《あらすじ》

最 終 決 戦 ! !

            〈作・キムタク〉

  
  
  
    ○●○●○●○●○
  

《登場人物紹介》

勇者(ゆうしゃ)
勇者。長き旅の果てに、魔王のもとへ辿りついた。性別未定。

魔王(まおう)
魔王。永き時を生きるこの世界の支配者。性別未定。

セレネ(せれね)
美容師。長居する客が苦手。性別未定。

シモン(しもん)
美容師。名が知れたカリスマ美容師。性別未定。喋らない。

  
    ●○●○●○●○●
  
  
  
    ★ ★ ★
  

《 本文 》

魔王
「ようやくここまで辿りついたか。勇者よ」

勇者
「……魔王!」

魔王
「長き旅路ご苦労。ここが、貴様の旅の終着点だ」

勇者
「終わらせるさ。この旅も、世界を包むお前の支配もな!」

魔王
「わしに向かってそう吠えた勇者は貴様で丁度197人目だ」

勇者
「何が丁度なんだ。キリが悪いじゃないか!」

魔王
「そう吠えた勇者は貴様で丁度50人目だ」

勇者
「くっ……! そこは本当に丁度なのか……!」

セレネ
「いらっしゃいませ、こんにちは」

魔王
「こんにちはー」

セレネ
「ご予約はお済みですか?」

魔王
「ああ、はい。14時に。シモンさん指名で」

セレネ
「――ご予約のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

魔王
「あ、ヒカル・イジューインです。一週間前にネット予約したんですけど、入ってますか?」

セレネ
「少々お待ちください」

魔王
「初めてだったので、もしかしたら……」

セレネ
「確認とれました。ご安心ください。入ってますよ」

魔王
「あ、良かったー」

セレネ
「少々そちらでお待ちください」

魔王
「はーい」

 

   ✂

 

勇者
「初めてのネット予約……か。――あはは、あははははははは――!」

魔王
「何がおかしい」

勇者
「今まで美容室のネット予約をしたことのない者が、この世界の支配者である魔王などと……これを笑わずして、何を笑うというんだ」

魔王
「そういう貴様は――」

勇者
「32回」

魔王
「32回?」

勇者
「私がこれまでに美容室のネット予約をした回数だ」

魔王
「なん……だと!?」

勇者
「しかも、全て違う店舗だ」

魔王
「ば、バカな! 店舗によって予約の仕方が違うだろうに、そんなこと――」

勇者
「そんなことができるから、私は勇者なんだ」

魔王
「……なるほど。今までの者たちとは、一味も二味も違うようだな」

セレネ
「ヒカル・イジューインさんとショー・アイカワさん、準備ができましたので、こちらへどうぞ」

勇者魔王
「「はーい」」

 

   ✂

 

セレネ
「こちら、本日イジューインさんを担当させていただきます、シモンと」

 

 

セレネ
「アイカワさんを担当させていただきます、セレネです。よろしくお願いします」

魔王(イジューイン)
「よろしくお願いします。ところでシモンさんは」

セレネ
「申し訳ございません。シモンは声ではなく念波で会話する種族の生まれでして――この念波、親しい者にしか聞こえないんです。なのでここでは、私が代弁するという形をとらせて頂いております」

魔王(イジューイン)
「そういうことでしたか。判りました。もし、先ほどのわしの発言が不愉快に感じたのであれば、申し訳ございません」

 

 

セレネ
「『滅相もありません。こちらこそ失礼になっていたらすみません』だそうです」

魔王(イジューイン)
「いえいえ、そんなことは」

セレネ
「それで、おふたりはどのような髪型をお望みでしょうか?」

勇者(アイカワ)
「――こういう感じでお願いします」

 

 

セレネ
「お任せください。――イジューインさんは」

魔王(イジューイン)
「スマホを出して何をするかと思えば、流行りの髪型を表示して注文するとは……ネット予約がどうこうと偉そうなことを抜かしていたが、所詮その程度の器、ということか」

勇者(アイカワ)
「どういうことだ」

魔王(イジューイン)
「見せてやろう。魔王の力を! その強大さを! シモンさん!」

セレネ
「『はい』と言っています」

魔王(イジューイン)
「――おまかせで」

勇者(アイカワ)
「おまかせ……だと!? 最終決戦前にそんなハイリスクな――!?」

魔王(イジューイン)
「ふん、貴様とはくぐった死線の数が違うのだ。わしは、どんな場面でもリスクを恐れない。どんな場面でも『おまかせ』ができる魔王なのだ! ……貴様に、同じことができるか? 勇者よ」

勇者(アイカワ)
「くっ……!」

魔王(イジューイン)
「できるわけがない、そうであろう? 身の程を知ったのなら、尻尾を巻いて故郷に帰ることだ、子猫ちゃん」

勇者(アイカワ)
「……セレネさん」

セレネ
「はい」

勇者(アイカワ)
「私も……」

魔王(イジューイン)
「ま、まさか、貴様……」

勇者(アイカワ)
「私も」

魔王(イジューイン)
「嘘だ」

勇者(アイカワ)
「私も」

魔王(イジューイン)
「できるわけがない!」

勇者(アイカワ)
「私も――おまかせで!」

魔王(イジューイン)
「やりおったぁぁぁぁ!」

勇者(アイカワ)
「見たか魔王! これで……イーブンだ!」

魔王(イジューイン)
「……認めよう」

勇者(アイカワ)
「なに」

魔王(イジューイン)
「貴様は、紛れもなく真の勇者だ。我が生涯最大最強の敵だ。敬意を表して、今夜の決戦は最初から全力で叩き潰してやろう!」

勇者(アイカワ)
「望むところだ!」

セレネ
「申し訳ございません」

勇者魔王
「「ん?」」

セレネ
「うちに『おまかせ』のシステムはないんです。なので、ご自身で髪型を指定してもらうことになります。……その旨(むね)はネットにも書いてますけど、お読みには?」

