できねぇ話だが……つまり、常連である俺がこの病院の――」

ナイトメディカ
「診療所」

グラスハンマー
「この診療所の最初の患者になったせいで、ここがじゃがいも畑になったってことでOK?」

ナイトメディカ
「はい。そういうことです」

グラスハンマー
「あ、本当にそういうことなんだ」

ナイトメディカ
「おかげでじゃがいもを育てなければならなくなりました。どうしてくれるんですか? 責任とって種イモを買ってきてください」

グラスハンマー
「例え話じゃねぇんだ。っていうかそういうことなら、俺らみてえな常連は数に入れなきゃいいんじゃねぇか?」

ナイトメディカ
「はい?」

グラスハンマー
「いや、だから――常連には新しくオープンする場所を事前に伝えてるだろ?」

ナイトメディカ
「もちろん。大事なお得意様ですから」

グラスハンマー
「そうなれば他の連中よりも訪れる可能性が高まるのは当たり前で、実際俺も事前にお前から場所を聞いてたから来れたわけだし。だから、そういう連中は継続客としてカウントし、お前から連絡をもらっていないのにここに辿り着いた完全新規の客を第1号とすればいいんじゃねぇか?」

ナイトメディカ
「……姑息(こそく)じゃないですか?」

グラスハンマー
「いいんじゃねえか? だって俺らはヴィランだろ?」

ナイトメディカ
「……確かに。そうですね」

グラスハンマー
「だろ?」

ナイトメディカ
「ありがとうございます。その提案を採用させていただきます。おかげでじゃがいも畑からジャズバーに戻れました」

グラスハンマー
「いや、病院だろ」

ナイトメディカ
「診療所です」

 

――来客が訪れたことを知らせる音が流れる。

 

グラスハンマー
「お、噂をすれば、客じゃねぇの?」

ナイトメディカ
「失礼します」

 

――ナイトメディカ、グラスハンマーの病室を出る。

 

 

――ナイトメディカ、グラスハンマーの病室に入る。

 

グラスハンマー
「戻ってくるの早くないか? どうした?」

ナイトメディカ
「最悪です」

グラスハンマー
「最悪?」

ナイトメディカ
「診療所がドブになりました」

グラスハンマー
「んだそりゃ?」

 

――グラスハンマーの病室のドアがスルスルと開き、オニオンが足を踏み入れる。

 

オニオン
「人の顔を見るなり引き返すというのは、大人としてどうかと思うんだけど――」

 

――オニオン、ベッドに座るグラスハンマーに気付き、彼の前に移動する。

 

オニオン
「グラスハンマー様ですね。わたくし、こういうものです」

 

――グラスハンマー、オニオンから名刺を受け取る。その名前を目にした瞬間、素早くベッドから下りて、オニオンから距離をとりながら構える。

 

グラスハンマー
「その派手なスーツ。どこかで見覚えがあると思ったら――アークの社長さんが、一体何の用だ」

オニオン
「重たい圧をかけてきますね。もしかして、私と戦うつもりですか? 知ってますよね。私の祖父――アークの2代目社長が時を操る伝説のヒーロー――クロノメイジだということは」

グラスハンマー
「はっ、それがどうした。お前のジジイがどんなに凄かろうが、お前がどんなに強かろうが、売られた喧嘩を買わない理由にはならねぇよ」

オニオン
「おや、怖い怖い。ですがご安心ください。事を構えるつもりはありません。私は単純にグラスハンマー様と“オハナシ”をしにきたんです」

グラスハンマー
「“オハナシ”だ?」

オニオン
「それに考えてみてください。私はこれでもヒーローです。ヒーローが傷ついたヴィランのアジトを不意打ちで襲撃するはずがないじゃないですか」

グラスハンマー
「……前に1度、お前んとこのヒーローに襲撃されたが?」

オニオン
「そうです」

グラスハンマー
「そうです?」

オニオン
「今回私は、その件も含めて“オハナシ”にきたのです。では先にそちらから」

 

――オニオン。緩やかな動きで身体を屈め、床に膝と掌をつき、頭を下げる。

 

オニオン
「先(さき)のサンバーストによる狼藉(ろうぜき)の件、誠に申し訳ございませんでした」

グラスハンマー
「は?」

オニオン
「これもひとえに、我々の監督不行き届きによるものであり、代表者として心から謝罪いたします」

グラスハンマー
「急に何だ?」

オニオン
「これは、ドゲザといって、日本に伝わる最上級の謝罪のポーズです」

グラスハンマー
「……そうか。いや、そういうことじゃなくてだな……アークの社長ともあろうもんが、そんな簡単に俺のようなヴィランに頭を下げていいのか?」

オニオン
「……? 所属ヒーローが粗相(そそう)をしたら相手方に謝罪する。ヒーロー事務所の社長として当然の行いではありませんか?」

グラスハンマー
「そうかもしれねぇけど……いいのか?」

 

