《あらすじ》
『地域と社会を明るく元気に』をコンセプトに始まったゆるキャラチャンピオンシップもついに50回目!
記念すべきこの戦いを制するのは、一体誰だ!?
推しへの愛、ここで見せずにいつ見せる!?
あなたの一票で、伝説を刻め――!
《ゆるキャラチャンピオンシップwebサイトより抜粋》
〈作・フミクラ〉
【声劇姫と七人のライター 参加台本】
■ ■ ■ ■ ■
本シナリオは参加型シナリオイベント、声劇姫と7人のライターのイベントシナリオです。
七つのシナリオに隠されたモチーフと制約の組み合わせを推理してね!
詳細は下記シナリオのシナリオ概要をご確認ください。
https://taltal3014.lsv.jp/api-server/public/share/script/6929
■ ■ ■ ■ ■
《登場人物紹介》
ハヌマーン3世
大好物の北いさみ市のリンゴを一心不乱に食べたため、頭からリンゴの芽が出てしまった可愛いお猿さんだよ。
北いさみ市のリンゴをみんなに広めるために、はぬまリンゴ園の園長さんからもらったはっぴを着て、広報活動にいそしんでいるんだ。
山口県 北いさみ市のリンゴ農園『はぬまりんご園』のマスコットキャラクター。
性別未定。中の人などいない。
いがねずみ
忍装束に身を包み、自分のことを伊賀忍者の末裔だと信じているハリネズミ。
伊賀の南に構える和菓子屋『かやね屋』の和風モンブランが好きなあまり、背中の針が、栗のイガに変わってしまったんだ。イガだけに。イガだけに。
三重県 伊賀市の和菓子屋『かやね屋』のマスコットキャラクター。
性別未定。中の人などいない。
テケリちゃん
静岡県島田市のスライム工場にて産声を上げた意思を持ったスライム。
仲間のスライムたちをアピールするたメ、今日も一日リ・テケリ。
静岡県 島田市の非公認ゆるキャラ。
性別未定。中の人などいない。
ロッブスター
元々はただのロック好きな若者だったが、大好きなロブスター料理を食べ過ぎてしまったため、その身体がロブスターみたいになってしまった!
だが心配ご無用。身体が代わってもその燃える心は変わらないぜ! ロックンロール! いや、ロッブンロール!
カナダ ノバスコシア州 クイーンズ地域のレストラン『ソレイユ』のマスコットキャラクター。
性別未定。中の人などいない。
トライさま
雷神の力を引きついだトラの子供だよ。
その背中に背負った雷鼓を叩くと、雷が発生! 悪いひとたちをやっつけるんだ!
ひたいに巻いたハチマキは「何にでも挑戦(トライ)するのだ!」という強い気持ちの表れなんだ!
みんな、何事にも一生懸命なトライさまの応援をよろしくね!
新潟県 戸頼市のPRキャラクター
性別未定。中の人などいない。
《本文》
――路地裏
ハヌマーン3世
「なんなんですかこれ! なんでこんな――!?」
いがねずみ
「馬鹿、声がでかい!」
テケリちゃん
「みィつけタ」
――テケリちゃん。ビルの壁を這って登場。
ハヌマーン3世
「っ――!」
テケリちゃん
「メタモルフォーゼ――へヴィマシンガン――ファイア!」
――テケリちゃん。全身を砲塔付きの巨大なマシンガンに変化させ、自らの一部を散弾として射出。
いがねずみ
「(舌打ち)、いが忍法(にんぽう)――うんぺい!」
――いがねずみ(&ハヌマーン3世)。忍法でその場を離脱。そのことに気付いたテケリちゃんは攻撃をやめ、変身を解除。
――テケリちゃん。攻撃をやめ、メタモルフォーゼを解除。
テケリちゃん
「逃げタ? ――獲物探索――補足――そこカ。逃がさなイ」
■
――某30階建てビル 屋上
いがねずみ
「あの静岡の非公認。ムチャクチャしやがる」
ハヌマーン3世
「あ、ありがとうございます。また、助けてくれて」
いがねずみ
「まったくだ。おかげで残機(ざんき)が大分減っ――」
ロッブスター
「待ってたぜ」
――声がした方に目をやると、青空の下、両腕を広げたロッブスター。
ハヌマーン3世
「誰!?」
ロッブスター
「オレ様のスーパーライブへようこそ!」
いがねずみ