 

 

勇者魔王
「「こういう感じで」」

 

   ✂

 

セレネ
「アイカワさんとイジューインさんは、どうしてうちの美容室を選ばれたのですか?」

勇者(アイカワ)
「ああ、ネットでバズってたのを見て。ここカリスマ美容室なんですよね」

セレネ
「カリスマ美容室?」

魔王(イジューイン)
「わしは夕方のテレビでシモンさんの特集を観まして。その技術に惚れたんです」

セレネ
「イジューインさんの理由は判るのですが……アイカワさんのは少々間違っている気が……」

勇者(アイカワ)
「どういうことですか?」

セレネ
「うちは別にカリスマ美容室じゃないですよ」

勇者(アイカワ)
「え?」

セレネ
「確かにシモンは巷(ちまた)ではカリスマ美容師と呼ばれていますが……私も他の従業員も、そんなふうに呼ばれたことはございませんし。あ、シモンがイジューインさんに『ありがとうございます』だそうです」

魔王(イジューイン)
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

勇者(アイカワ)
「ちょっ、ちょっと待ってください! セレネさん、カリスマじゃないんですか? カリスマじゃない美容師なんですか!?」

セレネ
「はい。カリスマじゃない美容師です」

勇者(アイカワ)
「大事な最終決戦を、じゃない方美容師のヘアセットで戦うってこと? シンスタで生放送する予定なのに!?」

セレネ
「……」

魔王(イジューイン)
「知らなかったのか? 無論わしは知っていたぞ」

勇者(アイカワ)
「くっ……! マウンティング魔王め! 略してマウマオめ!」

セレネ
「……不満でしたら、今日はやめておきましょうか?」

勇者(アイカワ)
「カリスマの――シモンさんの予約はいつとれますか?」

セレネ
「早くても――4日後の午前10時ですね」

勇者(アイカワ)
「……決戦日時を延期することは」

魔王(イジューイン)
「別に待ち合わせをしているわけではないのだから、好きにすればいい」

勇者(アイカワ)
「じゃ、じゃあ!」

魔王(イジューイン)
「だが、世間はそれを許すかな」

勇者(アイカワ)
「なに?」

魔王(イジューイン)
「さきほどわしとの戦いを生放送する予定と言っていたからには、すでにシンスタにて告知をしているのであろう?」

勇者(アイカワ)
「――そうだった! いや、それどころか、マスコミも使って大々的に宣伝してしまっていたんだった……!」

魔王(イジューイン)
「その状況の中、延期などと聞かされた世間はどう思うかな。ちなみにわしはガンメンブックに書くぞ。『勇ピの髪型が決まらないから、今日の決戦は延期になっちゃった ぴえん』とな」

勇者(アイカワ)
「くっ……! 悪魔め!」

魔王(イジューイン)
「マウマオだ」

セレネ
「どうなさいますか?」

勇者(アイカワ)
「……今の状態で戦いに臨(のぞ)むよりは、じゃない方美容師だとしても、スタイリングしてもらった方がマシ、か。――続けてください、セレネさん!」

セレネ
「……(舌打ち)ひっぱたきてぇ」

勇者(アイカワ)
「ん? 何か言いました?」

セレネ
「いえ、何も。では、望みどおり続けますね」

 

   ✂

 

セレネ(N)
7時間後。21時。魔王城

勇者
「さすがカリスマ美容師。時間が経っても崩れることなくキマっている……!」

魔王
「貴様もなかなかどうして。我が最大の脅威として、勇者として、最終決戦に相応しい髪型をしているではないか」

勇者
「相手にとって」

魔王
「不足なし!」

勇者
「いくぞ、魔王!」

魔王
「こい、勇者!」

勇者魔王
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

   ✂

 

セレネ(N)
翌日。午前10時。美容室前

勇者
「すいませーん」

セレネ
「――いらっしゃいま……昨日の」

勇者
「どうも」

魔王
「おはようございます」

セレネ
「……どうなさったんですか、おふたり揃って、その頭……」

魔王
「えっと……互いの魔法がなんか暴発(ぼうはつ)してしまいまして」

勇者
「この通り、チリチリになっちゃったんですよ。だから、元に戻してもらいたくて」

セレネ
「……戦っていたんですよね? 決着は?」

魔王
「一刻も早く決着をつけたいところなんですけど、この髪型のままでは……」

勇者
「どちらが勝ってもキマらないので、一時休戦中です」

魔王
「予約はしていないんですが、入(はい)れますか?」

勇者
「じゃない方美容師でもいいんで」

魔王
「シモンさんじゃなくてもいいんで」

勇者
「セレネさんでいいんで」

勇者魔王
「「入れますか?」」

セレネ
「……うちは今日から予約必須になりましたので、出直してきてください」

魔王
「そこをなんとか」

セレネ
「だめです」

勇者
「カリスマじゃなくても我慢しますから」

セレネ
「特にお前はだめだ」

勇者魔王
「「お願いしますよ~」」

セレネ
「くどい! 帰れ!!」