――ナイトメディカ、オニオンの謝罪姿をスマホで連写している。

 

ナイトメディカ
「『【悲報】ヒーロー事務所アークの社長、ヴィランに屈服』……見出しとしてはパッとしないけど、まぁいいかな。写真の色味が派手だし」

グラスハンマー
「こんな風に悪いやつに写真撮られて、ネットに上げられちまうぞ?」

オニオン
「――クリスくん」

ナイトメディカ
「誰のことを言っているんですか。僕はナイトメディカですよ、ミスターオニオン」

オニオン
「別にネットにアップしてもいいけど、その時は――一生君に付きまとうことになるからね」

ナイトメディカ
「……ほんの冗談です。全部削除しますよ」

オニオン
「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じていたよ」

 

――オニオン、再び顔をグラスハンマーに向ける。

 

オニオン
「――グラスハンマー様」

グラスハンマー
「なんだ」

オニオン
「サンバーストには、もう2度とあのような過ちは犯させません。いえ、彼女だけではなく、彼女を含めた弊社所属のヒーロー全員に、今1度、徹底したマナー教育を行い、今後誰1人、2度とヒーローとしてあるまじきことが起きないよう努めます。ですからどうか、弊社とその所属であるサンバーストをお許し頂けないでしょうか。――この通りです」

 

――オニオン、額を地面にこすりつける。グラスハンマー、少し引いてる。

 

グラスハンマー
「許すも何もすでに終わったことだし、そもそもヒーローとヴィラン間(かん)でそういう一般的な許すとか許さないとかないだろ。だから、顔上げろ。身体を起こして立ち上がれ。そんな風に謝られると、何か……心地悪い」

オニオン
「ありがとうございます。その慈悲深きお心に深く感謝いたします」

 

――オニオン、ゆっくり立ち上がり、衣装の汚れをはたくと、スーツの内ポケットから厚い封筒を取り出す。

 

オニオン
「ほんの気持ち程度ではありますが――どうぞ、お納めください」

グラスハンマー
「……何だこれ」

オニオン
「慰謝料を含めた謝礼金です。5万ドルほど入っております」

グラスハンマー
「んなもん受け取れるか」

オニオン
「足りませんか?」

グラスハンマー
「そういうことじゃねぇ。ヴィランがヒーローから金なんか受け取るわけねぇだろ、つってんだ」

オニオン
「そう仰らず。今回のことだけでなく、グラスハンマー様には日頃からお世話になっておりますので」

グラスハンマー
「は? 世話なんてしてねぇよ」

オニオン
「いえ、グラスハンマー様が弊社の新人であるサンバーストと戦って頂いたおかげで、早くも彼女はヒーローとして世間に広く認知される存在となりました。いえ、サンバーストだけではありません。過去にはエコーブレイドやバベルなども、グラスハンマー様とのやりとりのおかげで、世間の認知度を上げることができました。誠に感謝しております」

グラスハンマー
「それは連中の頑張りであって、俺に感謝することじゃねえだろ」

オニオン
「何を仰るんですか。我々がヒーローでいられるのは、あなた方、敵対するヴィランが存在するからです。光が強ければ影も濃くなるように、相手のヴィランの知名度が高ければ高いほど敵対するヒーローの知名度も上がりやすくなる。しかもそんな相手に勝利したサンバーストの場合、尚更。今日は痛み分けと聞きましたが、それもまた話題に――」

グラスハンマー
「もしかしてお前……おちょくりにきたのか? もし、そのつもりなら――」

オニオン
「先ほども申したように、事を構えるつもりはありません。そもそも人の目やカメラのレンズのない場所で血を流すなんて馬鹿げている。そう思いませんか?」

 

――オニオン、虚無的な微笑を浮かべる。それを目にしたグラスハンマー、再び構える。

 

グラスハンマー
「……誰の血が流れるって?」

オニオン
「わざわざ口にしなきゃ判らないほど子供ではありませんよね?」

グラスハンマー
「それは、挑発と取って良いんだな?」

ナイトメディカ
「……どうでもいいですけど、ここでの戦闘はやめて下さいね。賃貸(ちんたい)なので」

グラスハンマー
「(ため息)……だとよ」

オニオン
「もちろん」

 

――グラスハンマー、ベッドの上にあぐらをかいて座る。

 