「カナダのザリガニ人間!」
ロッブスター
「ザリガニじゃねぇよぉ。ロブスター。いや、ロックスター。いや、ロッブスターさ! っと、言葉はいら――!」
いがねずみ
「いが忍法――らくがん!」
ロッブスター
「っぶねえ! いきなり背中のトゲを飛ばしてくるかい、普通。だが、いいねぇ。ニンジャとロッカー、最高にクールな対バンじゃねぇのぉ!」
いがねずみ
「ファンサもロクにできねぇ半端モンが、いっちょまえに吠えてんじゃねえぞ!」
――いがねずみの背後に一筋の落雷。と共にトライさまが顕現。
トライさま
「汝(なれ)こそ、民間の三流の身分でよく鳴くではないか。ねずみ」
いがねずみ
「メンドくせぇやつがまた……!」
ハヌマーン3世
「あれは、トライ……!」
トライさま
「『さま』をつけるのだ、三流新人」
ハヌマーン3世
「すみませ――」
テケリちゃん
「みィつけ――たくさんいるネ。全部処分しちゃうゾ」
ハヌマーン3世
「また……!?」
トライさま
「あ゛?」
ロッブスター
「マジか、リキッドボディ。アンタ、壁を這い上がってきたのかい? 30階建てのこの高層ビルの壁を? こいつぁ……ロックじゃねぇの!」
いがねずみ
「化け物ストーカーに、選民思想のレイシスト。……まだ序盤だってのに……付き合ってられるか。勝手に潰しあってろ」
ロッブスター
「言うじゃねぇの。ヘッジホッグニンジャ」
いがねずみ
「宇宙忍者には何も言ってねぇよ! ひとりでフォッフォッフォッフォッ笑ってろ!」
ロッブスター
「フォ?」
いがねずみ
「はぬま、拙(せつ)の手をつかめ。ここから離脱すんぞ!」
ハヌマーン3世
「は、はい!」
トライさま
「逃がさないのだ。雷鼓鳴動(らいこめいどう)――継往開雷(けいおうかいらい)!」
いがねずみ
「逃げるんだよ! いが忍法――うんぺい!」
――トライさまの雷鼓がひとりでに振動。鳴り響き、その周囲から、九つの雷の槍が顕現。それらは、いがねずみとハヌマーン3世に向かって飛んでいくものの、当たる寸前に、ふたりは離脱。
テケリちゃん
「まタ、逃げタ」
ロッブスター
「竜巻を起こして瞬間移動とは……ニンジャだねぇ」
トライさま
「相変わらず、逃げ足の速いねずみなのだ。ところでそこの、べたべたしたの――」
テケリちゃん
「テケリちゃんのことカ?」
トライさま
「先刻、自分が言ったことは覚えているか?」
テケリちゃん
「せんこク?」
トライさま
「(ため息)全部処分しちゃうぞ」
テケリちゃん
「うン。言ッタ。それガ?」
トライさま
「そうか……調子に乗ってるのだな。三流」
テケリちゃん
「テケリちゃん知っていル。弱い奴ほど、そういう言葉、使いがチ」
トライさま
「……光栄に思え、単細胞生物。汝が最初の生贄なのだ」
テケリちゃん
「優先順位変更。繰上ゲ。オマエ、テケリちゃんの3番目の獲物」
ロッブスター
「おっと、主役を忘れてもらっちゃあ困るぜ、おふたりさん」
テケリちゃん
「メタモルフォーゼ――ロケットランチャー――ファイア!」
トライさま
「雷鼓鳴動――千客万雷(せんきゃくばんらい)!」
ロッブスター
「ロックンロールパァァァンチ!」
■
――路地裏
いがねずみ
「冷たいほうじ茶とモンブラン食いてぇ……」
ハヌマーン3世
「えっと……ありがとうございます」
いがねずみ
「あー、もういいから。それより、あそこにボックスがある。行け」
ハヌマーン3世
「ボックス?」
いがねずみ
「……大会のルールを把握してねえのか? 開会の挨拶のとき運営本部長のヤドカリ大名が言ってたろ。棄権者は運営本部の拠点である公民館に駆け込むか、町に設置されている電話ボックスから666にかけて棄権を宣言して下さい、って」
ハヌマーン3世
「それは聞きましたけど……え?」
いがねずみ
「え?」
ハヌマーン3世
「え?」
いがねずみ
「いや『え』でなくて――棄権すんだろ?」
ハヌマーン3世
「しませんよ」
いがねずみ
「何故!?」
ハヌマーン3世
「逆に、何故?」
いがねずみ
