《あらすじ》

 幼馴染みに思いを伝えるため、彼女は手作りのチョコレートを忍ばせる。

〈作・フミクラ〉
【りいちバレンタイン企画参加台本】


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《登場人物紹介》

三村あかり(みむら・あかり)
 女子校に通う高校1年生。女子。幼馴染の小宮山純悟に好意を抱いている。

小宮山純悟(こみやま・じゅんご)
 共学校に通う高校1年生。男子。パティシエールの母親がいる。虫が好き。

 
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《 本文 》
 

三村あかり
 2月14日。バレンタインデー。
 私はその日、同級生や先輩から、山ほどチョコレートをもらった。
  

――小宮山家リビング

小宮山純悟
「大漁ですねー、旦那」

三村あかり
「本当、ビックリしてる」

小宮山純悟
「モテモテでうらやましい限りでヤンス」

三村あかり
「モテモテ……さっきも言った通り、バレンタインデーに身長170センチ越えの子にチョコを渡すってのが、うちの女子校の風習らしいんだよね。だから、私がモテモテっていうか、私の身長がモテモテ?」

小宮山純悟
「電話で聞いた時も思ったけど、実際にもらったチョコレート見ると余計に思うわ。変な風習! だけど、おかげで隣(となり)ん家(ち)のオレがチョコにありつけるんだから、良い風習! ……それにしても、本当に多いな……30個くらいある?」

三村あかり
「49個」

小宮山純悟
「惜しい! あと1つで50個だったのに! あ、そうだ――」
「オレがもらった、このチョコレートも入れようか?」

三村あかり
「!? もらっ……た……だと? 純悟(じゅんご)、誰かからチョコレートをもらえたの……?」

小宮山純悟
「何だ、そのリアクション? こう見えてもオレ、モテます!」

三村あかり
「へ、へぇー。ちなみに……誰から?」

小宮山純悟
「……そういうのはいいじゃんか」

三村あかり
「私の知っている人?」

小宮山純悟
「あー……知っていると言えば、知っている」

三村あかり
「……誰?」

小宮山純悟
「いや、だから」

三村あかり
「誰!?」

小宮山純悟
「怖っ! 何だよもう。言えば良いんだろ、言えば! ……きみえさん」

三村あかり
「きみえ?」

小宮山純悟
「きみえ」

三村あかり
「もしかして、名字は小宮山?」

小宮山純悟
「……はい」

三村あかり
「おばさんじゃん」

小宮山純悟
「おばさんじゃねぇわ! まだ40代の女盛(おんなざか)りだわ!」

三村あかり
「自分の母親のことそんな風に言って、気持ち悪くない?」

小宮山純悟
「やかましい! オレなんかにチョコくれた唯一の人だぞ! 今日ばかりは血のつながりを無視することにしたんです。現実なんて見ないことにしたんです! 本日限定で、彼女は女神です!」

三村あかり
「……何か判らないけど、泣きそうになった」

小宮山純悟
「泣きたくなったら泣いてもいいんだぜ?」

三村あかり
「……それにしてもそのチョコレート。さすがおばさんだね」

小宮山純悟
「ん? ああ。そりゃあうちの女神は本職パティシエールだからな。パティシ、エェェェェルだからなぁ! そこらの既製品には負けないのさ!」

三村あかり
「何で君がそんなに偉そうなの? ……って、こんなことしている場合じゃなかった。はい、手分けして食べるよ。で、これに感想書いて」

 

 

小宮山純悟
「……感想いる?」

三村あかり
「いる! それが必要だから、君にも食べさせるんでしょ」

小宮山純悟
「その感想を明日、チョコをくれた連中に伝えると……わざわざそんなことしなくても良いと思うけどね。ホワイトデーに10円のチョコをバラまくだけで十分じゃね?」

三村あかり
「そんな適当な……。この人達は風習とはいえ、私のためにチョコを作ってくれたり、選んで買ってくれたりしたんだよ。誠意には誠意で答えなきゃ」

小宮山純悟
「なら、お前が1人で全部食べるべきだと思いまーす」

三村あかり
「うっ……それは判っているけど、私はあまり甘いものが得意じゃないのも知っているでしょ? だから君を頼っているんじゃないか。どうせチョコも1個しかもらってないんだし、四の五の言わず食べろ!」

小宮山純悟
「頼っている人の態度じゃないと思うけど。まぁいいや。食うか」

三村あかり
「あ、くれぐれも1個丸々は食べないでね。半分に割って、半分だけ食べるように。残ったやつはうちで冷凍して、日にちかけて私が全部食べるから」

小宮山純悟
「律儀だな、了解。えっとこれは……んーっと、苦みが強めで、大人な――」
 

三村あかり
 チョコレートの感想をメモする純悟を前に、私は緊張していた。
 このチョコレートの山の中。
 実はそこに、私が作ったチョコレートがある。
 彼に食べてもらうために一昨日から作った……本命チョコが。

 
   ♡
 

三村あかり
 純悟は10個くらい食べた頃にようやく、そのチョコレートを見つけた。
 彼はおもむろにそれを手に取ると――何事も無かったかのように、ゆっくり山に戻した。
 