グラスハンマー
「――何であろうと、そんな金は受け取れねえ。帰れ」

オニオン
「いいえ、お納めいただくまで、ここを動きません」

グラスハンマー
「なら、ずっとそこにいるんだな」

ナイトメディカ
「それは僕が困ります。というか、先ほどから気になっていたのですが、アークの本拠地はカリフォルニアのエコヴィスタですよね。わざわざグラスハンマーに謝罪するためだけにここまで来たんですか?」

オニオン
「まさか」

グラスハンマー
「まさか!?」

オニオン
「ここに来たのは、エンバーバーグ支部の視察、そのついでだよ」

グラスハンマー
「……普通そういうの、俺の前で言う?」

オニオン
「ああ、いえ。ついでと言っても謝罪の気持ちも感謝の気持ちも本物ですよ。だからこそ、本当は部下に任せてもいいのに、わざわざ私自ら足を運び、金まで出してるんです。レアですよ、レア。ですから、ほら。お納めくださいよ、ほらほら」

グラスハンマー
「時間経つごとにメッキがはがれてねぇか?」

オニオン
「これは失礼いたしました。わたくしどもの誠意、どうか、お納めください」

グラスハンマー
「だから受け取らねえって」

ナイトメディカ
「いいんじゃないですか」

グラスハンマー
「何が」

ナイトメディカ
「お金、受け取って」

グラスハンマー
「お前、本気で言ってんのか?」

ナイトメディカ
「あって困るものではないですし。一般的に、ヒーローがヴィランから金銭を受け取るのはアウトだと思いますが、ヴィランがヒーローから金銭を受け取るのは何ら問題ないのでは? ……ヒーローがヴィランに金銭を渡すのはアウトだと思いますけどね」

オニオン
「クリスくんの言うとおりです。気兼ねなく、どうぞお納めください。……その程度ならもみ消せるから問題ないよ」

グラスハンマー
「多くの連中の考えるヴィランはそうかもしれねえ。だが、俺の考えるヴィランはヒーローから金なんて受け取らねえんだよ」

オニオン
「……」

ナイトメディカ
「……」

オニオン
「どうやら意志はお固いようですね」

グラスハンマー
「ああ」

オニオン
「それなら仕方ない。――当分ここで暮らすか」

ナイトメディカ
「やめてください」

オニオン
「大丈夫。家賃はきちんと払うから」

ナイトメディカ
「そういう問題ではありません」

オニオン
「大丈夫。問題ない!」

ナイトメディカ
「……おい、緑のたぬき」

グラスハンマー
「なんだ、黒いぶた」

ナイトメディカ
「何でもいいからとっとと受け取ってくれませんか? これ以上あの銀ピカがいると、空気が濁(にご)ります」

グラスハンマー
「悪いな。そう言われても、曲げられねぇもんは曲げられねぇんだ――俺は、不器用だからよ」

ナイトメディカ
「これだからカッコつけは――そうだ、オニオン」

オニオン
「ん?」

ナイトメディカ
「そのお金は一旦僕が預かって、今後、グラスハンマーの治療代をそこから払う形にする、というのはありですか?」

オニオン
「うん、なるほど。グラスハンマー様がそれでいいのなら――」

グラスハンマー
「駄目だ」

オニオン
「駄目だってさ」

ナイトメディカ
「どうしてですか? この場合、君は受け取ったことにはならないんですよ?」

グラスハンマー
「そうだな。だがそれは金を受け取っていないだけだ。結果的にヒーローから施(ほどこ)しを受けることになる。それは俺の考えるヴィラン像からするとありえねぇ」

オニオン
「残念です」

ナイトメディカ
「……では、こういうのはどうでしょうか。今までグラスハンマーが破壊した建物や公共物の修繕費(しゅうぜんひ)にあてる、というのは」

 

――グラスハンマー、あごに手を当て数秒思案する。

 