「いや、ずっと混乱してるみたいだし。今すぐにでも逃げ出したいみたいな、平和な日常に戻りたいみたいな雰囲気だったし」
ハヌマーン3世
「それは、そう……それはそうですよ! 何ですか、この大会!?」
いがねずみ
「声がでけぇよ」
ハヌマーン3世
「これって、ゆるキャラチャンピオンシップ――略して『ゆるチャン』ですよね」
いがねずみ
「そうだな」
ハヌマーン3世
「1年に1度開催される、世界で1番のゆるキャラを決める、その50回記念大会ですよね」
いがねずみ
「そうだけど」
ハヌマーン3世
「夕方のニュースとか、朝のワイドショーとかで特集が組まれたりする、あれですよね」
いがねずみ
「それは知らない」
ハヌマーン3世
「そうなんですよ!」
いがねずみ
「お、おう」
ハヌマーン3世
「それが、なんで……あんなことになってるんですか」
いがねずみ
「あんなこと?」
ハヌマーン3世
「あんな……ゆるキャラ同士で殺し合うみたいな」
いがねずみ
「それはさっきも説明したろ。これはそういう大会なんだって。ていうか、ここに参加する時点でそういうモノだって聞いてなかったのか?」
ハヌマーン3世
「いや、それは……比喩かなんかだと思って……」
いがねずみ
「比喩って主(ぬし)さぁ……」
ハヌマーン3世
「しかもみんな、超能力みたいなの使うし」
いがねずみ
「ファンサな。……やはり、主はまだ使えないのか」
ハヌマーン3世
「何を当たり前みたいに」
いがねずみ
「1年未満だったもんな」
ハヌマーン3世
「1年未満? ハヌマーン3世を始めてってことですか? そうですけど……え? 長いことゆるキャラやってると――」
いがねずみ
「長いこと、というか1年だな。ザリガニ人間の例があるから、国外までは判らないが、それでも日本生まれのゆるキャラなら、1年もあれば大なり小なり身につく。確実にな」
ハヌマーン3世
「……ドッキリか何かですか? 全員で私をかついでます?」
いがねずみ
「なんのた――」
トライさま
「なるほど、小汚いねずみの隠れそうな場所なのだ」
――路地の奥からトライさまが歩いてくる。
ハヌマーン3世
「っ! トライさま……!」
いがねずみ
「……テケリちゃんはどうした?」
トライさま
「テケリちゃん? ……ああ、あの汚泥(おでい)のことか。霧に還(かえ)したのだ。さぁ、次の生贄は汝らだ。準備はいいか?」
いがねずみ
「ちょっと待て」
トライさま
「命乞いでもするか、三流ねずみ」
いがねずみ
「んなことするか」
トライさま
「では何だ?」
いがねずみ
「こいつはまだファンサもできず、『ゆるチャン』がこういう大会だとも知らずに参加した素人らしいんだ。だから――」
トライさま
「だから?」
いがねずみ
「棄権させるから……見逃してやってくんねえか?」
ハヌマーン3世
「え?」
トライさま
「それを、我が承服すると?」
いがねずみ
「もし同じ状況になったとき、せきぞうさんなら快く見逃してくれたと思うんだが……主の器にそこまでの大きさを期待してはいけなかったか?」
ハヌマーン3世
「せきぞうさん?」
いがねずみ
「高知の石材会社のイメージキャラクターで、第42回大会の優勝者。5年前、会社が倒産して消滅しちまったんだが……」
トライさま
「……」
いがねずみ
「石でできた象のゆるキャラで、重力のファンサ使いで……当時の拙らのまとめ役で、トライさまのライバル――」
トライさま
「ライバルじゃないのだ。二度とあの二流と我を並べるな」
いがねずみ
「そうかよ。で、答えは?」
トライさま
「……とっとと失せろサル。その代わり、汝は逃げるなよ。ねずみ」
いがねずみ
「逃げねえさ。主とはこの大会のどこかで決着をつけなきゃいけねえと思っていたからな。――行け、はぬま」
ハヌマーン3世
「いや」
いがねずみ
「……どうした?」
ハヌマーン3世
「いや、ですから、棄権はしないんですって」
トライさま
「しないと言っているのだ」
いがねずみ
「まだそんなこと言ってんの!? さすがにもう理解したろ。主では逆立ちしても優勝できねえの! 棄権するのが1番なの! なぁ、トライさま」