三村あかり
「なんで!?」

小宮山純悟
「ん? 何が?」

三村あかり
「今、手に取ったチョコレート戻したでしょ。いや、別にいいんだけど、何で?」

小宮山純悟
「別にいいならいいだろ」

三村あかり
「いいんだけど、いいんだけど! なんか気になるじゃん! 何で戻したの!?」

小宮山純悟
「手作りだったから」

三村あかり
「は?」

小宮山純悟
「手作りのやつって怖いじゃん」

三村あかり
「何が!?!?」

小宮山純悟
「ビックリした。そんな身を乗り出して……」

三村あかり
「あ、ごめん。……で、何が怖いの?」

小宮山純悟
「ほら、手作りのやつってさ、髪の毛とかごっそり入っているイメージあるだろ?」

三村あかり
「ないよ! 偏見(へんけん)! 手作りに謝れ!」

小宮山純悟
「いやぁ、でも……」

三村あかり
「そもそも純悟がもらったチョコレートだって、おばさんの手作りでしょ!」

小宮山純悟
「それを生業(なりわい)にしている美しき女神の芸術品と、バレンタインの時期だけ作る泥臭(どろくさ)い小娘の工作を一緒にするな!」

三村あかり
「泥臭い小娘の工作って……確かにプロと素人を比べるのは悪かったけどさ。自分で気付いているかどうか判らないけど、すごい気持ち悪いからね、今」

小宮山純悟
「お前しかいないし、関係ないね! えっと、じゃあ、次はこれ食べようかな。昆虫チョコ!」

三村あかり
「……」

小宮山純悟
「うわぁ、リアルなカブトムシ型! たまんねぇなぁ! 半分しか食べちゃダメなんだっけ? 下半身にするか上半身にするか……それとも、縦半分に切るか……包丁ある?」

三村あかり
「……なんでそれ食べれるのに手作り食べられないの?」

小宮山純悟
「既製品じゃん。なんで?」

三村あかり
「既製品でも結構きついでしょそれ。本物のカブトムシそっくりで、正直見ているだけで食欲がなくなってくるんだけど……。絶対手作りの方が食べられるでしょ?」

小宮山純悟
「オレ、昆虫好きだし。母さんが反対しているから飼っていないだけで、本当は沢山の虫を飼育したいタイプの森ボーイだし! ……あのクソババア」

三村あかり
「女神どこいった? あと、好きなら余計に食べづらい気もするんだけど……」

小宮山純悟
「食べたいくらいに愛しているの♥」

三村あかり
「今日ずっと気持ち悪いからね」

小宮山純悟
「明日のオレに期待してくれよな!」

三村あかり
「とにかく、手作りへの偏見はやめよう!」

小宮山純悟
「えー……そんなこと言われてもなぁ」

三村あかり
「えっと、じゃあ……ほら、これも手作りだよね」

小宮山純悟
「そうだな」

三村あかり
「試しにこれを半分に割ってみるよ。髪の毛入っていなかったら手作りに謝った上で、そのチョコ食べてよ?」

小宮山純悟
「いやあの、すべての手作りのチョコレートに髪の毛が入っているとは言っていないんだけど。単純に入っているイメージがあるから食べたくないって言っているんだけど。あと手作りに謝るって何? 手作りという概念に謝んの?」

三村あかり
「問答無用! とにかく入っていなかったら、そのチョコレート食べなよ! はい、パキっと――ヒィッ!」

小宮山純悟
「う、うわあああああああああああああああああ――!」

三村あかり
「ち、ち、ちが、え、う、うそでしょ!? 髪の毛!?」

小宮山純悟
「ごっそり入ってんじゃねぇか! 気持ち悪ぃぃぃぃぃぃ!」

三村あかり
「いやいやいや、なしなし今のなし! キャンセル!」

小宮山純悟
「キャンセルとかないし! 怖い怖い怖い怖い怖い! 鳥肌鳥肌鳥肌! やばいやばいやばいばい! 鳥になる! このままだとオレ鳥になっちゃう!」

三村あかり
「……ん? ちょっと待って……ああ、なるほど」

小宮山純悟
「何がなるほど!? 幼馴染みが鳥になりかけてんだぞ! ひまわりの種持ってこんかい!」

三村あかり
「これ、髪の毛じゃないよ。もずくだ。ほら」

小宮山純悟
「……」

三村あかり
「くれたのは……ああ、彼女か。こういうことやるタイプの子なんだよ。だから仕方ない。でも、食べれるし、安全だし。ほら、手作りに謝って。そして心を入れ替えてそのチョコレート食べて」