グラスハンマー
「……それなら……ああ。構わねぇよ。勝手にやってくれ」

ナイトメディカ
「良かった。では――」

オニオン
「それは無理」

ナイトメディカ
「どうしてですか?」

オニオン
「昔からヴィランによる被害修繕は、国が直ちに行うことになっていて、個人も法人も関わってはいけないことになってるんだよ」

グラスハンマー
「そうなのか。知らなかった」

オニオン
「それに、グラスハンマー様による被害修繕を全額負担するとしたら、5万程度では……」

ナイトメディカ
「……君、ロクなもんじゃないね」

グラスハンマー
「ヴィランだからな」

ナイトメディカ
「何も言えねえ」

グラスハンマー
「――あ」

オニオン
「どうしました?」

グラスハンマー
「お前はサンバーストがアジトを襲撃したことの謝罪で、俺に金を渡そうとしてるんだよな?」

オニオン
「あと、彼女達と敵対するヴィランであることに対して、ですね」

グラスハンマー
「でも1番大きいのは――主な理由は、謝罪だよな?」

オニオン
「そうですね」

グラスハンマー
「なら、見当違いだ」

オニオン
「とは?」

グラスハンマー
「サンバーストが襲ったのは俺のアジトじゃねえ。あいつの――ナイトメディカのアジトだからな」

オニオン
「……」

グラスハンマー
「だから金は俺じゃなくてナイトメディカに渡せ。それでこの話は終(しま)いだ」

ナイトメディカ
「……いや」

グラスハンマー
「いや?」

オニオン
「渡してますよ。すでに。振込みで」

グラスハンマー
「は?」

ナイトメディカ
「受け取ってますよ。1週間前に。振込みで」

グラスハンマー
「はぁ!?」

ナイトメディカ
「当然でしょう。あの暴れ鳥のせいで大事な拠点を失ってしまったんですから。アークにはきっちり慰謝料請求しました」

グラスハンマー
「……ちなみに、いくら受け取ったんだ?」

ナイトメディカ
「73万ドルです」

グラスハンマー
「引く金額ー……」

オニオン
「なので見当違いではなく、これは正真正銘、グラスハンマー様への謝礼金です。お納めください」

 

――オニオン、上半身ごと頭を下げて、封筒を持った両手をグラスハンマーに向けて突き出す。

 

グラスハンマー
「だから、いらねえっつうの」

 

――オニオン、グラスハンマーの言葉を受けると、顔を上げ、左の腕時計を見てため息。

 

オニオン
「そろそろ、いい加減にしてもらえませんか?」

グラスハンマー
「あぁ?」

オニオン
「――先程はああ言いましたが、ぶっちゃけ、いつまでもここにいるわけにはいかないんすよね。私アークの社長だし。そろそろ戻らないと秘書になじられてしまうし。さっきからスマホに仕事のメッセージが届きまくってるみたいだし」

グラスハンマー
「知らないし。ならさっさと帰れよ」

オニオン
「そう思うんだったら、とっとと受け取ってもらっていいっすか? ほら、どうぞ。どうぞどうぞどうぞ」

グラスハンマー
「いらないっつってんだろ! 押し付けてくんじゃねえよ!」

オニオン
「いつまで意地張ってんすかぁ。5万ドルっすよ、5万ドル。大金っすよ~。欲しいっしょ? 欲しいはずだ。欲しい顔をしている。見るからに欲しがり屋さんだもん。銭ゲバ面(づら)だもん。ほらあげますから。お納めくださいよ、ほらほらほら」

グラスハンマー
「キャラどうしたんだよお前! やめろ! 服の中に入れようとすんじゃねえよ!」

 

――グラスハンマー、しつこく押し付けてくるオニオンの手を叩(はた)き落とす

 

オニオン
「痛っ!」

 

――オニオン、右肩を抑えて地面にうずくまる。

 

グラスハンマー
「あ、つい」

オニオン
「……」

グラスハンマー
「その、すまん」

オニオン
「いったあああああああああああい! 完全に折れたあ! 指の骨がべきべきに折れたあ! 肩も外れたあ! いったああああああああい!」

グラスハンマー
「大げさすぎんだろうが! ちょっと叩(はた)いただけで、骨が折れるか! 肩も外れるわけねぇだろ!」

オニオン
「実際、折れてますからねッ! 実際、外れてますからねッ! 実際のところッ! 実際のところッ!」

ナイトメディカ
「……ここが診療所で、僕が医者だってこと忘れてませんか? さすがにそんな嘘は――」

オニオン
「嘘じゃないし! そんなに疑うなら確認してみなよッ!」

ナイトメディカ
「いいんですね? 本当に確認しますよ」

オニオン
「うん」

 

――ナイトメディカ。オニオンを触診し、やがて目を見開く。

 

ナイトメディカ
「……本当だ。右手の親指、人差し指、中指が折れて、肩も外れてる」

グラスハンマー
「はぁ!?」

 

――オニオン、脂汗をかきながら、その口に微笑を浮かべる。

 