トライさま
「いや、別に我としてはどちらでも……」
ハヌマーン3世
「やはり信じられません。おふたりはきっと嘘をついている!」
いがねずみ
「はぁ!?」
トライさま
「……え、我も?」
ハヌマーン3世
「じゃあ、聞きますけど、テレビでやっていたあれは? あの、参加者の特集や、キラキラした優勝者の映像は、全部嘘だったってことですか?」
トライさま
「(ため息)本当に初心者なのだな。……どの映像も別に嘘ではないのだ。優勝者を決める戦いを流していないだけで」
ハヌマーン3世
「でも、私が見たゆるチャンは、戦いなんかじゃなく、全国の人たちの投票で優勝者を――!」
いがねずみ
「ああ、それは表向きの理由だ」
ハヌマーン3世
「表向き?」
いがねずみ
「殺し合いで優勝者を決めている。なんて、テレビの世界じゃコンプラ違反になるだろ。だから全国からの投票という、それっぽい平和で確認しにくい理由で茶を濁してんだよ」
ハヌマーン3世
「テレビじゃなくても殺し合いは駄目な気がするんですが」
いがねずみ
「そもそも投票で決めるんなら、1番得票数のあった者と――そうだな、3番目くらいまでを会場に招けばいい。エントリーしたゆるキャラを全員、会場に招く必要は無い。そうだろ?」
ハヌマーン3世
「それは……」
トライさま
「そもそも、今までの優勝者を見れば本当に人気投票では決めていないことくらい理解できるだろう。ビジュアル的に『何故コレが?』という者がグランプリを獲っている年もあったのだからな」
ハヌマーン3世
「それは……確かに」
いがねずみ
「ひとつ勉強になったな。つーわけで、電話ボックスに行ってこい」
ハヌマーン3世
「……」
いがねずみ
「? 行けって」
ハヌマーン3世
「……」
いがねずみ
「……はぬま?」
ハヌマーン3世
「嫌です」
いがねずみ
「は?」
ハヌマーン3世
「私は、うちのリンゴ農園を。『はぬまりんご園』をPRするためにこの大会に参加したんです。うちでとれるリンゴの美味しさを、美しさを、全国に広めるために参加したんです。この大会はそれができるチャンスなんです。だから棄権なんてしたくない!」
トライさま
「農園のPR……だと? ははっ――ははははははははは! おい聞いたか三流。こともあろうにこの新人はそんな目的でこの大会に参加したらしい」
ハヌマーン3世
「何がおかしいんですか」
トライさま
「これを笑わず、何を笑うというのだ。いいか四流。この大会をそんな目的のために戦う痴(し)れ者は汝だけだろうさ。なぁ、三流ねずみ――いや、汝も昔はあの二流に流されて、この四流と同じようなことをホザいていたこともあったか。――まさか、今も同じではあるまいな?」
いがねずみ
「……んな青臭い考え。あの人と一緒に消えちまったよ」
ハヌマーン3世
「え……」
トライさま
「四流。万が一、汝が優勝したとしよう。表彰式でそのリンゴ農園のアピールをしたとして――果たしてそれが世間に広まると思うか?」
ハヌマーン3世
「それは勿論――」
トライさま
「前回の優勝者は誰だ?」
ハヌマーン3世
「え、えっと……ウデ武者さん?」
トライさま
「よく勉強しているではないか。では、そのウデ武者は、どこに所属するゆるキャラだ?」
ハヌマーン3世
「それは……あれ?」
トライさま
「そういうことなのだ。優勝者の名は広く知られるが、その所属場所が注目されることはほとんどない」
ハヌマーン3世
「でも、少しくらいは……」
トライさま
「そうだな。だが、その程度の注目ならば、SNSに力を入れ、そこそこのインフルエンサーとコラボしたほうがまだマシなのだ。理解したか? 理解したのなら、とっとと失せろ。目障りなのだ」
ハヌマーン3世
「でも……! それでも!」
トライさま
「(舌打ち)駄目なのだこの四流。我がここまで丁寧に説明してやったのに、何ひとつ響いていない」
いがねずみ
「……はぬま。棄権するもしないも主の勝手だ。だがな、この大会での棄権以外の脱落条件は何か、理解してるか?」