小宮山純悟
「あのよ」

三村あかり
「ん?」

小宮山純悟
「もずくも大概(たいがい)だからな?」

三村あかり
「髪の毛と比べたら全然良いですー!」

小宮山純悟
「……だとしてもやっぱごめんだわ。ちょっとあれ見た後、手作りには手出せねぇ」

三村あかり
「……そっか。そうだよね」

小宮山純悟
「うん」

三村あかり
「……」

小宮山純悟
「え、何?」

三村あかり
「ん、何でもない」

小宮山純悟
「……」

三村あかり
「……」

小宮山純悟
「……何かあるな」

三村あかり
「何でもない!」

小宮山純悟
「何もないやつはそんなナマズみたいな顔でこっち見ないだろ。えっと、そのチョコレート……もしかして、お前が作ったの?」

三村あかり
「……!? 何で判ったの?」

小宮山純悟
「何年幼馴染みやっていると思ってんだ! あかりの考えていることなんて大体お見通しなんだよ!」

三村あかり
「純悟……!」

小宮山純悟
「ズバリ、あげたい奴がいるけど、美味しくできているかどうか自分では判らないから、パティシエールの息子であるオレに、味見をしてほしい。……そういうことだろ?」

三村あかり
「……」

小宮山純悟
「だろ?」

三村あかり
「……(ため息)そう。その通り。よく判ったね」

小宮山純悟
「シャーロックと呼んでくれたまえワトソン君。っていうかそういうことなら最初で言えよな。作ったのがお前って判っていたら、すぐ食ってやったのに」

三村あかり
「いや、なんか恥ずかしくて……」

小宮山純悟
「気持ちは判るけど、言ってくれなきゃ。じゃあ、頂戴(ちょうだい)。ビシッと感想決めてやっから!」

三村あかり
「――はい、お願い」

小宮山純悟
「チョコクランチか。男はみんなチョコクランチが好きだからな。ナイスチョイスだぜ」

三村あかり
「そうなの?」

小宮山純悟
「いや、知らんけど」

三村あかり
「……ぶっころ」

小宮山純悟
「ごめんなさい」

三村あかり
「いいから早く食べて」

小宮山純悟
「はい。いただきます」

 

 

小宮山純悟
「まっず! なにこれ!?」

三村あかり
「え?」

小宮山純悟
「食えないわけではないけど、なんか粉っぽいし、所々すげぇグニグニしているし、そもそもまずい!」

三村あかり
「そんな、嘘でしょ!?」

小宮山純悟
「こんなつまらない嘘つくほどひょうきん者じゃねぇわ! これお前、チョコレート以外に何入れたの!?」

三村あかり
「えっと、コーンフレークと」

小宮山純悟
「それはいい」

三村あかり
「くるみと」

小宮山純悟
「うん」

三村あかり
「ココア味のプロテインと」

小宮山純悟
「は?」

三村あかり
「コンビーフ」

小宮山純悟
「何で?」

三村あかり
「何が?」

小宮山純悟
「何でプロテインとコンビーフ入れちゃったの?」

三村あかり
「だってその人、前に筋肉つけたいって言ってたから」

小宮山純悟
「あ、オレも。気が合うね。じゃねぇわ! 言ったからって、それがバレンタインチョコに繋がるなんて誰が気付く!?」

三村あかり
「シャーロックなら」

小宮山純悟
「だれだそいつ!? これはない。絶対ない。ありえない! だって普通に嫌がらせだもん!」

三村あかり
「嫌がらせ……」

小宮山純悟
「でも、良かったな。その人にあげる前で」

三村あかり
「……」

小宮山純悟
「あかりは基本的に頭良いけど、時々天然爆発するからな。次からはマジで気をつけろよ」

三村あかり
「……くふふふ」

小宮山純悟
「ん?」

三村あかり
「くっふふははははははははははは――!」

小宮山純悟
「どうした?」

三村あかり
「本当に、天然で間違ったと思う? 成績優秀で中学生のころから席次(せきじ)は常に1桁(ひとけた)のこの私が?」

小宮山純悟
「……なんかイラッとくるけど、どういうことだ?」

三村あかり
「あげたい人がいるなんて、ウソ。私があげたかったのは君だよ! 小宮山純悟!」

小宮山純悟
「は?」

三村あかり
「君の、そのマズそうな顔が、苦しむ顔が見たかったんだ!」

小宮山純悟
「……え、サイコパスなの?」

三村あかり
「真面目に学生生活を過ごしているとね、ストレスがたまるの。だから、ここで解消させていただきました。ありがとう。胸がスーっとしたよ」

小宮山純悟
「……人が」

三村あかり
「ん?」

小宮山純悟
「人が心配して食ってやったのに! 口開けろサイコパス! 全部お前に食わせてやる!」

三村あかり
「や、やなこった! これは君にあげたんだ! 全部君が食べろ!」

小宮山純悟
「『あーん』してやっから、口開けろ、ほら!」

三村あかり
「男の『あーん』ほど気持ち悪いものはないね! 今日、君はずっと気持ち悪い!」

小宮山純悟
「うるさイコパス! 何でもいいからこれ食え!」
 

三村あかり
 そして、短い追いかけっこが始まった。
 まるで、小学生の頃に戻ったような。
 気持ちは結局伝えられなかったけど。
 まぁ、いいや。
 今は……これで。
 

三村あかり
 そのあと。
 純悟に無理やり口を開けられて詰め込まれたチョコレートは。
 確かに彼の言うとおり、とてもマズかった。