オニオン
「だから、嘘じゃないって、言ったでしょう――さて、グラスハンマーさん、どうして頂けますか?」

グラスハンマー
「どうするも何も、俺よりメディカだろ。おい、メディカ、治してやれねえか?」

ナイトメディカ
「もちろんです」

オニオン
「クリスくん、治すのは、ちょっと待って」

ナイトメディカ
「え?」

オニオン
「これは、暴行事件だ。だから、加害者であるグラスハンマー様から、先に慰謝料として治療費を頂かないと」

ナイトメディカ
「!」

グラスハンマー
「まさかお前……このために!」

オニオン
「何のことでしょうか。クリスくん、いや、ナイトメディカ様。この怪我を治療するためには、どれくらいのお金が必要ですか?」

ナイトメディカ
「……そうですね。ここまでの重傷を治すには――5万ドル。丁度5万ドルかかりますかね」

グラスハンマー
「メディカ、お前もか!」

オニオン
「そういうわけです。現在のお手持ちは、いかほどですか?」

 

 

ナイトメディカ
あの後結局、グラスハンマーはオニオンから5万ドルを受け取った。
そしてそのお金を、相手の治療費として僕に支払った。
結果としてグラスハンマーに謝礼を手渡すことに成功したヒーロー事務所の社長は、僕が治した右肩をグルグルと回しながら、意気揚々(いきようよう)と帰っていった。
目がチカチカするし、単純にウザったいし、もう2度と現れないでほしいものだ。

グラスハンマー
「おい、極寒(ごっかん)チュパカブラ」

ナイトメディカ
「なんですか、常夏(とこなつ)イエティ」

グラスハンマー
「お前、あの詐欺師の総本山みたいな奴と顔見知りだったのか?」

ナイトメディカ
「……学生時代のクラスメイトです。と言っても、その頃は一度も話したことなかったんですけどね。まだヴィランになる前――7年前の大戦で偶然再会して――今は、用事があればメールをする程度の知り合いです」

グラスハンマー
「だからか」

ナイトメディカ
「何がですか?」

グラスハンマー
「いや、なんかあいつ、お前に似てるな、と思ってよ」

ナイトメディカ
「きっしょ」

グラスハンマー
「きっしょ?」

ナイトメディカ
「今度そんなこと言ったら絶交しますからね」

グラスハンマー
「そんなに!?」

ナイトメディカ
「詐欺師扱いされているヒーローに似ていると言われて、愉快になるヴィランがいると思いますか?」

グラスハンマー
「それもそうか」

ナイトメディカ
「それよりも問題は、あの銀ピカ七光りのせいで、この新しい診療所がドブになってしまったということです」

グラスハンマー
「は? ……あ、ああ。まだその話してんのか。っていうか、ドブって……随分な表現だな」

ナイトメディカ
「今思えば、常連である君を最初のお客様としてカウントしているほうがまだマシでしたね。じゃがいも畑で良かったのに、高望みして……僕はなんて愚かだったんでしょう。おかげでこの診療所のお先は真っ暗です」

グラスハンマー
「最初の客が誰かなんて気にしなくていいと思うけどな」

ナイトメディカ
「そういうわけにはいきません」

グラスハンマー
「じゃあ……こういうのはどうだ?」

ナイトメディカ
「ん?」

グラスハンマー
「ここはそもそもヴィラン専門の病院だから――」

ナイトメディカ
「診療所」

グラスハンマー
「ヴィラン専門の診療所だから、ヒーローのあいつはノーカウント。仕切りなおして、次に来た常連じゃないヴィランで、ここの将来を占うっていうのは」

ナイトメディカ
「……」

グラスハンマー
「どうだ、この案」

ナイトメディカ
「……君は、見た目よりもずっと賢かったんですね」

グラスハンマー
「へへ、よせやい」

ナイトメディカ
「ありがとうございます。その提案を採用させていただきます」

 

――来客を知らせる音が流れる。

 

グラスハンマー
「噂をすれば、だな」

ナイトメディカ
「失礼します」
グラスハンマーの病室を出て、診療所の入り口に向かう。
思わず早足になる。
入り口には、見知らぬ男が立っていた。
線の細い、若い男だ。洒落た男だ。
赤と白を基調とした仕立てのいい衣装に身を包み、艶のある金の髪を後ろに撫で付けている。
僕も含めた大多数のヴィランは、一目見ただけで相手が同属か判断できる。
彼は間違いなく、僕らと同属――ヴィランだ。
つまり、彼がこの診療所の最初のお客様。
この診療所の未来を占う――

クラウン
「こんにちは! オイラ、ヴィランをやっとりますクラウンちゅうもんです。ちょっと腕さ怪我すつまったんだけど、医者先生はいらっすぇますか?」

ナイトメディカ
「――小麦畑、かな」

クラウン
「小麦畑?」

ナイトメディカ
「とりあえず、小麦の種子を買ってきてください。詳しい話はそれからです」

 

《次の話》