ハヌマーン3世
「それは、相手に負けたら――」
いがねずみ
「負けって何だ? どうなったら負けと判断される? 倒れたときか? 気を失ったときか? それともスリーカウントでもとられるのか?」
ハヌマーン3世
「それは――」
いがねずみ
「死だよ」
ハヌマーン3世
「死?」
いがねずみ
「死。死亡。デス。――さっきも言ったろ。この大会はゆるキャラ同士の殺し合いだ。比喩じゃねえ。相手を倒すには、その命を奪うしかねえんだ」
トライさま
「大会のルール上、棄権したわけでない限り、息があれば脱落したことにはならない。倒れようと気絶しようとスリーカウントとられようと、息があれば敗北したことにはならないのだ」
ハヌマーン3世
「そんな、滅茶苦茶な……」
トライさま
「そんな滅茶苦茶な大会なのだ。これは」
ハヌマーン3世
「…………あれ?」
いがねずみ
「どうした?」
ハヌマーン3世
「おふたりは今回以外にも参加したことあるんですよね」
いがねずみ
「ああ」
ハヌマーン3世
「……毎回棄権していたんですか?」
トライさま
「そんなわけないのだ」
ハヌマーン3世
「おかしいじゃないですか」
トライさま
「何がだ?」
ハヌマーン3世
「死なないと負けにならないんですよね。なら、何故おふたりはまだこの世にいるんですか? おふたりとも優勝したことないのに」
トライさま
「――愚問を」
いがねずみ
「死ぬっつっても、本当に死ぬわけじゃねえんだ。なんていうか……仮想死?」
ハヌマーン3世
「は?」
いがねずみ
「開会の挨拶の最後にヤドカリ大名が空に向かってシャボン玉みてぇな泡を吹いたろ?」
ハヌマーン3世
「あ、はい。空いっぱいに綺麗なシャボン玉が――」
トライさま
「その後、気付いたらこの街に瞬間移動していた」
ハヌマーン3世
「え……そういえば確かに……私達は競技場で並んで話を聞いていたはずなのに、あれ? でも、なんでこんな出来事を忘れて……?」
トライさま
「あれはヤドカリ大名のファンサなのだ。その能力は、泡に触れたものを強制的に眠らせ、夢の世界に引きずり込む」
ハヌマーン3世
「え、じゃあここは」
トライさま
「夢の中なのだ。ヤドカリ大名の、な」
ハヌマーン3世
「じゃあ、ここにいる私達は――」
いがねずみ
「ああ。現在、拙らの本当の身体は、あの競技場で眠っている。今の拙らは精神だけの存在……というのも何か違う感じなんだけどな……」
ハヌマーン3世
「何か違う?」
いがねずみ
「夢というには、精神だけというには、あまりにも不自由。現実でできないことは、ここでも決してできない。痛みもリアルに感じる。だからこそ、死もリアルなものとなる。だから主のように優勝の望みがない者は、一刻も早く棄権した方がいいんだ」
トライさま
「どうする四流。棄権して脱落するか。それとも、我らに殺されて、脱落するか」
■
――某30階建てビル 屋上
ロッブスター
「ってぇ……! クソ……ったれ!」
甘く見ていた。
なめていた。
ファンサを使えない自分でもどうにかなるだろうと、タカをくくっていた。
人生は縦ノリだ。気のノるまま、リスク度外視で、頭から突っ込む。
その生き方を、その信念を曲げるつもりはさらさらない……が
「今回はちっとばかり……冒険しすぎちまったかな……」
あっという間の決着だった。
トラのゆるキャラは、いとも容易く、オレとあいつを戦闘不能にした。
この世界での脱落者は黒い霧になって消えるシステム。
そのシステムに準(じゅん)じて、身体が黒い霧になって消えていく。自慢の長い足はもうない。クールな両手のハサミも消えちまった。遠くのほうで、他の参加者たちの戦いの声や音が聞こえる。残酷なくらいに澄み渡った空を眺めながら考える。オレは今回何かやったか? やってねえ。何ひとつやりとげてねえ。
カナダからわざわざジャパンに飛んできたっつうのによぉ。オレの名を世界に知らしめるためにやってきたっつうのによぉ。
「こんなんじゃ、誰の話題にも上がらねえ……」
空が滲(にじ)む。この世界からオレが消えていく。
テケリちゃん
「――ちからガ、欲しいカ?」
ロッブスター
そう問いかけたのは、数メートル先でオレと同じように黒い霧に変わっているスライムのゆるキャラ。
「悪魔の、取引かい?」
テケリちゃん
「時間が無イ。このままだとオマエもテケリちゃんも脱落すル」
ロッブスター
「……そうだね」
テケリちゃん
「判っているなラ早く答えロ。ちからガ、欲しいカ? この戦いヲ、まだ続けたいカ?」
ロッブスター
「当たり前だろ。でも、どうやって?」
テケリちゃん
「融合」
ロッブスター
「融……合?」
テケリちゃん
「テケリちゃん。他のゆるキャラと融合することでキル。融合したら、オマエもテケリちゃんモ、まだ脱落しなイ」
ロッブスター
「……コラボってことかい? でもその場合、それでもし優勝した場合、あんたとオレ、どっちがグランプリに輝くのかね?」
テケリちゃん
「そんなものはくれてやル。テケリちゃんの目的、トライさま。アイツやっつけなきャ、気ガすまなイ」
ロッブスター
「……そいつは――そいつは、ロックンロールだな。気に、入った。オレも、グランプリとっても返上してやる。ふたりであのサンダータイガーにリベンジ決めようぜ、ベスティ!」
テケリちゃん
「契約成立。でハ――ナグル=フゥル……イア、イア!」
「――メタモルフォーゼ――ネイルガン」
ロッブスター
「え、ちょっ、ちょっと……凶悪な姿になってないかい?」
テケリちゃん
「融合のたメ。死ぬほド痛イかもしれないけド、我慢しロ。ベスティ」
ロッブスター
「……や、やっぱり、やめるっていうのは――?」
テケリちゃん
「――ファイア!」
ロッブスター
声とともにテケリちゃんから射出されたその身の一部が、胸の中心に突き刺さる。
反射的に喉の奥から声にならない声が上がる。
刺さったテケリちゃんの一部が、身体の中に浸入し、血管をズタズタにしながら全身を駆け巡る。
痛い。気持ち悪い。ばらばらにしてくれてもいいから、殺してくれてもいいから、この異物を排出してくれと脳と身体が訴える。
だが、それでいい。
死ぬほど痛いけど、死にたくなるくらい辛いけど。
ここで死ぬよりは、脱落するよりは2億倍いい!
悪役でもいい。道化でもいい。
だが、脇役だけは認めねえ!
何もできず、くたばってたまるか。クソったれ!
■
ハヌマーン3世
「……最後にひとつ聞かせてください」
いがねずみ
「なんだ」
ハヌマーン3世
「おふたりは何のためにこの大会に参加したんですか?」
いがねずみ
「そんなの」
トライさま
「決まっている」
いがねずみ
「拙の力を」
トライさま
「我の力を」
いがねずみ
「世間に証明するためだ」
トライさま
「他の有象無象(うぞうむぞう)に見せ付けてやるためなのだ」
ハヌマーン3世
「……自分だけのため、ですか?」
いがねずみ
「ああ」
トライさま
「当然なのだ。昔ならいざ知らず、現代においては――汝以外――『ゆるチャン』に参加している者たちは皆、自らを誇示するために集った自己顕示欲の獣よ」
ハヌマーン3世
「…………くだらない」
トライさま
「はっ、ははははは――!」
いがねずみ
「(ため息)主のようなものから見たら、そうだろうな」
トライさま
「よいぞ。よく吠えた。喜べ四流。汝は我々のようなくだらない獣などではない。汝は、首輪に繋がれ、飼い主に依存し尾を振る、可愛い可愛い愛玩動物なのだ」
ハヌマーン3世
「……」
トライさま
「だが、いいか四流。我々から見れば、何より大事な己のためでなく、所属場所とはいえ、他人のために命を無駄遣いする汝の方が唾棄(だき)すべき愚物(ぐぶつ)なのだ! 同じ戦場に立っているのも我慢ならぬほどにな」
ハヌマーン3世
「いがねずみさんも」
いがねずみ
「……概(おおむ)ね、同じ考えだ」
ハヌマーン3世
「……いがねずみさん、何度も助けてくださり、ありがとうございました。おふたりとも、アドバイスをくださり、本当にありがとうございました」
いがねずみ
「……」
ハヌマーン3世
「でも、やはりそのアドバイスは受け取りません。あなたたちと私は違うから」
いがねずみ
「……そうか」
ハヌマーン3世
「だから私は、棄権しません。あなたたちみたいな、自分のためだけに戦う人には、負けたくな――」
トライさま
「雷鼓鳴動――門前刃雷(もんぜんばらい)!」
――ハヌマーン3世の足元から空に向かって雷が落ちる。逆さの落雷を受けたハヌマーン3世は、背中から倒れ、その身体が黒い霧に変わっていく。
いがねずみ
「っ! 何してんだ! こいつはファンサもできない素人だって!」
トライさま
「汝こそ何を言っているのだ。散々待ってやったのに、この四流は棄権しないどころか、はっきりと我に対して敵対の宣言をしたのだぞ? なれば我が手で葬ってやる他あるまい」
いがねずみ
「そう……だけど!」
トライさま
「そして、次は約束どおり汝の番なのだ。雷鼓鳴動――」
いがねずみ
「っ! いが忍法――」
テケリちゃん
「――ファイア!」
――いがねずみとトライさまに向かって、散弾が放たれる。
――ふたりは、着弾の寸前で気付き、回避する。
いがねずみ
「っ! これは、テケリちゃんの!?」
トライさま
「あの死に損ない……!」
テケリちゃん
「みィつけタ」
――いがねずみとトライさま。即座に声のした方に視線を向けると、そこには、四肢がスライムと化したロッブスターが立っている。
ロッブスター
「フォッフォッフォッフォッフォー! オレが。オレ様たちが、帰ってきたぜぇ、地獄からなぁ!」
テケリちゃん
「リ・テケリ」
いがねずみ
「なんだよ、あれ。ザリガニ人間の手足が……テケリちゃんになっている!?」
トライさま
「……本人が言ったとおり、再び殺されるために地獄から帰ってきたのだろう。ご苦労なことなのだ」
ロッブスター
「大口を叩けるのも今のうちだぜぇ。一度死んだオレらの執念。とくと味わいな、サンダータイガー!」
いがねずみ
「なるほど……そういうことなら、ここは任せたぜ、ふたりとも。邪魔になっちゃ悪いから、拙はドロンしとくわ」
テケリちゃん
「待テ」
――ロッブスター。スライムでできた右の鋏をいがねずみに向ける。
ロッブスター
「あんたも逃がさねえよ」
いがねずみ
「あ?」
ロッブスター
「あんた、サンダータイガーのダチだろ? 今もふたりでそこのアップルモンキーを倒したみてえだしよ」
いがねずみ
「は? ちげーし」
トライさま
「よく気付いたのだ。我とこのねずみは、唯一無二の親友なのだ!」
いがねずみ
「ちょ、主、何言って――」
トライさま
「決着をつけると言ったのは汝なのだ。その前のほこり落としくらいは手伝え」
いがねずみ
「ざけんな!」
ロッブスター
「やはりな。みんなの目は騙せても、オレの目は騙せねえぜ! ずっとあんたらふたりからビンビン感じていたんだ。友情パワーをな!」
いがねずみ
「その感知センサーぶっ壊れてるから、母星で治してこいゲルタン星人!」
ハヌマーン3世
「無上(ギアシフト)――ネックデプス!」
――いがねずみ、トライさま、ロッブスターfeat.テケリちゃんの周囲の重力が増し、その身体が地面に叩きつけられる。
――地に伏せたゆるキャラたちは、いつの間にか立ち上がっていた黒い霧に包まれたハヌマーン3世を仰ぎ見る。
ロッブスター
「っ! はぁっ!?」
トライさま
「まだ息が……いや、それより……!」
テケリちゃん
「これ、ハ……重力ノ――ファンサ!?」
いがねずみ
「――嘘を、ついていたのか……はぬま!」
ハヌマーン3世
「いや、嘘はついちょらん。さっきも言うたように『今の私』は、ファンサを会得しちょらん」
ロッブスター
「今の私? 何、言ってんだ!?」
テケリちゃん
「オマエ……誰?」
ハヌマーン3世
「ハヌマーン3世さ。ただ、今は、前世の記憶が蘇った。そればあのことちや」
ロッブスター
「前世の記憶? はぁ!?」
テケリちゃん
「……このファンサの使い手知ってル。でモ、そんなはズ……!」
ハヌマーン3世
「そんなはずが、あるがぜよ。リ・テケリ」
テケリちゃん
「オマエ!」
いがねずみ
「主は……せきぞうさんの……!」
トライさま
「ははっ! はははははははは! あの二流の、転生者だったか……! 愛玩動物!」
ハヌマーン3世
「……ああ。坂本石材とともに消えてしもうた わしは、遠う山口の地――こんまいリンゴ農園で、ハヌマーン3世として生まれ変わった。別のキャラクターに転生したため、記憶は全て失うたはずやったんだけどよ……そこのトラのせいで、蘇ってしもうたんぜよ。せきぞうとしての記憶と力がな」
「ちゅーわけで――覚悟しぃやおんしら。わしの大好きなゆるチャンを腐敗させやがって。自分本位なキャラクターばかりが集う、あやかしい大会にしちまいやがって。『地域と社会を明るく元気に』そがなコンセプトで始まったこの大会を元に戻すため――このまま圧死さしちゃる」
――重力が強まる。地面がひび割れる。
――だが、その強くなった重力を受けながらも、ゆるキャラたちは力強くゆっくりと立ち上がる。
テケリちゃん
「自分本位、何が悪イ!」
ハヌマーン3世
「……どいて、動ける? どいて立てる?」
ロッブスター
「あんたが誰かなんてさっぱり判んねえけどよ! ゆるチャンを、オレやオレのダチを、ディスってんじゃねえぞ! アップルモンキー!」
ハヌマーン3世
「……わしのファンサが届いちょらんのか?」
トライさま
「死ぬのは、汝の方なのだ……! 過去に取り残された三流化石!」
ハヌマーン3世
「いや、届いた上で立ち上がっちゅーのか」
いがねずみ
「主のことは今でも尊敬しているが、こちらも譲れないものがある! 主から見たらくだらないかもしれない……だが、拙らは今のゆるチャンも好きなんだ。急に出てきて、人の大事なもの貶(けな)してんじゃねぇぞ! ロートル!」
ハヌマーン3世
「……厄介やねや。全力で潰すか」
――――ハヌマーン3世、ネックデプスを解除する。
ロッブスター
「――っ、軽くなった?」
テケリちゃん
「スタミナ切れカ?」
いがねずみ
「……違う」
トライさま
「奴はああ見えて短気。一撃で決めるつもりなのであろう。……ケダモノめ」
ハヌマーン3世
「誰かのために戦う者の力を見しちゃる。表に出ろゆるキャラども。悪い夢から覚める時間ぜよ」
――皆、距離をとるように路地裏を離れ、通りに身を躍らせせると、必殺のファンサを発動する。
いがねずみ
「いが忍法奥義(おうぎ)――かやねや!」
トライさま
「雷鼓鳴動蘇民召雷(らいこめいどう・そみんしょうらい)――蝶々夫人(マダム・バタフライ)!」
ハヌマーン3世
「聖天無上(ペリッシュギアシフト)――ブラックホール!」
テケリちゃん
「メタセッション―――」
ロッブスター
「ヘヴィメタルマシンガン!」
テケリちゃん
「(ズレてもいいから同時に!)ファイア!」
ロッブスター
「(ズレてもいいから同時に!)ファイア!」
いがねずみ
まだ他にもゆるキャラはいた。
ハヌマーン3世
まだ他にも敵はいた。
ロッブスター
だが、そんなものへ意識を向ける余裕はなかった。
テケリちゃん
余力を残すといウ思考も皆無。
トライさま
ゆえに我々は一切手を抜かず。
ハヌマーン3世
眼前の敵に向けて、全精力を込めたファンサをお見舞いした。
いがねずみ
後悔しないために。
トライさま
己の力を誇示するために。
ロッブスター
イカしたダチ公のために。
ハヌマーン3世
大会を正すために。
テケリちゃん
そして何よリ、相手を倒すためニ。
いがねずみ
四つの強大な力がぶつかり、衝撃で街が、世界が悲鳴を上げ、そこを中心に景色が剥がれ、崩れ落ち、黒き虚空(こくう)が広がっていく。
終末さながらの光景を眺めながら、五匹の獣は、凶暴に笑った。
■
ロッブスター
その結果……といってもいいのかは判らないが――
今回のゆるキャラチャンピオンシップは、滋賀県南浜市(しがけん・みなみはなまし)の『遠山(とおやま)フューチャーコネクト』のPRキャラクター『みじん娘(こ)』が戴冠(たいかん)した。
オレ達は、ステージで声を出さず小さな身体で元気にアピールする優勝者に向かって、惜しみない拍手を送った。